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街の至る所から煙が立ち上り、道行く人達も賑やかで、楽しそうに会話をしながら歩いている。彼らは様々な街から観光に来た人々で、もうすぐ行われる祭りを見るためにグレイブレストへと集まった。
金星はリネットと二人でミセス・パーキソンの菓子屋に行って、クッキーを購入した。ここのお菓子はそこまで甘くなくて、食べやすいのだ。
店の前の通りからは、鍛冶屋から立ち上る煙がいくつか確認できた。
店から見送ってくれた女主人のパーキソンが煙を目にしてしみじみと呟く。
「やっぱり、煙があってこそ、グレイブレストだねぇ」
グレイブレストの街の人々は、子ども達を攫ったハンターの存在と、火精霊が何も言わずに姿を消した原因を知って、誤解はすぐに解けた。
表面上は元通りになり、今は忙しいから上手くいっているが、もしかすると伝統はこのままで良いのか、何か変えていかないといけないのか、問題が表面化してくる可能性はある。
そうして街の人が知恵を絞って、よりよい方向に変わっていければ良いだろう。
後はもう、グレイブレストの人々で考えていくべきだった。
通りを歩いていると、はしゃぎながら駆けている子ども達がいて、元気そうな男の子と女の子が金星達に気づいて笑顔を向けてきた。
「あ、お姉ちゃん! この前はありがとうございました」
「お兄ちゃん達にもお礼言っておいてね!」
二人はこちらの返事を聞かずに走り去っていく。遊びの約束でもあるのか、ずいぶんと楽しそうだ。
リネットが少しだけ呆れ気味に背中を眺めた。
「元気ですのね。あんなことがあったのに」
「楽しそうですよね! 心の傷にならなかったのなら、よかったです」
「ええ。そうですわね」
リネットも安心したように微笑んでいた。
金星はリネットと鍛冶屋に向かいながら、通りの人並みを眺めた。この辺りでは見かけない、東方の服を着た人もおり、色んな国からの観光客で賑わっているようだ。
「ずいぶん賑やかですね! 祭りまであと三日でしたっけ?」
「延期すればよろしいのに。鍛冶屋はどこも忙しそうですわ」
肩をすくめたリネットに、金星は通りの人達を見てから困ったような笑みを浮かべる。
彼女の言うことはもっともだが、毎年同じ時期に行われる祭りらしいので、急な変更は難しいのだろう。
「さすがに観光客の人達もいますし……それはできないのではないでしょうか。それに、忙しそうですけど楽しそうですし」
「そうですわね。鍛冶職人も火精霊も、鍛冶をするのは好きなんじゃありません?」
「上手く協力しているようで、嬉しいです」
グレイブレストの人々と火精霊が完全にわかり合えたかというと、言い切れないが、今回の騒動についてのわだかまりは残っていないようだった。
外部の観光客達は、何が起きていたのかまったく気づいていないだろう。
ただ、数人の鍛冶師達が複雑そうに話をしていたのを耳にした。自分達は伝統や仕事にとらわれすぎて、周りが見えていなかったんじゃないか、と。
伝統は彼らの誇りで、この街を賑わせている。
だが同時に彼らの驕りでもあり、この街を沈ませたこともあったのかもしれない。
祭りの日は、もう間もなくだった。
日が沈みかけて、夕暮れの紅が街を染める頃に祭りが始まった。
街の広場の近くに露天が立ち並び、商売人が声を上げて食べ物や装飾品の類いを売っている。慌ただしく混雑した道を様々な民族衣装を着た人々が歩いていると、祭りだと言う実感がわいてくる。
金星はリネットとエコーと連れたって賑やかな祭りの雰囲気を楽しんだ。
広場には椅子が並べられ、大勢の観光客が集まっていた。
広場の向こう端に木製の簡素な舞台のような物が設置され、ステージの上で拡声器を持った男性が、広場に集まった人達に声を投げかける。
「さてさて! お集まりの諸君、グレイブレストと言えばなんだ!」
勝手知ったるような人々が、鍛冶だ! と声を合わせた。
男性が満足げに頷き、空いている片方の手を広げるように横へ出した。
「そうだ! 鍛冶だぁ!」
それから恭しく一礼して、ステージの端に寄った。
「火精霊と職人とが作り上げる武器は大陸で一番、強くて美しい。今は、武器の生産はしていないが、職人の技は、しっかりと受け継がれている。本日は、それをご覧頂こう」
観客から歓声が上がる。
ステージから向かって右側が鍛冶場の関係者の席になっている。金星達は、ゼノの鍛冶場の人達が場所を取ってくれていたので、そこへ座った。
