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レインは金星を一瞥して、アルベルトへ目を向けた。先ほどの刀身のように冷ややかな瞳がアルベルトへ注がれる。
「アル。お前は何をしていた?」
アルベルトは叱られた犬のようにしょんぼりして、情けなそうに頭をかいた。
「あっ、いや。ちゃんと、気をつけてたんだけど、つい、ちょっと流砂の時間のことを忘れて……」
「忘れていた、で済む問題か?」
「ごめん。それについては、本当に反省している」
アルベルトは真面目な顔で、姿勢を正して頭を下げる。
「金星ちゃんも、怖い思いさせてごめん」
そこで、レインはアルベルトが金星を勝手にアンクタリアへ入れたことを、責めているのだと気づいた。金星は謝るアルベルトに「とんでもないです」とぶんぶん首を振った。
「わたしが、無理に連れてきてと頼んだんですし、いまだって、勝手にはしゃぎまわった結果ですよ。アルベルトさんは悪くないです」
今になって心臓が騒ぎ出す。死にかけた事実に震えが走りそうになるが、すべて自業自得で、アルベルトを責めるのは筋違いだ。
「だから、叱るならわたしにしてください」
屹然とした表情で見上げると、レインは呆れたように腰に手を当てて、冷たい視線を注いできた。
「お前も、どうして知識もないのにここへ入ろうと思ったんだ」
「アンクタリアがどんなところか見てみたかったんです。仕事する場所ですから」
フロスベルで幻獣保護官として働くなら、遅からず入る場所だ。
「ここには危険が多い。知識もなく入って何ができる?」
「それじゃあ、レイン先輩は……わたしに、黙ってずぅーっと書き取りしてろって言うんですか?」
口調が尖るのを抑えられない。保護官になって一週間。レインからやれと命じられたのは、読めもしない本の書きとりだけだ。あんなことをしてなんになるのか、金星にはちっとも理解できなかった。
不満をあらわにする金星に、レインは冷ややかな瞳のまま頷いた。
「そうだ」
断言されては、後輩の新人保護官としてはそれ以上反論できない。でも、これだけは言っておきたい。金星は背筋を正して、レインを見上げた。
「わかりました。でも、全部写し終わったら、先輩としてきっちり、アンクタリアのこと、教えてください。わたしだって、早く役に立ちたいです」
冷たい青灰色の瞳がわずかに驚いたように揺れた。やがて呆れ混じりのため息とともに、そっけない頷きが返ってきた。
「わかった。……そろそろ時間だ。行くぞ」
「待ってください!」
「まだ何かあるのか?」
「あ、歩けないです。もう少し待ってください」
気が抜けたのか、さっきから足に力が入らなくて動けないのだ。こんな砂丘の真ん中に置き去りは、ちょっと困る。涙目で訴えると、レインとアルベルトは顔を見合せた。
「どうする? 俺に責任があるし、俺の方が体力あるけど?」
「こいつは俺の後輩だ」
「言うと思ったよ」
レインはざくざくと不機嫌そうに砂を踏みながら戻ってきて、金星に背を向けてしゃがんだ。
「早く乗れ」
「え? でも、少ししたら……」
「金星ちゃん、その少しがサリア砂丘では待てないんだよ。この砂丘は、一定時間に一定の場所で流砂が発生するから。今度はこの辺りだから、早く移動しなきゃ」
想像以上にサバイバルな土地である。
金星は「そ、それではお邪魔します」といささか的はずれな言葉を口にして、レインの肩に腕を回した。細く見えた首筋が、女の人のそれと違ってがっちりしており、なんだかどきまきしてしまう。
レインが立ち上がると金星の視点も一気に高くなった。なだらかな深い黄色の大地が、流れる雲のようにどこまでも続いている。
レインとアルベルトは示したように同じ道筋を並んで歩いた。集中しているのか、会話がない。砂丘を抜けたところで振り返ると、もうすっかり日は傾き、オレンジ色の太陽が、砂丘へと吸い込まれていった。
急に疲れを感じて、金星は微睡に身を任せた。まぶたが金色の瞳をそっと覆い隠す。ゆっくりと吸い込んだ空気は太陽のにおいがした。