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この場所は火精霊が暮らすのにはむかない、というレインの言葉通りのようで、それから何度かカルデラが使いに来て、金星たちは火精霊のもとに栄養源を運ぶ手伝いをした。
彼らは何かを隠している様子を見せたが、子供を攫っている気配はみじんもない。町の事件とは関係なく……おそらく人間からサラマンダーの存在を隠しているだけ。
子供達を見なかったかとそれとなく問うてみたが、彼らは顔を見合わせて不思議そうにするだけだった。
「火精霊と子供達の消失が関係ないのなら、子供達はどこにいると言うのですの?」
金星達四人は今後の方針について話し合う。子供達が姿を消して、一週間が経過していた。手がかりはつかめないまま、焦りばかりが増えていく。
「街にいない。街から出た形跡もない、ということは子供は山にいるか、街の中に捕らわれているかの二つだろうな。だが、山へ入った形跡はあるが街で目撃された気配がないのだから、山にいる可能性が高い」
「で、犯人と子供達の手がかりは?」
冷たいリネットの声に、三人は顔を見合わせる。
「だいたい、火精霊がこの件に関わっていない、という証拠はありませんわ。状況的に疑わしいのは火精霊ですわよ。いくら彼らがこの件に関わりがないと言っても、証拠がないですし、騙されているだけ、かもしれませんわ」
子供達が山にいる可能性が高いということは、今は山を住処とする火精霊が疑わしいのかもしれない。
レインは無言で、ゼノも何か言いたそうだが反論はしなかった。
「でも、火精霊がいる場所に、子供はいそうになかったですよ。最近は、姿を消す子供達もいないみたいですし、手がかりを探すのは難しいかもしれませんが、もう一度、子供達が消えた場所を探ってみませんか?」
金星の提案にリネットは席を立ちながら首を振る。
「わたくしは用がありますので協力できませんわ。手がかりをつかめたら教えてくださるかしら」
ここ数日は、各自がばらばらで行動することが多かった。
早くなんとかしないと、と焦る気持ちばかりで自体が進展しないのが歯がゆい。解決するにも、手がかりすら見つからない状況だ。
部屋から出て行くリネットの背に、ゼノが声をかける。
「あのな、一つだけいわせてもらうが、あいつらは絶対に子供を攫ったりしない」
その言葉に対する返答はなかった。
手がかりを探す前に、もう一度、状況を整理することにした。
鍛冶屋の一室で、机の上に地図を広げて、金星、レイン、ゼノがそれを取り囲むように立つ。
レインが山の南にある市街地の一軒家へペンで印をつける。
「最後に姿を消した子どもが住んでいた家はこの辺りだ。夜明け前に裏口から抜け出して山に向かったらしい」
つい先日、郵便配達の少年が目撃したのは家から姿を消した男の子で、その子は、夜明け前に裏口から出て行ったのだという。
何の理由もなく、親に何も告げることもなく、子どもが深夜に姿を消すだろうか?
