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辺境の村の幻獣保護官  作者: 和花
第四章 見習い保護官と幻獣ハンター
76/82

4-2

 子ども達を探すためにレインとアルベルトが選んだのは、比較的、歩きやすそうな道だった。金星とゼノが向かった洞穴を到着地点として、あの場所に繋がっているであろう、もう一つの洞窟を探していく。

「この山は入り組んでいて洞穴が多い。だが、子どもの足で安全に行けるルートは限られている」

 幻獣ハンターの狙いはサラマンダーで間違いないが、大きな入り口は火精霊が見張っていて近づけない。となると、他の入り口を探したわけで……おそらくはそこは狭くて、子どもしか入れないのだろう。

 だからハンターは子どもを操り、サラマンダーを手に入れるための手段にしている。

「幻獣ハンターが子どもを薬で操っているとすれば、彼らは貴重な戦力だ。生命の危機に瀕しないよう、最善の注意をもって行動させるだろう。幻獣ハンターが、火精霊の見張る入り口から入らないのは、どちらにせよ子どもの体でなければ辿り着けない場所に、サラマンダーが隠れている可能性があるからだろう」

 火精霊と対立して奥に進んで、結局は狭くて通れなかったとなると、無駄足になる。幻獣ハンターは回り道でも確実であろう方法をとったわけだ。

 やがて二人がたどり着いたのは、草木の生い茂る小さな広場と、崖の斜面にある洞穴だった。入り口は狭かったが、かがめば大人でも通れそうだ。

 レインは洞窟の入り口近くに道草虹鳥の羽から作った粉末を撒いた。そもそも何もないか、雨風で痕跡が消えている可能性もあったので、注意深く地面を調べようとしたが、その必要はなかった。

 洞窟の入り口前には大人の足跡がくっきりと残っており、ほとんど消えかけた子どもの足跡もあった。

 子どもをおびき寄せてここへ案内し、作業をさせつつ、水や食料などの物資を疑われない時間や日にちを見計らって運んでいたのだろう。

 この奥に攫われた子どもがいる。

 アルベルトは暗く狭い洞窟の奥を眺めて、静かに呟いた。

「こんな場所に、子どもを行かせるなんてね」

 子ども達への同情と、犯人への怒りがある。レインも同様の気持ちだったが、彼ほどはっきりとした怒りは感じなかった。

 子ども達は不憫だが、薬によって操られているのなら、操られている間の記憶がないであろうことが救いだった。

「俺が入ってみるよ」

 幻獣ハンターがここに来る可能性が高いから、身動きが取りにくい場所に二人ではいるのは危険だ。

「ああ、頼む」

 子ども達はアルベルトの任せて、レインは幻獣ハンターの見張りをする。

 ややあってから、少し奥の方からアルベルトの声がした。

「ちょっと無理だ。奥がかなり狭くなってて、進めそうにない」

 とすると、どうしようもなさそうだ。

「仕方ない。入り口で、子どもが戻ってくるのを待とう」

 声をかけたところで、レインは何者かが近づく気配に気づいて振り向いた。

 茶色のコートを身につけ、片目にモノクルをつけた背の高い優男が、薄く笑みを浮かべていた。虫も殺せないような優しげな顔立ちだが、まとう雰囲気は冷たかった。そして右手にはボウガンを握っている。

 剣を手に警戒するレインに、男は穏やかに話しかけた。

「子どもも、精霊も素直だ。少し言い聞かせれば、我々の思う通りに動いてくれる」

「幻獣ハンターか。観念して姿を現したわけではないだろうが、抵抗しても無駄だ」

「幻獣保護官か。あまり、そうは見えないが……まあいい。姿を見せたのは、作戦を変更するためだ」

 ハンターは薄く笑い、洞窟の奥に向かって声を上げた。

「一人が別の入り口から、サラマンダーを持ち出せ。残りはこの入り口から出てこい! 役目を終えた子どもは解放する」

 暗示を解く言葉だ。

 ハンターが背を向けたが、レインは追うのを躊躇った。

 彼の指示通りに、子ども達は行動するだろう。間もなく、この入り口の前に暗示が解かれて、意味がわからず困惑する子ども達が複数残されることになる。

 子ども達の状態がわからない以上、アルベルト一人に任せて良いのか、判断がつかない。

 ハンターはレインの躊躇いを見て、歪んだ笑みを浮かべた。

「子どもを見捨てて俺を追うならそうしろ」

 出来ないだろう? と嘲るような声音だった。




「おれ達が人間を信用しない理由が、これでわかっただろ?」

 火精霊はどこか哀しげな声だった。

 火精霊とグレイブレストの鍛冶屋が造った武器が、どこか別の幻獣を虐げる人間に渡って悪用されている。

 彼らはそう言っているのだ。

 ゼノは固まったまま、しばらく返答できずにいた。

「本当なのか? いや……本当なんだな」

 火精霊は真面目な顔をしており、嘘を言っている様子はない。

「でも、祭りの日に作られた武器は、優勝者以外はすぐに鉄へと戻すはずだろ。優勝者のだって、一年飾れば来年の祭りに使う鉄になる。……誰かが、くすねているって言うのか?」

