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辺境の村の幻獣保護官  作者: 和花
第四章 見習い保護官と幻獣ハンター
78/82

4-4

 ハンター達はこの場にいる全員を殺して、逃亡するつもりなのだろうか。

 金星はちらりとレオポートの様子をうかがった。グレイブレストで接したときは残虐な人には見えなかったが、レオポートは無言で佇むだけだった。ハンターに従っている、と思って良い。

 なんとか、状況を打破しなければいけない。

 自分にできるのは、説得か時間稼ぎくらいだ。

 金星はハンターへと視線を向けた。

「どうして、サラマンダーを狙っているんですか?」

「金のためだ。他に何がある?」

 当たり前のように言われた言葉に、金星は表情を暗くする。自分の欲望のために他者を害し、平気な顔をしている目の前の男は、金星が何を言っても心を動かされることはないだろう。

 説得は無駄だと悟った。

「お金を稼ぐ方法としては非効率的だと思います。リスクが高すぎませんか?」

 率直な意見を向けると、ハンターはわずかに興味深そうな顔になった。

 彼はくくくっ、と低い笑いを漏らす。

「お前は幻獣保護官なのに、幻獣が可哀想だとは言わないのか?」

 確かにそうだ、と納得しそうになった金星は虚を突かれた形だったが、すぐに反撃する。

「情に訴えかけて考えを改める人なら、そもそもこいうことは、していませんよね?」

 ハンターを説得するのは無理だろう。

 だが、レオポートはどうか。

 そう考えたが、ハンターも悠長に待ってくれないようだ。

「俺はずっとこうして生きてきた。さあ、くだらない会話は終わりだ」

 ボウガンを金星に向けたハンターだったが、何かに気づいたように背後を振り返る。

「終わりなのは貴方ですわ。逃げられると思わないでくださいませ」

 リネットが高らかに宣言する。

 彼女の傍にはレインとアルベルトの姿もあった。

 助けが来るのは計算違いだったのか、ハンターが軽く舌打ちする。

「子どもを山の中に放ってきたのか」

「子どもにはグレイブレストの人がついている」

 レインは素っ気なく告げて、星くずの剣の切っ先をハンターに向けた。ハンターが距離を取ろうと後ろに下がり、レインは逆に距離を詰めるために彼へと向かう。

 レオポートの相手はアルベルトが引き受け、ゼノは男の子を庇うように傍へとついていた。

 リネットが金星に近づいてくる。

 レイン側で何が起きたのか、彼女は知っているはずだと思って金星は聞いてみた。

「他の子ども達も無事だったんですか?」

「ええ。本人達は、どうして山にいるのかわからないみたいでしたわ」

 とにかく、命だけでも無事ならば良かった。

 ほっとする金星にリネットは簡単な説明を続けた。

「ここに来る途中に目印の煙が上がっていましたから、わたくしが鍛冶屋の人達と一緒にそこへ向かいましたの。そうしたら、子ども達とあの二人がいましたので、鍛冶屋の方に子ども達を任せて、ここに来たんですわ」

「無事ならよかったです」

「貴女、自分の役目を果たしなさいな」

「あ、はい」

 言われて、サラマンダーを抱き上げたままだったことに気づいた。金星はサラマンダーをゆっくりと地面に降ろすと、オカリナを手に取った。

 もう一度、傷を癒やすための音楽を奏でようと口をつける。

「その保護官に余計なことをさせるな」

 剣戟の音を割って、ハンターの怒声が聞こえた。だが、答えるレオポートも説破詰まった口調だった。

「こっちは手を離せない!」

 顔を向けると、アルベルトの攻撃に、レオポートは防戦一方のようだった。アルベルトのほうはまだ余裕があるのか、金星の視線に気づいて軽く片目を閉じる。

「こういう荒れ事は得意だから、金星ちゃんは安心して力を使って」

 すぐにレオポートに向き直ったから彼には見えていないだろうが、金星はこくりと頷いた。

「偽善者どもが。金のために幻獣を殺して何が悪い!」

 ハンターの声が聞こえる。

 助け合って、手を取り合って行きたいと思うのは、偽善なのだろうか。

 命を慈しむ行為は、矛盾しているのだろうか。

(わたしも、誰かを傷つけながら生きているのかもしれないし、生き物を殺して食べているし、これは綺麗事かもしれないけど)

 何が正解なのかわからないままオカリナを奏でる。

 だが、答えがわからないまま、自分の気持ちははっきりしている。

(お金のために簡単に誰かを傷つけて殺そうとするなんて、嫌なことだと思う)

