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辺境の村の幻獣保護官  作者: 和花
第二章 見習い保護官と鍛冶職人
55/82

2-2

 山の手前に来たところで、金星はふと思い出して問いかける。

「火精霊はやっぱり精霊ですよね」

 リネットが目を丸くした。

「何を当たり前の事をおっしゃいますの?」

 金星は首を振るう。言いたいのは、それではない。

「エコーさんを待たなくてもいいんでしょうか……」

 エコーは樹精霊だ。同じ精霊ならば、友好的に話ができるかもしれない。

 それはレインも考えていたらしく、言葉が返ってくる。

「二人に頼むのは次の手段に置いておく」

「わかりました。でも、エコーさんとフィアさんは鍛冶屋の場所がわかりますか? 誰かが鍛冶屋の前で待っていなくても、いいんでしょうか?」

「エコーとフィアは、もう先についているだろう。先に行って待機しているように頼んだ」

 ということは、さきほどの鍛冶屋の中に両者がいたのかもしれない。今更呼びに行くわけにもいかず、三人は山へと入った。

 グレイブレストの山は険しい崖が多く、あまり人が立ち入らないらしい。道には草が茂り、木の枝が頭上を覆っている。

 道なりに山の中腹へ出た所で、わき道から少年の声が聞こえてきた。

「いい加減、理由くらい教えろよ!」

 声の方向に進むと、開けた場所に出た。洞穴があり、少年は腕の長さほどの直径の穴に向けて話しかけている。

「なあ、なんで街からいなくなるんだよ? お前らがいないと仕事が出来ないの、知っているだろ!」

 もどかしそうに問う少年とは裏腹に、穴から聞こえてきた声は冷ややかだった。

「まーた、あいつだよ」

「しつこい人間だな」

「さっさと諦めればいいのに」

 ぽつりと呟かれた最後の言葉の主に向けて、不満げな声が飛ぶ。

「お前の所の人間だろ?」

「今は関係ない!」

 言葉の主はさらに不満げな声を返していた。

 金星達は姿を現すタイミングを失ったまま、彼らの様子を窺う。少年は先ほどの鍛冶屋の人間で、彼が話しているのは火精霊たちだろう。

「遊んでる場合じゃないんだ! もうすぐ祭りがあるってのに」

 後ろで束ねた赤毛をぴょんぴょんと動かしながら身振り手振りで説明する少年に、返ってくるのは冷ややかな声だけ。

「やっぱり自分の事ばかりなんだ、人間は」

 諦めの交じる言葉に、少年は目を瞬かせて沈黙する。

 しばらく無言が流れた。

 おかげで、金星は当初の目的を思い出す。

「あの、待ってください。わたし達は幻獣保護官です。調停に来ました。どうして洞穴にいるのか、理由があれば話してくださいませんか?」

 言いながら小走りで洞穴に近づく。

 覗いてみれば、穴の入り口のあたりに手の平に乗るくらいの大きさの小さな人型の精霊が三、四、集まっていた。体は赤く透きとおり、背中には翅がついている。

 精霊の一人が大きなルビーのような瞳を向けてきた。

「人間に協力するのが嫌だからだよ。もう帰って」

 そっけない言葉に、隣の少年が声を荒げた。

「嫌な理由は何なんだよ!」

「嫌なものは嫌なの」

「そんなんじゃわからねえよ!」

 じっとこちらを見る精霊たちからは、不穏な空気が感じ取れる。金星は思わず一歩、下がってしまった。説得どころではない。

 レインが静かに歩み寄り、金星と少年へ告げる。

「一度引こう」

 それから彼は青灰色の瞳を洞穴の火精霊へと向ける。

「騒がせて悪かったな」

 静かな言葉に精霊たちは無言を返す。答えはしないが、敢えて文句を言ってくることもない。保護官だと名乗っても、彼らは鍛冶師との不和を取り持って貰いたいと言ってこないから、簡単な問題ではなさそうだ。

 金星は小さく頷く。レインはまだ不満そうな少年の手を引いてその場から離れさせた。

 帰り道で一度振り返ってみる。

 洞穴は暗く、どこまでも人間を拒絶している。

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