 数十年前のグレイブレストは武器の生産も盛んな街だった。しかし平和が訪れ、あまり武器を必要とする人がいなくなってからは、祭り以外ではほとんど武器を造らない。信用のある人間に頼まれた護身用の物を造るくらいだと言う。

 だが、火精霊が怒っているのは、祭りの武器が悪用されているから。

 グレイブレストに犯人がいるとは、あまり考えたくない。グレイブレストの人間であるゼノは尚更だろう。

 盗まれたわけでなければ、処分したと見せかけて横流ししていたわけで、犯人は必ずいる。

「そんなの……何か、事情があるんでしょうか?」

 悪意を持って行動する人がいると信じたくなくて、ぽつりと呟く。 

「事情なんてどうだっていい! 見覚えのある剣が、丹精込めて作った作品が、誰かを傷つける武器になるなんて、どんな事情でも許さないからな!」

 激高する火精霊の横で、カルデラは幾分か落ち着いた様子でゼノを見ていた。

「おまえ……ホントに知らないのか? 街の奴ら、全員がグルじゃないのか?」

「ああ。お前らが嘘をついていないってのはわかる。……だけど、街のあいつらも、俺は疑えない。何かの勘違いって可能性はないのか?」

 カルデラと火精霊が確かめ合うように視線を交わした。

 火精霊が首を振る。

「でも、見たんだ。あの矢は……祭りのためにおれ達で打った矢だった」

「それにあの人間、胡散臭くても嘘を言ってる感じじゃなかった」

「全員でなくても、あいつらの中に手引きした奴がいるんだ」

 火精霊が言った矢とは、おそらくはサラマンダーを傷つけた武器だろう。彼らに接触して、何かを言った人についてはわからないが、武器が横流しされていると、ある程度の確信を持っている。

 あやふやな情報の中で、優先するべきなのは何か。

 金星は口を開いた。

「あの、サラマンダーの治療をさせてくれませんか?」

 幻獣保護官として、最優先するのは傷ついた幻獣の治療だ。

「わたし達は、敵じゃありません。信じられないかもしれないですが、信じて欲しいんです」

 もしハンターの魔の手がサラマンダーに近づいているのだとしたら、早く行動しなければならない。ここで彼らを説得できても出来なくても、言うだけ言うしかないのだ。

 出来るだけ真摯に、はっきりと訴える。ゼノは口を開かず、見守ってくれていた。

 火精霊が迷うように金星を見て、だが唇を結んで首を振る。

「おれは反対だ。人間なんて信用できない」

 カルデラは金星を見つめて、ゼノへ目をやって、それから真っ直ぐに隣に火精霊を見た。

「おれは、このまま弱っていくサラマンダー様を見るのは嫌だ」

「……おれだって嫌だ。でも、ゆっくり休んでくれれば回復してくれるだろ? 人間になんて頼らなくても――」

「たぶん……敵、はいるんだ」

「それが、こいつらじゃないって保証があるのか?」

「ここはおれに任せて欲しい。信用できないなら、あいつらを呼んできて、おれを説得してくれ」

 火精霊が裏切られたように目を見開いてカルデラを見たが、先ほどのように火を出して怒りはしなかった。

「おれだって信じたい。でも……」

 火精霊は迷うようにひらひらと金星とゼノの周りを飛び、直後に洞窟から背を向けて離れていく。

「すぐに戻るから、何か変なことをしていたら、容赦しないぞ!!」

 遠ざかる火精霊をカルデラは黙ってみていたが、やがて洞窟の奥へと向かっていく。

「早くは入れよ。サラマンダー様は奥だ」

 とりあえずは、同行の許可を得た。

 ゼノが小走りでカルデラに追いついて、彼の背に言葉を投げる。

「カルデラ。ありがとう」

「おれだって、まだ信用したわけじゃないんだ。変なことをしたら、痛い目に合わせるからな!」

 カルデラがふいと顔を横に背けたが、言葉とは裏腹にそこまで怒っているようではなさそうだった。

 おそらく火精霊達はグレイブレストの人が武器を横流ししている証拠を見せられて、彼らが全員グルだと思い込んでいたから、山へと籠もったのだろう。

 これもハンターが裏で暗躍してそうだが、証拠はないため、ハンターを捕らえて誤解を解いて貰うしかなさそうだ。

 とりあえず、今はサラマンダーの治療を優先したい。

 オカリナを取り出しながら奥に向かって歩いていた金星だったが、袋に入れたリョオク草が軽い音を立てた。意味は、危険の接近。何か、あったのだろうか。

「今の音はなんだ?」

「レイン先輩からの合図だと、思います。危険が迫っている、と」

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