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玄関が開く音がして、金星は目を開けた。窓からは光が差し込んでくる。眠っているうちに夜が明けたらしい。
金星が慌てて服装を整えて台所から出ると、入口にレインとリネットが立っていた。疲れは見えるものの、元気そうだ。
「レイン先輩! おはようございます!」
「ああ。おはよう」
「緊急要請はどうでした!? 大変なことじゃなかったですか?」
急き込んで尋ねる金星に、レインは真面目な表情で言葉を返してくる。
「鍛冶職人と火精霊との間に問題が起きているようだ」
グレイブレストは鉱山の街で、鍛冶が盛んだというのはアルベルトに聞いた、そして街の鍛冶の火を熾しているのは火精霊なのだ。
火精霊と鍛冶職人は、互いに助け合いながら作業をしていくという噂で、良好な関係を築いているはずだった。
「火精霊と、鍛冶職人の人との間に、ですか」
金星が問うと、レインが頷き、リネットが薄く笑う。
「そう。そしてあなた達には両者の仲を取り持つ役目がある。それで、フロスベル保護官が保護官たる資格を持ち備えているのか、計らせていただきますわ」
そう言ってリネットは満足げに微笑んだ。
「グレイブレストの問題を解決しなさいな。そうすれば合格ですわ」
彼女の言葉に、金星はきょとんとする。
「え? ……まだ解決してないんですか?」
「ああ」
レインを見ると、彼は静かに肯定する。
「ここはウンリュウに任せて、しばらく拠点をグレイブレストに移す。話はそれからだ。アルはいるか?」
階段からアルベルトが姿を見せた。
「いるよ。なんだか忙しくなりそうだな」
「ああ。おまえにも頼みたいことがある。それとフィアは?」
フィアは部屋から顔を出すと、レインを面白げに眺めた。
「私にもついてこいと言いたいのか?」
「精霊の扉が必要になるかもしれない」
「ふん。なるほどな。……まあ、ここはウンリュウだけで十分だろう。村の連中もいるし。私は先にグレイブレストへ行って待っていよう」
金髪の妖精はそれだけ告げると、ばたんと扉を閉めて部屋の中へ消えた。
レインは金星へと向き直る。青灰色の瞳が真っ直ぐに金星を見つめ、金星は知らず姿勢を正していた。
「金星」
「はい!」
「早速今日から移動する。必要な荷物をまとめてくれ」
「わかりました」
問題が解決できるまでどれくらいかかるかわからないが、二、三日というわけにはいかなさそうだ。一週間以上を視野に入れたほうがいいだろう。
金星は頷いて、二階の自分の部屋へ移動する。
金星が準備をしている間、一階ではアルベルトがレインに問いかける。
「で、頼みって?」
「村に行って、エコーを呼んできてくれ。それからフロンフルバニアに移動してほしい。調べてもらいたいことがある」
アルベルトは驚いたように目を丸くしたが、はっきりと頷く。
「調べる内容については、後で電報を打つ」
「了解。じゃ、またな」
短く答えて、アルベルトは外へと出ていく。
「よう、緊急要請だってな。フィアから聞いたぜ」
入れ替わりにウンリュウが入ってきた、それを見たリネットは眉をひそめてから、冷ややかにレインを見つめる。
「まるで貴方がリーダーみたいね」
レインは表情を変えなかった。
「護り手は保護区から離れないほうがいい。俺が指揮をとるのが自然だと思うが」
あっさりとした答えにリネットは含み笑いを漏らして、ウンリュウへと目をやる。
「そちらのリーダーさんは、文句ありませんの?」
「お嬢ちゃん、あんまこっちの事情に首を突っ込まないほうがいいぜ」
ウンリュウはおどけたように言いながら、肩をすくめた。しかし瞳だけは刺すようにリネットを見つめている。視線を受けたリネットは後ずさりながら、しかし顔をあげたままだった。
険悪ともいえるかもしれない空気が流れ始めた時、割って入る声があった。
「準備完了しました! レイン先輩」
肩にかけるバッグを持った金星が階段から降りてきて、廊下に立ち尽くす三人を見て、きょとんと首をかしげる。
「どうか、しましたか?」
レインがかすかに表情を緩めた。
「いや」
リネットはすっと廊下を抜けて、二階へと上がっていく。レインも準備のために後へ続いた。ウンリュウは台所で食べ物を物色するようだ。
金星はとりあえず、馬の準備をする事にした。チャコールとブラウン、それからウンリュウがのってきた馬にも干し草をわたす。
そうして半時間余り経過した後、準備が整った。
見送りに来たウンリュウに、金星は小さく敬礼する。
「いってきますね」
「気をつけていけよ。こっちのことはオレ様に任せておけ」
ウンリュウに見送られて、金星とリネット、レインがそれぞれのった馬たちはフロスベルを後にした。




