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辺境の村の幻獣保護官  作者: 和花
第三章 見習い保護官と火精霊
74/82

3-11

 フィルフレイ家は、母親と子どもの二人暮らしだったようだ。

 四人を出迎えた女性は、子どもの部屋がいなくなったときのままになっている、と語る。女性は疲れの色が目立っていたが、見習いの男の子や彼の父親が時折、訪ねてきてくれるらしく、前向きな気持ちを捨てていない。

 子ども達を攫った者が子ども達を利用するつもりならば生きている可能性は高く、話して安心させてあげたい気持ちもあったが、確信のない情報で希望をちらつかせるのも咎められて、黙っていた。

 もう一度、手がかりを探るために話を聞きたいと言うと、女性はその日の話をしてくれたが、目新しい情報はない。子どもが寝静まったのを確認してから戸締まりをして就寝したが、物音などには気づかず、郵便局見習いの少年と彼の父親が訪ねてきて、子どもがいなくなったのに気づいたらしい。その後に慌てて周囲を探したが、見つけられないまま今に至る。

 前に聞いたのと同じで、手がかりは何もなかった。

 何か見落としているかもしれないから、他の人にも話を聞くつもりだが、子どもを心配する母親から、当時の記憶を思い出させる行為をするのは必要とは言え少し罪悪感があった。

 話が一区切りついて、次の家に向かおうと通りに出たとき、女性が追いかけてきた。

「あの子の部屋にあがってくれませんか。もしかすると、手がかりがあるかもしれないから」

 北側にある子ども部屋には窓が二つあり、壁側のベッドの周囲にはボールやサイコロのような遊び道具や、本が乱雑に置かれている。

 持ち主の不在を知ってか、北の窓からの明かりを浴びながら、部屋は寂しげな雰囲気に感じられた。

 部屋の中に入った金星は、窓の下にバケツが置かれているのに気づく。中には並々と水が満たされていた。

「掃除の途中、だったんでしょうか……?」

 ぽつりと漏れた呟きに、女性が目を丸くした。

「いえ。あの子は掃除が嫌いだったから……。そのバケツも掃除するように置いていたのだけど、飾りみたいだったわ。水なんて入っていたかしら?」

 考え込む女性へ目をやってから、金星はバケツを見つめた。底が透けて見える綺麗な水で、掃除をした感じではなかった。

 窓が開いたままになっているが、雨水が入り込んだわけではあるまい。

 金星はバケツの傍にかがみ込むと、水面に指を浸して舐めてみる。少しだけ、塩辛い気がした。

「海水みたいです」

「……普通、躊躇いなく味を確かめますの?」

 今まで黙っていたリネットが、さすがに眉をひそめて咎めてくる。

(え? そんなにおかしかった??)

 びっくりして見上げると、金星の行動に女性が目を見張って、ゼノが唖然とし、レインは何事か考えているようだった。

 ややあってから、ゼノも水面に手を入れると、水の味を確かめる。

「おっ、本当に塩水だ。でも、なんで海水がここにあるんだ?」

「アクアニドルからここは、遠いですよね。どこから汲んできたんでしょうか?」

 レインが、女性へと目をやる。

「最近、塩の減りが早い、と思ったことは?」

 女性がはっとしたように口を開いた。

「……気のせいじゃ、なかったのね。……そうよ。この前、入れたばかりの塩がずいぶん少なくなっていたわ」

「子どもがいなくなった日に、他に、この部屋の外で何か変わったことは?」

 今までは部屋の中や、子どもの動向に注意を取られていたが、外、や他の部分に手がかりがあるかもしれない。

 考え込むようにして窓に近づいた女性が、外の裏口を眺めながら、ぽつりと呟く。

「そういえば……、窓の外が、濡れていたわ……雨なんて降らなかったのに」

「誰かが水を溢したんでしょうか……? それとも、わざと濡らした?」

「おそらくは、塩水だ」

「どうして、塩水で濡らす必要があるんですか?」

 レインはじっとバケツを見下ろしてから、カーテンを開いて窓の外を眺める。庭から裏口、裏口からずっと向こうに山が見えた。

「炎が見えたと言う証言があったな。それはキコの灯りかもしれない」

「キコ、ですか?」

 まったく聞き慣れない単語で、思い出すように呟いてみたが、検討もつかなかった。ゼノと女性も同じなのか、疑問を隠さない表情でレインを見ている。

「漁師が使う灯りのことですわね」

 レインは頷いて、説明を続けた。

「この辺りではあまり見ないが、海辺の街で、夜に漁に出た船乗りの間で灯り火として使用されている道具だ。キコの実を砕いて粉状にしたものを、キコの木の樹液を浸したオレイユ綿で包んだものだ。火をつけると、燃えたままぼんやりと浮かび上がって、灯りの代わりになる」

