5-2
リネットがゼノを迎えに行くと言って席を立ったのが十数分前。
中々戻ってこないので、道に迷っているのかと思って、金星もゼノがいるであろう舞台の奥へと向かった。鍛冶師達が造られた武器をどうするかと話し合っているようだ。今までは倉庫に保管して優勝した鍛冶場が溶かして再利用していたようだが、くすねられても誰かが再利用したのだと思って気づかれず、悪用されていた。だから、これからはどうするかという話し合いらしい。
ゼノは優勝者ではないので話し合いには参加していないようで、向こうのほうでリネットと何か話していた。カルデラは火精霊達で集まって盛り上がっているようだ。
金星はリネットとゼノに近づいた。
「残念でしたわね」
「ん、まあな。しゃーない。親父も上で笑い飛ばしてくれてるだろ」
ゼノはさっぱりとした表情だった。
「どうして、あんな大胆な作品を打ったんですの? 目的が優勝でしたら、有効な手段ではありませんわ」
リネットはそれが気になっているようだ。
真っ直ぐに問われて、ゼノは困ったように視線を泳がせる。
「そうだけど、俺達は傷つけるだけじゃない武器を打ちたかったんだ」
グレイブレストの鍛冶師は伝統で、武器を造る。それは職人の技術の結晶で、誰かを傷つけるための武器を造るなんて考えている人はいない。だが、武器は使う人次第で、何にでもなる。
それはわかっていても、わかっていなかったと、今回の事件で感じたのだろう。
何かしら変えたくて、模索した結果なのかも知れない。
リネットは呆れた視線をゼノに向けていた。
「馬鹿ですわね」
「直球に言うなよ」
「でも、嫌いじゃありませんわ。そういう人」
「そこは直球で言えよ」
なんだか良い雰囲気だったので、金星は声をかけずにそっとその場を後にした。
迷っているわけではないので、そのうちに合流できるだろう。
席へ戻る途中、人混みを避けて歩いていたら大回りになっていた。さて、ここからどうしようかと思っていると、どこかで見た青年と目が合った。
彼はにこやかに笑うと、小走りで近づいてきた。
「やあ、また会ったねお嬢さん」
黒い髪に、真っ青な空色の瞳をした青年だ。纏う雰囲気は柔らかでレインとは対照的だったが、それでもどことなく似たような面差しを感じる。同じ国の人なのだろうか。
「お久しぶりです」
と頭を下げてから、金星はふと気になったことを聞いてみる。
「あの、聞き間違いでしたら失礼ですけど、以前にわたしに幻獣が好きかと聞きませんでした?」
青年はきょとんとしてから、苦笑いになる。
「聞こえていたんだね。ちょっと気になって、独り言だよ」
青年が金星が首から提げたオカリナを指さした。
「君は幻獣保護官だろう。そのオカリナを見れば何となくわかるよ。そして、君は悩んだような顔をしていた。グレイブレストでは火精霊と人間の争いが起きていた。どちらにつくべきか悩んでいるみたいだったから、つい無意識に聞いていたんだ。余計なお節介だったかな。変に悩ませてしまったなら、ごめんね」
「あ、いえ……」
気になったのは気になったとはいえ、わりかしすぐに忘れてしまったので、謝られて戸惑ってしまう。
(気のせいかと思って、あんまり考えてなかったとは言いづらい……)
どう言うべきか悩んでいると、青年が好奇の眼差しを向けてきた。
「君は保護官として今は幸せ? やりがいを感じている? 興味本位で悪いんだけど、これでも僕は新聞記者の端くれでね。よければ答えてくれないかな?」
唐突な質問だったが、言葉に迷っている最中だったから助かった気持ちになって、金星は正直に答える。
「わたしは、まだ見習いなんですけど……そうですね。頑張ろうって気がわいてきます。その、悩みはなくはないですが、前向きに頑張りたいな、って」
「フロスベルの保護区については良い噂を聞かないけど、実際はどうなの?」
思ったよりも色んな場所に、アンクタリアの噂が流れているのだろうか。
確かに危険な土地だが、一緒に働いている人達は良い人で頼りになるし、前向きに頑張ろうと思える。
「良いところですよ。大変、ですけど」
はっきり答えると、青年はにこやかなまま頷いた。
「ふうん、そっか。ありがとね」
へらへらとした柔和な笑顔で手を振った青年に、金星も笑みを返して少し頭を下げてから、鍛冶師達と合流するべく元の席に向かった。
金星の後ろ姿を見送った後、青年は人気のない場所に向かって人を待った。
祭りからは離れた場所にある鍛冶場で、鍛冶師達は祭りのため出払っていて静かだった。
やがて現われたのは糸目の男。
「さっきの少女は知り合いですか?」
どこからかこっそり見られていたようだ。
青年は曖昧な笑みを返す。
「んー、どうだろうね。それより、何か新しい情報は入ったの? サラマンダーは手に入れられなかったし、珍しい幻獣が欲しいんだよね」
糸目の男は、幻獣ハンターである助手にサラマンダーの情報を売った裏の情報屋だ。青年も助手と同じく、彼からサラマンダーの情報を売られた。
糸目の男は呆れた眼差しを向けてくる。
「そう、情報は転がっていないものですよ。欲しいのなら、ハンターの様子を見ずに動けばよろしかったのでは?」
「幻獣が欲しいって人はいるけど、生かす殺すの指定はなかったし、人の獲物を横取りするのが一番、楽なんだよ」
自分で動き回るよりも、泳がせた人が手に入れた幻獣を奪い取るほうが効率的だと、青年は考える。
だが、ふと何かが違うと小首をかしげた。
「いや……あのハンターはプロだから厄介だったかもね。でも僕としては、あまり派手に動き回って目をつけられるのも嫌なんだよね。僕達は鷹の目と同じで、擬態して内に入り込むのが役目だから。一番、簡単なのは捨てられた子どもを助けるような、親切な人達に取り入ることだよ。平然と仲間面して、平然と裏切って奪うのが僕らの役目だ」
祭りが行われている方角を見て、青年は酷薄な笑みを浮かべた。
「ミイラ取りがミイラになったら、困るんだよね」




