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辺境の村の幻獣保護官  作者: 和花
第三章 見習い保護官と火精霊
66/82

3‐3

 今の時刻は昼前、といったところ。

 少年が語ったのは、それよりも七時間ほど前の出来事。

「ぼくは郵便配達員の見習いなんですけど、今日はたまたま早く目が覚めて、仕事場にも早く顔出したんです。それで、さっさと配り終えて、遊ぼうかななんて考えながら、家を回っていたんです。で、フィルフレイさん――この女の人ですが、フィルフレイさんの家に行った時に、妙な音が聞こえたんです。扉が閉まるような」

 少年は不安げな表情で黙って立つ若い女性を紹介して、それから彼女の背後にある家へと目をやった。ここが、彼女の家らしい。

 石でできた二階建ての建物は、一般的な一軒家と同じよう。

 家へ目をやり、あった出来事を思い出すように少年は話を続けた。

「それで裏口のほうを見ると、ぼんやりとした人魂のような炎が見えたんです。赤い火が、だんだん家から遠ざかっていくのが見えました。ぼく、強盗だったらどうしようって思って、急いで父さんを呼んできたんです」

 少年が視線をやるのは、先ほど怒っていた中年の男。彼が父親らしい。よくよく観察してみると、面影があった。よく似た親子だ。

 男性は大仰にうなずいた。

「家が荒らされた形跡はなかった。だが、ビルがいなくなっていたんだ」

 こくり、と女性が首を縦に振った。いなくなった子供はこの女性の息子らしい。そして、その子の知り合いである少年が失踪現場らしきところを目撃し、父親を呼んだというところか。

 レインが少年へと目を向けて問いかける。

「赤い炎を見たから、火精霊の仕業だと思ったんだな」

 少年は小さく頷いた。彼の父親が声を出す。

「ああ。別におかしくないだろ?」

 レインはそれには答えず、何か言いたげなゼノを軽く手で制して、少年に再度問いかけた。

「赤い炎がどちらの方角に消えていったか、覚えているか?」

「あっちです」

 少年が指さしたのは北の方向。家々が並ぶ向こうに、はっきりとした存在感を持った巨大な鉱山の姿が見える。火精霊が姿を消し、子供の足跡が見つかった山だ。

 金星は心の中に不安と微かな怖れを感じる。

「やっぱり山、なんですね」

 山で一体何が起こっているのだろうか。

「……火精霊に話を聞く必要があるな。フィア、精霊の扉の用意をしてくれ。一度、フロスベルへ戻る」

 呼びかけられたフィアが顔を上げて、面白げに目を細めた。

「ほう、フロスベルへ行くのに精霊の扉が必要か」

「ああ。早いほうが助かる」

 フィアは少しだけ唇を意地悪く曲げたように見えた。

「まあ、私がついているのだから、問題はないな。お前と、誰だ?」

「俺と金星と、あとは……付いてくるのだろう?」

 レインが視線を向けたのはリネットで、彼女は当然のように肯定した。

「もちろん。当たり前ですわ」

 彼女の答えを聞くか聞かないかのタイミングで、フィアが鍛冶屋へと入っていった。

 話がひと段落ついたと感じたのか、ゼノが口を開いた。

「だから、赤い炎が原因で火精霊の仕業だと思ってるなら、誤解だって。あいつらが出す炎は赤じゃなくて、青なんだ。こんなの、鍛冶職人だったら、誰だって知ってる」

「……本当なのか?」

 男性が不審げにレインへと問う。

「ああ。火精霊が誘拐したとは断定できない。火精霊ではない、とも断定できないが」

 ゼノが少し不満そうな顔になるが、否定はしなかった。

 レインは心配そうな少年や女性を一瞥してから、男性へと告げる。

「誘拐犯が子供たちをどうするつもりなのかはわからないが、彼らの姿が見えない以上、生きている可能性が高い」

「おれたちだって、そう思いたいがな。根拠は何だ?」

「もし火精霊が人の子を殺害するつもりならば、攫うなんて遠回しな行為はしない。精霊は純粋で、とりわけ火精霊は火の性質も相まって、行動が非常に直線的だ。そして、もし火精霊に罪をかぶせたい何者かが攫ったのだとしたら、攫う、という形をとった以上、子供たちに死なれては困るのだろうから、生きている……或いは生かされていると考えていい」

 金星とリネットははっと顔を合わせた。確かに、火精霊が子供を攫って町から離れた場所で殺害するとは思えない。誘拐犯が人間でも、誘拐という手段をとった以上、なにかしら理由があるはずだ。

 それに複数の子供を監禁するのにも場所が必要になってくる。

 ゼノが男性とレインを見て、それから自分の考えをまとめるようにつぶやく。

「子供らを、何かに利用しようとしてる、ってか?」

「ああ」

 うなずくレインに、中年の男性も難しい顔で口を開く。

「……それなら、わからねえ話じゃねえ。……当てはあるのか?」

「火精霊に話を聞き、場合によっては協力を頼む」

「火精霊が元凶だったら、どうするんだ?」

「その可能性は低いだろうが、その場合は目的を悟られないように利用させてもらう」

 保護官としてとんでも発言な気はしたが、優先すべきなのは子供たちなので、問題はない。男性は納得しないながらも保護官に任せるしかなく、少年は父親を心配そうに見てる。そして女性は、深々と頭を下げた。

 彼らと別れて、金星たちは鍛冶屋へと戻った。

 レインは金星とリネットを連れて、フィアが借りている部屋へ向かう。精霊の扉でフロスベルへ向かうらしい。

 部屋に入ると、中央に青い塗料で魔法陣が描かれ、その前にフィアが立っていた。

「準備はできている。ついてくるといい」

 フィアは簡潔に告げ、陣へと足を踏み入れた瞬間、姿を消した。レインが黙って彼女へ続き、彼の姿も霧に攫われたように消失した。

 金星は少しためらいつつも、行こうとリネットの手を取って二人に続いた。

 陣に向かって歩いてきたはずなのに、いつの間にか金星は巨大樹の根っこをくりぬいたように細い道に立っていた。人が二人余裕をもって通れるほどの幅に、高い天井。薄い茶色の色をした弧を描いた壁はぼんやりと光っている。目をやると、金色のコケが光っているらしい。

「あの、精霊の扉って、なんですか?」

 フィア、金星、リネット、レインの順番に歩きながら、金星は前を行くフィアへと聞く。

 フィアは足を止めることなく進みながら答えてくれる。

「移動手段だ。何人もの人間が迷い込んで死んでいるから、気を付けると良い」

 金星が驚いて顔を上げると、奥のほうに二つに分かれた道が見えた。

「精霊の扉は、本来は精霊の移動手段だからな。地中に張り巡らされた木の根のように道が伸びていて、どこへでもつながっている。が、罠も多い。人が生きられる場所へ出るとは限らない。へたな場所で外へでると、元の場所に帰れないからな。私から離れるのはやめておいたほうが賢明だ」

「……はい。心得ました」

 あまり頻繁には使いたくない移動手段だ。それをレインが使ったということは、それだけ事態が切羽詰まっているのだろう。

 金星は軽く息をのんで、背筋を伸ばして歩き出した。

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