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北の山に着いたところで、二手に分かれて、手分けしてハンターの形跡を探すことになった。
何かあったときはリョオク草で合図を送ると決めた。
「金星とゼノは、カルデラに案内された場所で待機していてくれ。もし可能ならば彼らを説得して、サラマンダーの治療を頼む。俺とアルは幻獣ハンターを探す」
カルデラに案内してもらった場所には子ども達がいなかった。ということは、ハンターは別の地点からその場所へ行けるルートを見つけたのだろう。もっとも、子ども達にしか侵入できないルートなのかもしれないが。
金星とゼノが向かう場所は、おそらくはあまり危険ではない。
「わかりました。……レイン先輩、アルベルトさん、気をつけてくださいね」
もしハンターと対峙した場合、どうなるのだろうと嫌な予感がしたが、考えないようにして見送る。
「金星ちゃんも気をつけてね。子ども達と、自分達の無事を最優先にして」
幻獣保護官ならば、幻獣の保護を第一にしなければならないのだが、こちらを心配してくれるのはアルベルトらしい。レインは聞こえなかったのか、聞こえなかった振りをしているのか、とくに訂正はしなかった。
もしかすると、リネットがここにいたら、優先すべきは幻獣でしょう、と釘を刺されるかもしれない、と思ったら、こんな時なのに少しだけおかしくなった。
「はい。誰も傷つかないように、努力します!」
「何かあったら草に合図を送ってくれ」
「了解です」
金星とゼノは頷いて、アルベルト、レインと二手に分かれて山の奥へと入っていく。
カルデラと通った道を、記憶をたどりに進んでいく。カルデラは目隠しをしたり、ややこしい道を選んだりしなかったので、それほど難しくはなかった。
もうすぐ洞穴というところで、先導していたゼノが立ち止まった。
「やっぱ、火精霊は見張りにいるよな。どうやって説得する?」
隙を突いて通れるとは思えないし、彼らと争うような事態は避けたい。となれば説得しかないが、この前の拒絶するような態度からは、話をまともに聞いてもらえる気がしなかった。
「……そもそも、どうして火精霊とグレイブレストの人の仲は悪くなったんですか?」
ふと気になった疑問が口から漏れる。
ゼノは首を振った。
「それが、本当に思い当たることがないんだ」
「ある日、突然いなくなったのでしたっけ?」
「ああ。もうすぐ祭りだって言うのに、いきなり山に籠もっちまったんだ。籠もったのはサラマンダーが原因だとしても、俺達にあんなに敵意を持つ理由がわからねえよ」
可能性としては、火精霊が街の人の中にサラマンダーを傷つける人間がいると思っている、といったところだろうか。だが、火精霊の態度は個人よりも街の人間全員に不信感を持っているようにみえた。
全体の中の誰か、ではなく、全体。
とすると、
「祭りをやりたくなかった、とか……?」
金星が考えを出すと、ゼノは目を丸くした。彼としては、それはまったく思い当たらなかったらしい。
「いや、そんなまさか。祭りは毎年、あいつらも楽しみにしてるんだぜ」
「うーん、だとすると、理由は考えてもわかりませんね。行ってみて、いいですか?」
進むしかなさそうだ。
洞窟の入り口には、やはり二体の火精霊がいる。草を踏む音にはっと視線を向けた火精霊達は、それが金星とゼノだと確認すると、呆れたように声をとがらせた。
「あっ、おまえら。何しに来たんだ! 帰れ!」
炎は出してこなかったが、警戒するように身構えて金星達を見つめていた。
近づくとますます警戒されてしまうので、金星は離れた場所から話しかける。
「わたしは保護官ですから、怪我をした幻獣を治療させて欲しいんです」
無理矢理何かをするつもりではなく、善意での提案だとにっこり微笑んで伝える。
火精霊達は眉をひそめて露骨に疑わしそうな顔をする。
「なんで怪我した幻獣がいると思うんだ?」
失言に少し後悔してから、金星は得意げに精霊を見つめた。