聞くところによると消えた子ども達の家庭にも問題はなく、家に帰りづらかったり、悩みを抱えていたり、するわけでもなさそうだった。
しかし子ども達は姿を消した。
つまり、誰かに黙って家を出るように言われたのか、それとも家の外にあった何かに興味を引かれたのか、子ども達が家から離れる理由があるはずだ。
姿を消した子ども達について、金星は状況を思い出しつつ口を開く。
「そういえば、お菓子屋の人が気になることを言ってましたよね。飴を買って北に向かった子が、お兄さんと食べるんだって話していたって。お兄さんって、誰でしょうか? もしかすると手がかりを持っているかもしれません」
言ってしまってからなんだが、お兄さんと口にした子は一人のようだったから、関係のない可能性が高い。
それに店員の人はお兄さんについて心当たりがなさそうだったし、探しようがない。
金星は軽く手を上げておずおずと続けた。
「……えっと、まったく関係のない人かもしれませんし、わたしが言いだしたことですけど、忘れてください」
ゼノとレインが顔を見合わせた。
それからゼノが口を開く。
「いや、それも気になる事項だろ。で、オレはやっぱ火精霊が気になる。あいつら、サラマンダーを匿って山に籠もってるのか?」
火精霊が何かを黙っており、人間に不信感を懐いているのは確かだ。彼らが姿を消した子ども達に関わった様子はない。ということは、もう一つの事項――サラマンダーと関係する可能性が高い。
しかし断言できる証拠はなかった。
「彼らが何かを隠しているのは確かだ」
レインはそれだけ言って、少し間を置いた。
子ども達は山への道を歩いて姿を消した。足跡からも山へ向かったことは確かだ。
「一度、整理しよう。子供は北から山へ向かった。子供を攫った犯人がいるのだとすると、犯人は一緒に山へ入ったはずだ。……だが、足跡がなかった」
古い足跡の痕跡は風に飛ばされて消えてしまっているが、少なくとも一人の子どもが、大人を連れずに山へ向かったのは間違いない。
机の地図にはいなくなった子ども達の家と、山へ向かうルートが書かれている。山へ向かう通りは一カ所しかなかった。
「火精霊と子供の失踪を照らし合わせてみよう」
「え? でも、火精霊はそんなことをしないと思います」
「疑っているわけではない。時系列を整理して考えるためだ。ゼノ、火精霊は一斉に姿を消したのか?」
「は?」
「ある日、突然いなくなったんだろう。その時、火精霊が山へ入るのを見た人間はいるのか?」
「……火精霊は鍛冶場を住処にしていた精霊なんだ。あいつらは鍛冶場から鍛冶場へ火の玉となって移動できる。あの山には古い鍛冶場があるから、夜の内にそこへ行ったんだろう。消えたのは、最初の子どもが姿を消す前日だ」
ほぼ同じころに起きた事件と言って間違いない。街の人が不信感を持ったのも無理はない。
「火精霊が姿を消したのと、子供達の失踪は同じような時期だ。どちらも山に関係する。何故、どちらも山へ向かったのか。原因は別だが、目的は同じかもしれない」
「え……?」
「グレイブレストの中に、怪我をしたサラマンダーを狙う人間がいる。そう考えれば、火精霊が人を信用しない理由も、子どもを山へと向かわせた理由も、説明がつく。何者かが、子ども達を騙して山の中でサラマンダーを探させている可能性だ」
レインが言い終えて、三人の間に沈黙が落ちた。
仮説が事実ならば、子ども達は無事だが、危険な目にあっている可能性がある。
一刻も早く見つけたいのは勿論だが、手がかりはやはり薄い。
この街で、火精霊と子ども達の失踪の前に起きていたのがサラマンダーの目撃情報だ。小さなトカゲの姿をしたサラマンダーは、あの山のどこかに姿を隠している。
そして、サラマンダーを狙う人間が、この街の潜んでいる。
ゼノは地図を見つめたまま、難しい表情で黙り込んでいた。自分達の街の人間が子どもを攫い、幻獣を傷つけようとしていると聞き、どう考えればいいのかわからないのかもしれない。
一週間前にグレイブレストへ来た金星にも、気持ちの良い人が多い街だと感じられた。ずっと住んでいるゼノならば尚更だろう。
火精霊が子どもを攫ったのでなければ、犯人は街の人間だ。
前者はありえない。とすれば――。
目的がわかっても、誰がかはわからない。
サラマンダーを狙う人間、という別の観点から調べていくしかないだろう。
そう思いつつも言葉を継げなかった金星だったが、ふとそらした瞳が窓の外を捕らえて、自然と口を開いた。
「カルデラさん……?」
閉められた窓を開ければ、外に一体の火精霊が佇んでいた。
カルデラは今のゼノと同じような、なんとも言えない難しい顔をしながら、ゆっくりと口を開いた。
「なあ、おまえら。話したいことが、あるんだ……」
強い炎のような赤い瞳が、真っ直ぐにゼノを見ていた。
「俺に付いてきてくれないか?」