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辺境の村の幻獣保護官  作者: 和花
第三章 見習い保護官と火精霊
65/82

3-2

「だから、これは誤解なんだって!」

 強い口調はかすかな戸惑いを含んで、だけど確固とした真剣さを感じさせる。

 鍛冶場から出てすぐの通りで、ゼノが中年の男性と向き合っていた。中年の男性の傍には若い女性と、郵便配達員らしい少年がおり、男性をはらはらと見つめている。

 ゼノは真剣で、少しムキになっているようだ。男性は口を真一文字に閉じている。

 金星は小走りに彼らへと近づいた。リネットもついてきてくれる。

「ゼノさん、何かあったのですか?」

 声をかけると、ゼノは驚いたように振り返る。金星とリネット、レインの姿をみとめ、それから男性たちに目をやってから、状況を話し始めた。

「街のほうで、今朝から噂になってるんだ。火精霊が子供をさらったんだって」

 憮然とした声音からは、それが不服だと感じられた。

 中年の男性は眉を上げる。

「それしかないだろうが。お前、さっきからの話を聞いていたのか?」

「火精霊の出す炎は、青いんだ。だから、あいつらの仕業じゃねえ」

 男性へと断言して、それからゼノは状況をつかめない三人に簡単に説明をする。

「今日はいなくなった子供が、最後に目撃された場所に不自然な赤い炎を見たってやつが、いたんだ。だから、子供が姿を消したのに、あいつらがかかわってるかもしれないんだ、って。話だけど、……そんなわけないだろ」

 最後の言葉は男性へと向け、彼を軽くにらんだ。

 対する男性は余裕のある表情。

「お前は鍛冶屋だからな、火精霊の肩を持つってわけだ。見捨てられてんのによ」

「別に、見捨てられたわけじゃ……」

「だったら、なんだこの町の活気は? もうすぐ、祭りだってのに、そんな気配はありゃしねえ。街の鍛冶場からは炎が消え、何が鉱山の街だ」

 男性の言葉に金星は街へと視線をやる。山へと近いこの場所からは、まばらに街が見渡せた。市場には人が集まり、家の煙突からは煙があがる。だが、鍛冶場であろう大きな建物は静まりかえったまま、凍ったようにたたずんでいる。

「火精霊になんて頼らず、剣を打てよ。祭りは大事だろ。あいつらをあてにすんな。あいつらは所詮、人ではない魔物なんだ」

 諭すような男性の言葉に、ゼノは黙したまま。

「そんなこと、ないです」

 思わず金星は声を上げた。

 おずおずといった感じだったが男性にも声が聞こえたらしく、怪訝そうな顔を向けられる。金星は彼に目をやって、はっきりと告げた。

「精霊は人ではないですが、話は通じます。声を出して、言葉を伝えれば、届くはずです。少し今は耳をふさいでしまっているだけで、話せば、いつかわかってくれます」

 それは希望の入った憶測に過ぎず、論理だった根拠は示せない。だけど、精霊たちを見ていると、そう思わずにはいられなかった。

 エコーたち樹精霊はもちろん、火精霊だって、話が通じない相手ではない。

「人ではないけれど、魔物ではありません」

 男性は面食らったように目を丸くして、それからばつの悪そうな顔になった。「魔物はいいすぎだけどよぉ、話は通じないだろ」ともごもご呟く。

 それから困ったように言葉を続けた。

「お嬢ちゃん、いつか、じゃ駄目なんだ。誰が何を言おうと、俺たちは火精霊を疑ってしまっている。疑わざるを得ない。子供のこと、姿を消したこと、あいつらが関わってなくて、後ろめたくないなら、今すぐ出てきて無実を証明できるはずだろ」

 男性のそばにいる女性と少年が顔を見合わせた。

「まあ出てきたところで、信じるかは、別だけどな」

 思った以上に、街の人たちの不信は強いらしい。

 言い分として、男性の話す内容には十分納得できる。事件が起き、疑われている相手が急に姿を消したとなると、不信を抱くのも無理はない。

 金星は力なくうなだれるほかなかった。

「……そう、ですよね」

 今、金星は何もわかっていない状況なのだ。火精霊が子供たちの失踪に関わっていないと証明するのは難しい。言葉を重ねても、納得してもらえないだろう。

 ならば、どうすればいいのか。

 悩む金星の傍らから、すっとレインが進み出た。

「つまり、子供たちの失踪が火精霊の仕業ではなく、他に何らかの要素があると証明できればいいわけだな」

 怒るでもなく説得しようとするでもなく、淡々と事実確認をするように問うレインに、男性は戸惑いつつ頷く。

「証明できるのならな」

「そして、今すべきことは火精霊に疑いを持つことではなく、子供たちが消えた痕跡を探し、彼らを無事に家へと帰すことだ。それにも同意をもらえるか?」

「あ、ああ。もちろん、子供が優先に決まってるだろ」

 男性は傍らの女性をちらみして、はっきりと頷く。

「ならば、目撃情報を集めて、痕跡を探っていこう。話してもらえるか?」

 そう言ってレインが視線を向けたのは、郵便配達員らしい少年。

 彼はびっくりしたように姿勢を伸ばして、それからたどたどしく話し始めた。

「あ、はい。あの……いなくなったのは、ぼくのよく知る男の子なんです」


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