 要は、自動で浮く松明のようなものだろう。

「キコの実は海水に引かれる性質を持っている。風が山に向かって吹いていたなら、燃えたキコの実が海水の上を山に向かって動いてくだろう。子ども部屋の窓の下から裏口、そこから山までの道を海水で濡らして、灯りによって子どもを誘導した」

 灯りが見えたという見習いの少年の言葉とも一致しているが、疑問が残る。

 ゼノが釈然としないまま口を開いた。

「いや、そんな怪しい灯りについていくか……?」

「確かにそうだな」

「ですよね」

「あの子はやんちゃだけど、灯りを追いかけて夜の山になんて行くかしら?」

「それに、キコの実なんて、自然に発生しませんわ。火精霊が攫ったのでなければ、他の人間が攫ったことになりますのよ。アクアニドルの漁師が攫ったとでも言うつもりですの?」 

 キコの実の灯りは赤で、火精霊の炎は青。炎の色が違うから、火精霊に罪を着せようとしたわけでもないし、キコの実を使って子どもをおびき寄せようとした理由がわからない。

 子どもが不審に思って親に知らせたときのリスクを考えると、とても実行しようとは思わないだろう。

 ――リーーン。

 と、静寂が満ちた部屋に、呼び鈴の音が聞こえてきた。

「はい! 少し待ってください」

 女性が慌てて下へと降りていき、金星達も彼女に続く。

 金星は入り口に立つ人物を、思わず二度見した。剣と鞄を提げた軽装姿のアルベルトが、扉を開けた女性に挨拶しているようだった。

 話を聞くに、レインを探してここまで来たようだった。

「アルベルトさん。グレイブレストに来たんですか?」

 思わず声をかけると、アルベルトはやわらかな微笑みを向けてくる。

「頼まれてた情報が集まったから鍛冶屋に行ったんだけど、いないからさ。聞いてまわったらここだって言うから探したよ」

 アルベルトは和やかに教えてくれてから、真剣な表情になってレインへと目をやった。

「レイン、一人だけ、引っ越してきた人間がいる。今は町医者の助手をしているみたいだ。それと、北で手配されている孤高のハンターが、アクアニドルで消息を絶っている」

「そうか。……引っ越してきたのは一人だけで間違いないか?」

「旅行や観光で来た人は多いけど、祭りがまだだから二、三日で帰るみたいだ。十日以上も滞在しているのは、一人だけだった」

「そうか」

 レインは何事かを思案するようにしばらく黙っていたが、やがてはっきりとした口調で断言する。


「子ども達を攫った犯人がわかった。おそらく姿を消した子ども達にはある共通点があるはずだ。ここ一ヶ月以内に、町医者に行ったんだろう。医者の助手ならば、子どもと二人きりになり、暗示をかけるチャンスがあったはずだ」

 子どもを攫った犯人が、町医者の助手だと語っている。

 確かに、助手ならばチャンスはある。

 町医者と大人が話をしている間、助手が子どもの相手をしていてもおかしくはない。

 大人よりも周囲を信じやすい子どもなら、薬を使って簡単な暗示をかけられる可能性もある。もちろん、禁止されている薬物だろうが、犯人がなりふり構わない人物ならば手段は選ばないだろう。

