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辺境の村の幻獣保護官  作者: 和花
第四章 見習い保護官と幻獣ハンター
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4-3

 胸騒ぎがしたが、深く考える前に、何者かが近づく気配がした。

 暗闇の向こうから、キャンドルランタンの明かりが見える。

 右手にキャンドルランタンを持って、先を照らしながらこちらへ歩いてくるのは、十歳くらいの男の子のようだった。男の子はどこも見ていないような暗い目をしており、左手で抱きかかえるようにしてサラマンダーを捕まえている。

 サラマンダーの尾の弱々しい炎は、熱で男の子を傷つけないようにするためか、ぴんと伸ばして男の子から話している。サラマンダーの右足にはまだ塞がりきっていない傷があった。

 カルデラが警戒するように男の子を睨み付ける。

「誰だおまえ!!」

「あの、グレイブレストの街の子ですよね。サラマンダーを、渡してくれませんか?」

 話しかけても男の子は何の反応も示さなかった。ただ人がいることはわかっているのか、立ち止まってその場に待機しているようだった。

 無理に近づくと、奥に逃げてしまう可能性もある。

 カルデラは男の子と金星達を交互に見た。

「なあ、子どもが犯人だったのか? 嘘だろ?」

「この子は悪い人に操られているだけです。黒幕はグレイブレストに最近来たらしい、医者の助手です」

「……そいつが、サラマンダー様を狙っているのか?」

「ええ、おそらくは」

「その子は操られてるだけだろ。なんとか出来ないのか?」

 ゼノは男の子の動きに注意しつつも、さすがに手を出すわけには行かず、どうしようか迷っているようだった。

 手荒なまねはしたくない。

「どうしましょう?」

 金星達が迷っている間に、男の子はこちら側へ歩いてきた。だが、こちらを一瞥もすることなく洞窟の入り口へと向かう。無理に引き留めると争いになるかも知れないし、かといって放っておくわけにはいかず、金星は男の子を追いかけた。ゼノとカルデラも金星に倣った。

 明るい日差しが差し込んできて、洞窟の入り口から外に出る。

 と同時に男の子の手からカンテラが落ちた。

 そしてサラマンダーも解放されて、地面に着地する。

 きょろきょろと辺りを見回す男の子の表情は困惑していて、先ほどとは様子が違った。 彼は町医者の助手に操られていた間の記憶がないようだった。

 他の子どもも洞窟の奥にいるのだろうか。それにレインからの合図も気にはなったが、先にやらなければならないことがあった。

「ゼノさん、あの子をお願いします」

 金星は幻獣保護官である以上、自分の役目を果たさないといけない。怪我をしたサラマンダーに近づいて、オカリナを手に彼の傍にしゃがみ込んだ。

 ゼノは男の子に話しかけている。

「グレイブレストに住んでる子どもだろ。なんで、ここにいるか思い出せるか?」

「……ううん。家で寝ていた、から」

「親が探してるから、とりあえず帰るか。俺が送っていくから安心しな」

 目線を子どもに合わせて話しかけているゼノを横目に、金星はオカリナを口につけて音楽を奏でる。右足の傷が治るように、この小さく偉大な生き物を助けて欲しいと願いながら。

 サラマンダーの体が白い光に包まれた。ほっとした金星だったが、怪我は治りきっていないようだった。傷は思ったよりも深く、一度の音では癒やしきれない。

 もう一度、演奏しようとオカリナを構えたところだった。

「君達、大丈夫だったかい?」

 視線を向けると、自警団のレオポートが驚いたような顔で駆け寄ってきた。

「レオポートさん、どうしてここに?」

「子ども達を探して山狩りをしているんだ。本当に、彼らが子ども達を攫っていたとは思わなかったがね」

 敵意の眼差しでカルデラを睨んだので、金星は慌てて首を振る。

「あ、違うんです。色々と事情があって」

 同意を求めるためにゼノへと視線を送ると、ゼノは口を開きかけてから、驚いた顔になった。

「危ない!」

 金星の背後で風が揺れて、振り返った先でレオポートが腰に下げた剣を振り下ろしていた。切っ先の下に先ほどまでいたサラマンダーが、ゼノの声に反応したのか無事なほうの足を使って飛び退いていた。

