2-7
約束の時間に鍛冶屋の前で合流し、四人は中に入って話をすることになった。
リネットとゼノの話を聞いてまとめたところ、どうやら子供たちは北へ向かったらしい。北の山は、火精霊が閉じこもっている洞窟がある山だ。
「なんか、火精霊のやつらと関係あるんじゃねえのか?」
ぽつりと呟かれたゼノの言葉を聞きとめて、金星とレインは顔を見合わせた。
四人は、今は使われていない鍛冶場の隅に、椅子を置いて向かい合って座っている。作業場であろう長机が二つ、寂しそうに寄り添い、鍛冶場の炉は熱を失って冷たく佇んでいた。
ゼノの言うとおり、火精霊の行動と子供たちの失踪には、何か関連性があるのだろうか。と金星は首をかしげる。わからない。
リネットもお手上げのようだった。彼女は当事者ではないので、意見を聞くのは勝手かもしれないが、この場にいるならと協力してもらっている。
「で、どうしますの?」
リネットが冷ややかに告げてレインと金星へ目をやる。
子供たちと火精霊、二つの問題を抱えてどうすべきなのか、先輩の意見を聞こうと、金星はレインへ顔を向けた。
レインは冷静な表情のまま、静かに言葉を紡ぐ。
「明後日、フィアとエコーと合流する予定だ。二者の意見もいれて、作戦を練ろう。明日一日は休みだ。好きに時間を潰してくれ」
エコーとフィアには、レインが何かを頼んでいた。彼らの姿を最近見ないが、裏で何か探っているのだろう。
とりあえず報告を待つとなって、金星は頷く。
「わかりました。それじゃあ、アルベルトさんに手紙でも出そうかな」
「保護官が休みということは、観察官の仕事もありませんわね」
リネットがぽつりと呟く。
ゼノが身を乗り出した。
「それじゃ、街を案内してやろうか?」
「はあ? いりませんわ」
すげなく断られてしょんぼりと肩を落とすゼノを見て、金星は苦笑した。リネットはなんだかんだで街の探索が嫌でもなかっただろうし、ゼノのことも嫌いではないだろう。
「そう言わずに、行ってみるといいですよ? 楽しそうな街ですし。わたしも、途中までご一緒します」
「おう! じゃ、そうしようぜ」
二人の後押しに、リネットはきょとんとしてから、呆れ気味に息をついた。
「まったく。何を勝手に決めてるんですの。仕方ありませんわね」
なんだかんだで、彼女も出かけるのが嫌ではないらしい。
翌日はよく晴れ渡った日だった。
青い空は平和を予感させる澄みきった空気を広げていて、太陽の光は明るく地上を照らしている。複雑な事件があっても、空は変わらず見上げるとあって、地を歩く人も今日という日を謳歌している。
「じゃ、さっそく商店街へ行こうぜ」
ゼノの先導で、金星とリネットは街を歩く。
前を行く少年はこころなしか弾んだ足取りだった。
少し離れた位置を歩きながら、リネットが金星へ声をかける。
「彼、父親を亡くしたんですよね。そのわりに、能天気じゃありませんこと?」
金星はそっと首を振った。それから微笑ましく思いながら、ゼノの背中を見る。ゼノは、歩きながら知り合いに声をかけたり、街の人から声をかけられたりしている。
「ゼノさんは、きっと祭りを成功させたいって思っています。だから、一生懸命なんです」
「親と同じ仕事を継ぐなんて、理解できないわ」
声には困惑と毒が混じっており、発したリネット自体も複雑そうだった。
金星は何気なく問いかける。
「リネットさんのご両親も、観察官なんですか?」
「そうよっ! ついでにおじい様もね。で、それが?」
「リネットさんは、将来何になりたいのかな、と思いまして」
にっこりと笑いかけると、リネットは嫌そうな表情になってから、複雑そうに息をつく。
「嫌味がないのが、逆に不思議ね」
「どういう意味ですか?」
「何でもないわよ。で、将来だっけ」
顔をあげたリネットは前を向いた。
彼女の視線を追うと、そこには真っ青な空が広がっている。
「どうかしらね」
将来は空のように遠く果てしなく、まだまだ想像がつかないのだった。
適当なところでリネットとゼノと別れ、金星は手紙を出すために郵便屋を訪れた。神やら封筒やらは、街の探索の休憩時に買っておいたのだ。
手紙の内容は昨日書いた。電報を打つほどではないが、アルベルトに色々と報告したかった。
手紙を郵便屋の人に預け、建物を出たところで、金星は人ごみに見知った後姿を見つけて駆け寄った。
だけと途中で違和感を感じて、足を止める。
「レイン先輩?」
声を聞きとめたのか怪訝そうに振り返った人物は、想定していた先輩とは少し違う面差しをしていた。
おそらく二十代を少し過ぎたくらいだろうか。レインを少し大人びさせて柔らかくしたような印象だった。
黒い髪の青年は、レインとは違う真っ青な空の瞳を金星に向けた。
「やあ、どうかしたの、お嬢さん?」
金星は慌てて両手を振って、一歩下がった。
「あ、いえ……知っている人に似ていたので」
そのまま、すみませんといって去ろうとしたのだが、その前に青年が面白そうに目を細めて、口を開く。
「僕に似た人、ねえ。そっか。そんなに似ている?」
よく見ると、それほど似ていない気もする。勘違いだったようだ。
「あ、えっと……いえ、そこままでは。変なこと言って、すみませんでした」
「そっか」
「すみませんでした」
もう一度謝って、金星は慌てて背を向けた。恥ずかしい気持ちもある。
「ねえ、君は幻獣が好きなの? 嫌いなの?」
ぽつんと背中にそんな声が届いて、金星が振り向く。
先ほどの青年の姿は、人ごみに交えて見えなかった。




