6-1
火精霊が帰ってきたグレイブレストは、至る所にある鍛冶場の煙突から煙が流れており、以前にはなかった活気が現われている。
道を行くがたいのいい男と赤い翅の小さな精霊が、鉄を熱する温度調整について話し合っていたり、広場に集まった子ども達が火精霊の操る炎が生き物や食べ物の形を描くのを眺めて楽しんでいたり、火精霊が姿を消す前にあったであろう風景が至るところで見れた。
街に住む人達にとっては懐かしい風景かもしれないが、エコーには新鮮だった。旅に出ようとフロスベルを発ったエコーがまず向かったのが、ここグレイブレストだ。街に向かう荷馬車にまぎれこんだため、楽にたどり着くことが出来た。
荷馬車から抜け出して、街を飛び回りながら様子を眺めてから、エコーはゼノがいる鍛冶場に向かった。
鍛冶場の外にカルデラといくつかの火精霊の姿を見止めて、エコーが声をかける。
「よぉ、しばらくぶりだな。おまえら、人間とは上手くやってるのか?」
火精霊立ちは不思議そうに目を丸くしてから、あっさりと頷く。
「おかげさまで、な」
エコーも両者の仲の取り持ちに協力したから、火精霊達はエコーにも感謝しているらしい。得意げな気分になって、調子に乗ったエコーが口を開く。
「もう喧嘩するんじゃねーぞ!」
どや顔で諭すように言う樹精霊に、火精霊は苦笑いで返した。
「人間達にはおれ達が必要だからな。仕方ないな」
「おいら達も人間の街は好きだしな」
町中を巻き込んでの騒動だったわりに、わだかまりは残っていないようだ。それは、以前からの火精霊と鍛冶師や街の人の関係が良好だったからだろう。
「元鞘ってやつだな!」
エコーも嬉しくなった。人間と精霊がギスギスしているより、平和なほうがいい。
うんうん頷くエコーにカルデラが疑問を投げてきた。
「お前こそ、なんでグレイブレストに来たんだ? 保護官と喧嘩したのか?」
周囲を見渡して、連れがいないことに気づいたのだろう。
エコーはちっちっ、と指を振る。
「おまえらと違って、そんな意地張らないんだぜ、おれ達は。おれは見聞を広げるために旅をすることにしたんだぜ。フロスベルはこれから秋で、口うるさい水精霊が来る季節だしな。おれはあいつらとは気が合わないんだ。精霊界にいたころの話しだけどなっ」
マイペースな答えに火精霊達は顔を見合わせて呆れていた。
「樹精霊のくせに、水よりも火に寄ってくるのは、どうなんだよ……」
もっともなツッコミだ。
エコーとカルデラ達がわいわいやっていると、家の前が賑やかなのに気づいたのか、ゼノが顔を出した。火精霊達と話すエコーを見つめて、目を瞬かせる。
「エコーじゃん、フロスベルで何かあったのか?」
火精霊と同じような疑問を向けられたエコーは、自分を知る奴らからはエコーもフロスベル保護官の一員に見えるのだろうと思って、不思議な気持ちになった。
気ままにイタズラをして楽しく過ごすのも好きだが、保護官に協力して真面目に責任感のある行動をするのも、悪くない。カルデラ達のような外側から見た奴らにもフロスベルの一員だと思ってもらえるのは嬉しかった。
とはいえ、ここは気ままな精霊らしく答えを返す。
「いや、見聞を広げるために旅をすることにしたんだ。秋に世界一周して冬までにフロスベルに帰るんだぜ」
計画性も何もないふんわりとした内容だった。
ゼノは上から下までエコーをまじまじと見つめる。
「無理だろその日程……。中央に手紙を送るだけでも一週間はかかるし、お前のその小さい体じゃ、中央に着く頃には冬が始まっているんじゃねーの?」
からかうような物言いだったが、エコーはある部分を聞いてにやりとイタズラっぽく笑う。
指を顎に当てて、じっとゼノへと目をやった。
「はっはーん。あのおっかない女と文通してるんだな」
「は? なんでそこで、リネットが出てくるんだ?」
あからさまに慌て出すゼノに、火精霊が呆れ気味に疑問を口にする。
「そんなこと言ったか、そいつ?」
「おっかないって……まあ、おっかないか?」
「樹精霊の誘導尋問に引っかかってるなよ~」
駄目出しされて黙り込んだゼノに、エコーは悪気なく嬉しそうに頷いた。
「中央に知り合いなんて、おれだって、そんくらいだしな! そーだろーと思ったぜ」
「いや、向こうから来たから、仕方なく、だな」
言い訳がましくぶつぶつと言いいながら視線をそらしたゼノに追い打ちをかけるように、火精霊が次々と口を開く。
「そのわりに返信早いよな」
「手紙も見せてくれねえし」
「部屋に籠もって返事書いてるし」
と、いった状況のようだ。
なんだかんだ、まだ交流は続いているらしいし、火精霊との騒動が生んだ思わぬ副産物だろう。
エコーも火精霊も特に他意はなく軽い気持ちで言っていたが、ゼノはどこかしどろもどろしていた。あまり掘り下げたくない話題なのかもしれない。
「あー、もう、うるせえな!」
情けなさそうな声を出しながら、ゼノは火精霊達をじっと見た。
「届くまでに時間がかかるから、早くても遅えよ。つーか、待たせると今度、会ったときに文句言われそうだろ」
「会うつもりあるのか?」
「中央に行くのか?」
「女が来るのか?」
畳みかけるように火精霊達に問われて、ゼノの目が宙を向いた。
降参だというように手を上げてから、背を向ける。
「……そろそろ鍛冶にすっか!」
普通に逃げた。
火精霊達は突っ込んで聞くことはなく、カルデラがゼノを追って鍛冶場のほうへと向かった。鍛冶、と聞いて悪く思う火精霊はいない。