 何が起こったのかわからないまま、金星はとっさにサラマンダーを抱き上げてレオポートから距離を取る。

 彼もまた、町医者の助手によって操られているのだろうか。

 だが、子ども達と違って、大人を暗示にかけることは難しいように思う。

 土を踏む音がして、背の高い男が姿を現した。

「レオポートなら顔を見られていないから簡単に仕留められると思ったが。俺が出るしかないか」

 片目にモノクルをつけた男は優しげな顔立ちだったが、表情は驚くほど冷たかった。男の子がきょとんとしてから、不安そうに男を見る。

「先生?」

 町医者の助手であり幻獣ハンターでもある男は、男の子を一瞥してからゼノとカルデラ、それから金星とサラマンダーへと目をやった。

「ご苦労だったなリク。火精霊もひとりならどうとでもなるだろう」

 幻獣ハンターがここにいる。

 それも一人ではなく、二人。

 レオポートと町医者の助手が手を組んでサラマンダーを狙っているのだろうか。

「……二人とも、幻獣ハンターですか?」

 金星は敵は一人で、助手だけだと思っていた。レオポートは子ども達を心配していたし、黒幕に手を貸しているとは考えづらいが、演技だったのかも知れない。

 ゼノは敵意の表情をレオポートに向けていた。

「武器を横流ししていたとしたら、街の人間だ。町医者が最近来たって言ったが、武器はそれより前から何だろ? あんたが、流していたのか?」

 レオポートは自警団の時に見せたような真面目な表情のままだった。

 優しげの中に冷たさがあるハンターとは違い、悪意も後ろめたさもない。

 ただ吐き捨てるように言った。

「あんなくだらないもの、役に立つならそれでいいだろう」

「なんだと?」

「ただ作って、ただ壊して、なんの意味がある? そんな下らない形だけの伝統なんて終われば良い」

 ゼノが口を開きかけたところで、大げさなため息が聞こえた。

「そういう話は後でいくらでもしてくれ。さて、大人しく幻獣を渡せばお前らの命は見逃してやろう」

 ボウガンを向けられて金星は体を硬くしたが、はい渡しますと言うわけには行かない。

 カルデラが小さな手の中に炎を生み出してハンターを睨む。

「それはこっちのセリフだ! さっさと引き下がらないと痛い目に合うぞ!」

 敵は二人。生み出せる炎は一つ。ゼノも金星も実戦の経験はない。守らねばならないサラマンダーと男の子がいる。となると、無傷で事態を打破するのは難しい気がする。

 先ほどの、レインからの合図はハンターがここに近づいていることを教えてくれたのだろうか。だが、それならばレインは動けない状況なのか、合流できない理由があるのか、金星には判断できない。

 カルデラは二人を相手にするつもりのようだが、ハンターは鼻で笑った。

「人を殺した精霊が普通に生きていけると思うのか? 俺達と違って、群れないと生きられない弱い生き物が」

 人と精霊、人と妖精、は表向きは上手く共存できている。だが、それは少しの問題で危うくなるような、繊細な関係だった。人は、人を殺した精霊と妖精を許さないし、精霊と妖精もまた、同族を殺した人間を許さない。

 だが、精霊と妖精は手を汚すのを嫌い、殺害者を手にかけるのではなく罪の印を入れて追放する。

 追放された彼らが生きていくのは難しかった。

 一方のハンターは、捕らわれて裁判にかけられるだろうが、よほどの証拠がない限り厳しくは裁けない。

「それに、その火の量なら簡単に躱せる」

 カルデラは炎を消さないまま、だが手出しもできずにハンターを睨んでいた。

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