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「だから、これは誤解なんだって!」
強い口調はかすかな戸惑いを含んで、だけど確固とした真剣さを感じさせる。
鍛冶場から出てすぐの通りで、ゼノが中年の男性と向き合っていた。中年の男性の傍には若い女性と、郵便配達員らしい少年がおり、男性をはらはらと見つめている。
ゼノは真剣で、少しムキになっているようだ。男性は口を真一文字に閉じている。
金星は小走りに彼らへと近づいた。リネットもついてきてくれる。
「ゼノさん、何かあったのですか?」
声をかけると、ゼノは驚いたように振り返る。金星とリネット、レインの姿をみとめ、それから男性たちに目をやってから、状況を話し始めた。
「街のほうで、今朝から噂になってるんだ。火精霊が子供をさらったんだって」
憮然とした声音からは、それが不服だと感じられた。
中年の男性は眉を上げる。
「それしかないだろうが。お前、さっきからの話を聞いていたのか?」
「火精霊の出す炎は、青いんだ。だから、あいつらの仕業じゃねえ」
男性へと断言して、それからゼノは状況をつかめない三人に簡単に説明をする。
「今日はいなくなった子供が、最後に目撃された場所に不自然な赤い炎を見たってやつが、いたんだ。だから、子供が姿を消したのに、あいつらがかかわってるかもしれないんだ、って。話だけど、……そんなわけないだろ」
最後の言葉は男性へと向け、彼を軽くにらんだ。
対する男性は余裕のある表情。
「お前は鍛冶屋だからな、火精霊の肩を持つってわけだ。見捨てられてんのによ」
「別に、見捨てられたわけじゃ……」
「だったら、なんだこの町の活気は? もうすぐ、祭りだってのに、そんな気配はありゃしねえ。街の鍛冶場からは炎が消え、何が鉱山の街だ」
男性の言葉に金星は街へと視線をやる。山へと近いこの場所からは、まばらに街が見渡せた。市場には人が集まり、家の煙突からは煙があがる。だが、鍛冶場であろう大きな建物は静まりかえったまま、凍ったようにたたずんでいる。
「火精霊になんて頼らず、剣を打てよ。祭りは大事だろ。あいつらをあてにすんな。あいつらは所詮、人ではない魔物なんだ」
諭すような男性の言葉に、ゼノは黙したまま。
「そんなこと、ないです」
思わず金星は声を上げた。
おずおずといった感じだったが男性にも声が聞こえたらしく、怪訝そうな顔を向けられる。金星は彼に目をやって、はっきりと告げた。
「精霊は人ではないですが、話は通じます。声を出して、言葉を伝えれば、届くはずです。少し今は耳をふさいでしまっているだけで、話せば、いつかわかってくれます」
それは希望の入った憶測に過ぎず、論理だった根拠は示せない。だけど、精霊たちを見ていると、そう思わずにはいられなかった。
エコーたち樹精霊はもちろん、火精霊だって、話が通じない相手ではない。
「人ではないけれど、魔物ではありません」
男性は面食らったように目を丸くして、それからばつの悪そうな顔になった。「魔物はいいすぎだけどよぉ、話は通じないだろ」ともごもご呟く。
それから困ったように言葉を続けた。
「お嬢ちゃん、いつか、じゃ駄目なんだ。誰が何を言おうと、俺たちは火精霊を疑ってしまっている。疑わざるを得ない。子供のこと、姿を消したこと、あいつらが関わってなくて、後ろめたくないなら、今すぐ出てきて無実を証明できるはずだろ」
男性のそばにいる女性と少年が顔を見合わせた。
「まあ出てきたところで、信じるかは、別だけどな」
思った以上に、街の人たちの不信は強いらしい。
言い分として、男性の話す内容には十分納得できる。事件が起き、疑われている相手が急に姿を消したとなると、不信を抱くのも無理はない。
金星は力なくうなだれるほかなかった。
「……そう、ですよね」
今、金星は何もわかっていない状況なのだ。火精霊が子供たちの失踪に関わっていないと証明するのは難しい。言葉を重ねても、納得してもらえないだろう。
ならば、どうすればいいのか。
悩む金星の傍らから、すっとレインが進み出た。
「つまり、子供たちの失踪が火精霊の仕業ではなく、他に何らかの要素があると証明できればいいわけだな」
怒るでもなく説得しようとするでもなく、淡々と事実確認をするように問うレインに、男性は戸惑いつつ頷く。
「証明できるのならな」
「そして、今すべきことは火精霊に疑いを持つことではなく、子供たちが消えた痕跡を探し、彼らを無事に家へと帰すことだ。それにも同意をもらえるか?」
「あ、ああ。もちろん、子供が優先に決まってるだろ」
男性は傍らの女性をちらみして、はっきりと頷く。
「ならば、目撃情報を集めて、痕跡を探っていこう。話してもらえるか?」
そう言ってレインが視線を向けたのは、郵便配達員らしい少年。
彼はびっくりしたように姿勢を伸ばして、それからたどたどしく話し始めた。
「あ、はい。あの……いなくなったのは、ぼくのよく知る男の子なんです」