舞台の上の男性が片手をあげて、高々と宣言する。
「まずは、アラーゲイル家のエイルと火精霊マグマの打った剣をご覧あれ!」
奥から鍛冶場の代表である青年が、細身の剣を携えて舞台に上る。彼の傍らには火精霊の姿もあった。仕事をしやすい格好ではなく、正装しているようだった。
赤い鞘から抜いた白銀の刀身は夕日の赤い光を吸い込んで静かに輝いていた。紅は血ではなく炎を連想させ、怖れよりも神々しさを感じさせた。
「こんなに綺麗に見えるんですね」
つい、感嘆の言葉が零れる。
「グレイブレストの職人が打った武器は機能美があって、実用性だけではなく見た目の美しさについても評判なんだ。火精霊が生み出す炎の質と職人の技が合わさって、素晴らしい物を生み出しているんだって」
独り言のような呟きに答えてくれたのはアルベルトだった。彼は露天で買ったのか、もこもことした物を差し出してくる。
「はい、金星ちゃん。そこの露天で買ってきたお菓子。美味いよ」
「ありがとうございます」
棒についた綿のようなお菓子で、見た目の通り軽かった。食べてみると口の中で溶けるような感触で、優しい甘さが広がる。
「不思議な感触ですね。甘くて美味しいです」
「中央で人気のお菓子で、こういった祭りの時にしか食べられないんだ」
「そうなんですね」
斜め後ろを振り返れば、着席した観光客達は屋台の食べ物を持っている。
まもなく夜が訪れようとしているのに暗い様子はみじんもなく、祭り特有の、浮かされたような陽気な空気が広がっていた。楽しげで、穏やかだ。
「祭りが、無事に開催されて良かったです」
しみじみと呟くと、アルベルトはにこやかな表情で席に着いた。
「そうだね」
広場の舞台では、剣を持った鍛冶師達が次々に壇上に上がって、紹介されていく。
「このナイフは小さいですが細部まで丁寧に造られている。そして驚くほど軽い」
「これは刀と言って片刃の武器だ。不思議な形態ですが切れ味は確か。ご覧あれ」
そのどれもが精巧に作られていて、よい品だと感じられた。優勝作品以外は処分されると言っていたが、勿体ないような気持ちになる。
夕日が見えなくなって、夜になった。
舞台の左右についた灯りや、広場に設置された灯りのおかげで、それほど暗くはない。
壇上にゼノとカルデラが上がるのが見えて、金星はじっと彼らを見守った。口々に優勝作品の予想をしていた鍛冶師達も口を閉じて、視線を舞台にやった。
壇上の男性が片手を広げた。
「さてラストはグレイブレストの若き職人、ゼノと火精霊のカルデラ。去年の暮れに亡くなった偉大な鍛冶職人ノーディの息子だ。打った武器は――」
ゼノが鞘から抜いた剣を見て、観光客の間に動揺が広がった。
「刃を潰しているのか?」
「不格好じゃない?」
「良い作品なのに、勿体ないな」
困惑と、残念そうなため息。
金星は、ゼノが打ったという剣を見つめた。一般的な両刃の剣で、造りは地味だが使いやすそうだった。だが、刀身は潰され、刃はなく、鈍器のようでもある。
紹介する男性も口をぽかんとあけて目を瞬かせたが、はっと我に返って言葉を続ける。
「武器とは誰かを守るためにあるものだが、誰かを傷つけるために使用されることもある。だが、これは武器破壊のための武器で、より守りを強調していているんだろう」
勿体ない気持ちと、応援したい気持ちとが混じったような、そんな表情で男性は言った。
「試作品だから不格好かも知れないが、新しい風を感じる」
困惑の空気を真正面から受けて、だがゼノとカルデラは堂々とした佇まいだった。
すべての武器を紹介して、広場には静寂が広がる。
「さて、審査員に今年の優勝を決めてもらうとするぞ!」
鍛冶屋の代表や、グレイブレストの代表、武器研究家など、数人の審査員が何かしらの議論をしているのが聞こえてくる。
やがて選ばれたのは、細く繊細なレイピアを作った鍛冶場だった。
「ゼノさん、残念でしたね……」
そう言った金星に、リネットが肩をすくめた。
「斬新なだけの作品なんて、選ばれるわけありませんわ」
辛辣だったが、率直すぎる意見で彼女らしい。
金星は曖昧な笑みを返す。
「でも、あれは、ゼノさんとカルデラさんだから、打てた武器なんでしょうね」
リネットははっとした表情になって、
「まあ、そうですわね……」
と呟いていた。
「この一年の間に亡くなった人々に鎮魂を、そして永き平和を願い、剣舞を捧げます」
壇上の男性がそう宣言して、優勝したレイピアを持った鍛冶職人が一礼して、レイピアを手に舞う。平和と、鎮魂と、金星も願いながら瞳を閉じた。