 生きるためにお金は大切で、でも、誰かを傷つけて殺して手に入れるほど、大切な物だとは思えない。

 一方的に傷つけられたサラマンダーは驚いただろうし、痛かっただろうし、悲しかっただろう。ハンターに利用された子ども達は怖かっただろうし、今は不安だろう。

 偽善と言われても、ハンターの行為は間違っていると断言できた。

 幻獣との共存ができるかはわからない。きっとお互い、未知の存在を受け入れるのは怖い。

 だけど、可能性を否定はしたくない。

(共に生きる道があるなら、それが一番、良いことだから……一緒に生きよう)

 先ほどよりも強い光がサラマンダーの体を包み込んだ。癒やしの音を奏でるのに合わせて優しげな光が楽しそうに煌めく。ゆっくりと丁寧に、周りの音が聞こえなくなるくらい演奏に集中する。

 最後の音を吹き終えて、金星はオカリナを下ろした。

 サラマンダーの右足になった傷はすっかりと消えており、サラマンダーがそれを確かめるかのようにぴょんぴょんと飛び跳ねる。

 カルデラがサラマンダーに近づいてから何事か言葉を交わした。精霊の言語らしく、金星にはまったく聞き取れなかった。

 それからカルデラが金星に向き直る。

「……ありがとう」

「無事なら、よかったです。カルデラさんも、わたし達を守ろうとしてくれて、ありがとうございます」

「おれは……別に何も……」

 カルデラが目を瞬かせてから顔を背けた。

 幻獣が人の世界で受けた傷は治りが遅く、彼らを守り癒やすのが幻獣保護官の役目だ。

 力になれたのなら、嬉しく思う。

 レインのほうも決着がついたようで、ボウガンをはじき飛ばされたハンターが表情を消して、立ち尽くした。ややあってから、両手を挙げる。

「さすがに素手では敵う気がしないな。フロスベルの保護区は壊滅寸前で、ろくな幻獣保護官がいないと聞いたが、お前達はアクアニドルの人間か?」

「違う」

 素っ気なく答えて、レインは冷たく言葉を続ける。

「おまえはフロスベルの自警団に引き渡される。間もなく国際自警団機構の人間が来るだろう」

 主に国境を越えて行われる荒事を取り締まる組織だ。フロスベルの拠点にある機構でハンター達の身を扱うことになる。

 レインが言った通り、しばらくしてからエコーに先導されるような形で、数人の国際自警団機構の制服を来た男達とグレイブレストの人達を連れてきた。フィルフレイ家の母親が「リク」と息子の名を呼んで駆け寄り、そこにいることを確かめるように何度も抱きしめていた。母親の腕の中で男の子はきょとんとしていたが、母親が泣いているのに気づいたのか、安心させるようにぎゅっと抱きしめ返していた。

 見習いの男の子と父親がゼノに事情を聞いており、レインとアルベルトが国際自衛団機構の男の一人に経緯を説明している。残りの人達はハンターとレオポートを拘束して連れて行く。

 金星はおそるおそる、レオポートの背中に声をかけた。

「あの、レオポートさんはどうして武器の横流しなんてしたんですか? 子ども達のことだって、本当に心配してるように見えました」

 心配していた彼の言葉に嘘はなかった。だからこそ、彼とハンターが手を組んでいるとは思わなかったのだ。

 レオポートはこちらへ振り返って、だが無言のまま顔を背けた。

「君のような子どもにはわからないよ」

 自警団だと名乗ったときの暖かさや素朴さはみじんもなく、渇いた冷たい声だった。

 重ねて問う気にもなれず、金星は黙り込む。

 ハンターが飄々とした表情で、敢えて軽く言っているように言葉を継いだ。

「最初に武器を流したのはこいつの兄だ。ヘマをやらかして死んだがな。……まあ、伝統なんかに縛られて夢を追えないなら、伝統なんてなくなれば良いと言うだけの話だ」

 金星にはよくわからなかったが、グレイブレストの人が数名、複雑な表情になっていた。


 後ほどグレイブレストの自警団から聞いた話では、レオポートの兄は、幻獣による傷を負った怪我人を助ける医者になりたかったらしい。だが、グレイブレストでは、鍛冶屋の家の長男は鍛冶を継ぐと決まっており、彼の親も当然、それを望んだ。彼は自分の望みを隠したまま鍛冶師としての仕事に打ち込んだが、上手くいっていなかったらしい。

 いつしか夢は未練となり、歪んだ恨みへと変わった。

 ハンターが言葉巧みにレオポートの兄を唆して、武器を横流しさせていたようだ。幻獣から人を守るための武器になる、と言って。

 少し悪い後味を残して、だが、子ども達は無事に帰ってきて、サラマンダーの怪我は治った。

 そして火精霊達は、グレイブレストへと戻った。

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