手紙くらい堂々と出し合えば良いと思うのだが、そうもいかないのだろうか。
「なんかこう……人間って面倒くさそうだな!」
率直な感想を持ったエコーだった。
面倒くさそう、と言えばグレイブレストでの騒動で逮捕された幻獣ハンターと自警団の男はどうなったのだろう。
と思ったエコーが街の噂話と火精霊の情報からたどり着いたのが、フロンフルバニアだった。
グレイブレストは地理的にはアクアニドルに近いとはいえ、管轄はフロンフルバニアになっているため、そこで捕まった犯罪者は一度フロンフロバニアの自警団の管轄になる、そこからフロンフルバニアの監獄に入れられるか、国際自警団機構の本部に引き渡されるかだ。幻獣ハンターは後者になりそうだが、レオポートはフロンフルバニアにいるようだ。
エコーはざっと街を見てまわって、監獄の場所に当たりを付けた。周囲を高い壁に囲まれて入り口には見張りもいるが、精霊からすると関係なかった。
エコーは壁の上に腰掛けて、フロンフルバニアの街を見下ろした。石畳の道、遠くに大きな時計台のある駅舎が見え、線路が北へと伸びている。行き交う人もどことなくお洒落で、機能性よりも見た目を重視した服装をしていた。
まどろむ昼過ぎにもかかわらず、多くの人間達が忙しそうに歩いているのが見える。
「フロスベルよりずっと広いんだな」
動物も多いようで、野良猫の姿も目につき、鳥の鳴き声も聞こえてくる。
「なんかこう……疲れるな」
賑やかすぎるのも考え物だ、とエコーはくるりとふり向いて街から監獄へと目をやる。灰色の建物は殺風景で、等間隔に格子窓が取り付けられている。
精霊の侵入を防ぐ物は当然ながら整備されておらず、楽に建物に辿り着けた。
「牢屋って言っても、けっこう隙間があるんだな」
この鉄格子なら、楽に通り抜けられる。
外から格子越しに中の様子を見ていき、見覚えのある男の姿を見つけたエコーは素早く牢屋の中に忍び込んだ。声をかけるよりも早く、相手がこちらに気づく。
自警団の男――レオポートは怪訝そうにエコーを見た。
「君は、火精霊の仲間か」
仲間、とひとくくりにされて、エコーは目を瞬かせた。
「おれは樹精霊。火をおこしたりは出来ないんだぜ」
「協力しているなら仲間だろう」
「協力? は特に今、してないぞ?」
何に協力する必要があるのかわからず、エコーが首をかしげる。
「火精霊の使いとして来たんじゃないのか?」
「へ? そんなわけないぞ? おれは旅に出たからな、まずは知っている奴のいるところでも適当にぶらつくつもりなんだぜ。それで、えーっと……おまえがここにいるらしいって聞いて、見に来たわけだ」
物怖じせずにあっさりとのたまうエコーに、レオポートは理解が出来ないと言った表情になった。
「意味がわからない。知り合いというのは、友好的な奴を言うんじゃないのか?」
「名前知ってたら知り合いだろ」
人差し指を立てて得意げなエコーに、レオポートはややあって口を開く。
「……僕の名前は?」
開きかけたエコーの口が言葉を紡ぐ前に固まった。
よく考えると、わからない。
「なんか、建物みたいな名前だろ。確か……ダイシンデン? お前、ダイシンデンだろっ」
「…………」
「…………」
レオポートの表情から不正解だと悟ったが、だからといって思い当たる名前がなかったエコーは沈黙した。
牢屋にしばし静けさが戻る。
先に口を開いたのはエコーだった。
「そーいやお前、なんで火精霊と人間を仲違いさせようとしたんだ?」
名前の話題はなかったことにして、当初、気になっていたことを聞いてみる。レオポートも名前のくだりはどうでもいいようで、特に反応もなかった。名乗ることもなかったが。
ややあって、レオポートが正直に答えた。
「グレイブレストは火精霊と人間が共存している街だ。共存の答えとして鍛冶が栄えている。だが、そんなもので街は潤わない。下らない伝統だよ。グレイブレストは火精霊に縛られている。下らない物を量産して、意味のない伝統を続けるために若者を犠牲にしている」
はっきりとした態度のレオポートからは、憎しみよりもどうしようもないやるせなさが感じられた。
グレイブレストの事件で、幻獣ハンターは金のために、レオポートは伝統を否定するために、行動したのだろう。子ども達を危険に巻き込み、人間と精霊の間に不必要な軋轢を生んだ許されない行為だったが、そこに悪意はなくて、やるせない想いや生き方があったのだろう。
悪意なく、そんな行動を出来る人間達を、エコー達、精霊は不思議に思う。
彼らは自分の考えが間違っているかもしれない、と思っても、貫かざるを得ないのだ。
レオポートにも、確固たる意思が感じられた。
「グレイブレストは鍛冶なんて捨てて、自由に生きるべきだ。それに火精霊も、街に縛られるより好きなところに行くほうが良いだろう」
「今でもそう思っているのか?」
「そうだ」
「でも、それは、おまえの考えだろ」
考えを持つのは悪くないが、人の数だけ考えがあって、自分の考えだけを問答無用で通そうとしても上手くいかないと思う。
フロスベルの精霊は、自由気ままに行動するのが好きで、それで街の人に迷惑をかけた。それでも自由を捨てて生きれなかったから、封印という形で街の人と上手くやってきた。
一年の間の短期間だけでも、自分らしく生きられたら良い、と思ってだ。
グレイブレストにも、そこにしかない精霊と人間の考えがあったはずだ。