「本当なの……?」

 信じられないような表情になった女性が、レインの仮説を肯定していた。

「でも……助手の人は、あの子の話も真剣に聞いてくれていたし、良い人に見えたわ」

 良い人の顔をして、近づいてきたのだろう。彼には子ども達が必要だった。だから、利用するために近づいて、攫ったのだ。

 事実はまだわからない。が、可能性は高い。

「レイン先輩、町医者に行ってみましょう」

 やっとつかんだ手がかりだ。助手を問い詰めて、子ども達の居場所を聞き出せるかもしれない。

「ああ。町医者の助手が、子ども達を攫った犯人だ」



 危険があるかもしれないから女性には家で待機していてもらい、新たにアルベルトを加えた金星達五人が町医者を訪ねた。

 警戒しつつ、まずはレインが病院へと入ったのだが、しばらくして、何が何だかわからないといった表情の町医者をつれて出てきた。

「助手はもういないそうだ」

「こんなに大勢で、訪ねてきてくれたのか」

 助手への疑いはまだ説明していないらしく、町医者は困惑の表情を浮かべていた。

 金星達が幻獣保護官だとは知っているようだが、どうして助手を訪ねてきたかは、当然ながら検討もつかないらしい。

「残念なことに、助手の彼なら二日前から街を出ているよ。アクアニドルの実家に用があるらしくってね。祭りの頃には戻ると言っていたよ」

「そうなんですか……」

 思わず顔を曇らせてレインへと目をやる。レインは、次の行動を考えているのか、特別、表情を変えていない。

 だが、気づくのが遅すぎた、ということだろう。

 もう助手になる必要がなくなったのか、助手は姿を消した。金星達は一足遅かったわけだ。

 念のため、本当に助手が犯人なのか確かめるために、金星は町医者へ質問する。

「その……助手さんって、どんな人だったんですか?」

 町医者の中年の男性は、優しげな表情を浮かべた。

「助手の彼? 何でも、友達がここに住んでいるらしくってね、遊びに来るうちに気に入って、住むことに決めたらしいよ。嬉しいことだねぇ。彼、てきぱきと働いてくれるし、子ども達には好かれているし、良い奴だよ。ところで、子ども達と言えば無事に見つかったのかい?」

 町医者の話からは、とても良い人に思えた。さすがに、助手が子どもを攫った犯人の疑いがあるとは言えず、金星は曖昧に首を振った。

「いえ……まだです」

「そうか。……無事だと良いんだけど」


 町医者と別れて、山へ向かって歩いた五人は、人の気配が少なくなったところで足を止めて、今後の作戦会議に入る。

「助手が姿を消したということは、もうこの街に留まる理由はないというわけだ」

 アクアニドルの実家に行くと言っていたが、違和感がある。

「助手さんがアクアニドルに向かう理由はありませんよね。もしかして、山にいるんですか?」

「もしかしなくても、そうでしょう?」

 リネットが呆れたように金星を見た。

 それからゼノへと複雑そうな顔を向けた。

「もし助手が子ども達を攫ったのなら、火精霊は無実ですわ。良かったですわね」

「ああ! まぁ、オレは最初からそう言ってるけどな!」

 子ども達は心配だが、火精霊への疑いが晴れそうなのは素直に嬉しい。


「次にどうするかだが……、火精霊はサラマンダーを守っている。そして、町医者の助手は、子どもを利用して、サラマンダーを探して捕らえようとしている。そいつが姿を消したと言うことは、サラマンダーの居場所と狩る検討がついたということだ。うかうかしている時間はない。すぐに山に向かう。リネットは、鍛冶場にいるフィアへの伝言を頼めるか?」

 幻獣保護官を観察するのが彼女の仕事だが、こうなったら、そうも言っていられない。

「わかりましたわ。鍛冶場に向かってから、管理者の妖精の指示に従いますわ」

 リネットとわかれ、金星達四人は急ぎ足で山へと向かう。

「でも、町医者の助手の人が、どうして幻獣を狙うんですか?」

 道中でふと気になって問いかける。幻獣を狙う人間や組織があるのは知っているが、町医者の助手とそれらが上手くかみ合わない。

 疑問を浮かべる金星を静かに見て、レインは淡々と答える。

「町医者の助手というのは仮の姿だろう。大勢で行動する密猟者と違って、少数での行動を好む奴らは、疑われず潜り込むために自分の身分を偽称する」

 町医者や女性が語り、子ども達が信頼していた助手の姿は、まるっきり虚像というわけだろう。

 すべては幻獣を狩り、金を手に入れるために仕組んだこと。

「サラマンダーを狙っているのは、単独で動く――幻獣ハンターだ」

 大勢で行動し、幻獣を生かして捕らえようとする密猟者と違って、幻獣を殺して手に入れるのがハンターだ。

 サラマンダーと火精霊の命が危ない。それに、無慈悲な人間ならば、目的を果たした後の子ども達を大人しく帰すとは思えない。

 一刻の猶予もなかった。

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