「それは……幻獣保護官の勘です」
「はあ?」
「当てずっぽうの、勘です! でも、まるっきりの当てずっぽうではなくて、……ええっと、火精霊がグレイブレストから姿を消したのは、山の中で困っている幻獣を助けようとして、みんなが集まっているからではないか、と思いまして。他に理由もありませんし?」
火精霊がきっと金星を睨んだ。
「違う。おれ達は最初は自分の意思で街を離れたんだ。その後にサラ――」
「おい!」
不満のままに口を滑らせかけた火精霊を、カルデラが止める。
金星とゼノは顔を見合わせた。
彼らがサラマンダーを匿っているのはほぼ確実だ。しかし、最初からサラマンダーがここにいると知っていたわけではなさそうだった。何か別の理由で街を離れ、山に行って、サラマンダーを見つけたのだろう。
金星はにっこりと微笑んだ。
「とにかく、何か困ったことがあったなら、わたし達を頼ってくれても大丈夫ですよ!」
「おれ達を信用しない人間なんて信用できるか」
「俺はともかく、金星は保護官なんだから信用できるんじゃないのか?」
「おまえと一緒にいる奴なんか、信用できるかっ!」
あまりの言いぐさに、ゼノは少しむっとしたようだった。
「なんだと?」
「ええっと……少し落ち着いてください。今、次の行動を考えますから」
不穏な空気を感じて止めに入る。
やはり、火精霊は簡単に心を開いてくれないようだ。
どうするべきか考える金星の隣で、ゼノがずいと一歩を踏み出した。
「信用されてないって、被害者ぶってるけどな、お前らだって、人間を信用してないだろ? 違うなら、出て行った理由を黙ってるのは、何でなんだよ?」
悩む金星をよそに、ゼノと名前の知らない火精霊がずいずいとお互いの距離を詰めていく。
「言っても意味がないからだ。先に信用しなかったのは、おまえらだろ!」
「どういう意味だ?」
「わからないなら、もういい!」
「わからないから、教えてくれよ。俺は、お前らが何を言っても信じるから」
無条件で信じる、なんて言って、話してくれるとは思えない。
だからゼノは、聞き出そうと躍起にはなっても、信じるとは言い出せなかったのだろう。自分の言葉がいかに薄っぺらいかと、疑ってしまうから。
だが、口にしたということは、それが彼の本心だ。きっと、何を言っても信じるつもりだ。
それがわかったのか、火精霊は黙り込んだ。
やがてカルデラがおそるおそる口を開く。
「……普段は包丁や農具なのに、祭りの時にだけ武器を作るのは何でなんだ?」
じっと様子をうかがうように視線をゼノに向けていた。
対するゼノは、まったくわけがわからないようだ。
「伝統だからに決まってるだろ?」
金星も、他に理由は思い当たらない。
グレイブレストは火精霊との鍛冶が盛んで、農具や料理道具をおもに生産している。武器は、需要がそこまでないからか、扱っていないようだった。
カルデラが落胆するように視線を背けた。
カルデラの隣にいた火精霊が、ゼノを睨む。
「ほら嘘つきだ」
「何が嘘なんだよ?」
「知っているくせに、言いたくないんだろ」
「だから、何が?」
ゼノはさっぱりわけがわからないように聞き返している。金星は見守るしかないので黙っているが、ゼノから嘘をついている様子が感じられないので、精霊達は何か誤解をしているように思えた。
カルデラもやり取りを聞いて思うところがあったのか、首をかしげて火精霊へとささやく。
「なあ、もしかして本当に知らないんじゃないのか?」
「知ってて隠してたんだろ! つーかお前、庇ってんのか?」
「違う! でもさ、嘘つくならもう少しマシな嘘をつくんじゃないのか? 仮にもさ、おれらをずっと騙していたならさ!」
騙す、という不穏な単語が出て、金星はちらりとゼノに目をやった。彼は彼で、まったく心当たりがないようだったし、嘘をついているようでもない。
「騙すって……何をだ?」
「しらばっくれんなよ! おれ達に祭りで打たせた武器が横流しされて、おれ達の同胞を傷つけてるんだ!」




