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辺境の村の幻獣保護官  作者: 和花
第一章 見習い保護官と成り上がり観察官
50/82

1‐3

 翌日の明け方、朝食を作り終えた金星は、保護区へと仕事に出るレインにお弁当を渡して見送ってから、机に朝食を並べていく。

 起きてきたリネットと一緒に食事をとると、ウンリュウの分に虫除けをかけて、食器類を洗ってしまう。

 それからリネットを連れて厩舎に向かった。

「ねえ、その馬をどうするつもりなの?」

 ブラウンに鞍をつけていると、リネットが不思議そうに尋ねてくる。

「フロスベルの村に行くんですよ。保護区内も離れてますし、馬で移動します。リネットさんは、馬を連れてこなかったんですか?」

「馬車できたもの」

「じゃ、二人で乗りましょう」

 金星はブラウンの手綱をとって、和やかに彼へ話しかける。

「ブラウン。今回はお客さんも乗るから、いつもよりもゆっくり走ってね」

 ブラウンは答えるように体を震わせた。

 馬の背に乗って草原を駆ければ、生暖かい風がひんやりとして感じられた。草原はさざ波のような音を立て、流れる川が涼しげな空気を運んでくる。

 金星はゆっくりと息を吸った。夏の空気も、新鮮さを孕んでいておいしい。

「気持ちいいですよね。この風」

 馬上の背に乗るリネットに話しかけるが、返ってきたのは簡素な声。

「別に……普通じゃない」

「なんだか、こういう空気を吸い込むと、世界っていいなって思いませんか?」

「別に。いちいち移動に馬が必要なんて、不便なところね、ここ」

 淡泊な口調からは、フロスベルの良さを感じている部分なんて微塵も見えない。金星は残念に思いながら、にっこりと言葉を重ねる。

「いいところもいっぱいありますよ」

 リネットに、帰るまでに何か一つでも好きになってもらいたいな、と思った。

 川にかけられた橋を渡ると、フロスベルの村だ。村人は気軽に挨拶してくれ、リネットを見て不思議に思う。金星は観察官だと説明した。

 リネットは無愛想なまま、最低限に言葉を交わすくらいだ。

 村人たちとの話もそこそこに、金星はアルベルトの家へ向かった。アンナは留守のようだが、息子のアルベルトは快く扉を開けてくれる。

「アルベルトさん、こんにちは」

「やあ。そちらの人は?」

 朗らかな挨拶をして、アルベルトはリネットを不思議そうに見た。

「えっと、観察官のリネットさんです。保護区内のお仕事を見学したいって……」

「保護区内の仕事の観察ですわ。そちらは、例の鷹の目ですわね」

 フロスベルへ来る前に色々と調べたのか、リネットはアルベルトの存在を知っているようだ。金星はこくりと頷いて肯定する。

 リネットは厳しい顔でアルベルトを見つめている。

「観察官ってことは、先の密猟者の件で調査に来たってことだな。俺はアルベルト・エルグレム。よろしく」

「あなたによろしくなんていわれる筋合いはありませんわ。エルグレムさん」

 リネットは差し出された手を無視すると、きょとんと眼を瞬く金星に話しかける。

「保護区内の仕事を観察すると言ったはずですわよ。どうして村に来る必要があるの?」

 最初に説明するべきだったかもしれないと思いつつ、口を開く。

「最近はアルベルトさんに手伝ってもらって、道草虹鳥の羽根を採集してるんです。道草虹鳥というのは渡り鳥なのですが――」

「はあ!? あんな事件があって、まだ鷹の目を保護区内に入れてますのっ? あなた、その頭にきちんと脳みそはおありかしら?」

 腰に手を当ててねめつけるようにして怒るものだから、金星は首をかしげた。

「何か問題でもありますか?」

「大ありよ! また何かが起こるかもしれないって、考えませんの?」

「はい」

 そもそも密猟者の件も、きっかけは鷹の目の存在だったかもしれないが、結果的にアルベルトとアンナの協力で事なきを得たのだ。

 過去なんて関係ないと思えるほど、二人には世話になっている。

 それに失敗のない人間なんていないのだから、一人ではどうしようもない状況は協力して打破していけばいいのだ。

「もし起きたって、また解決すればいいんですよ」

 本心から告げると、リネットは理解できないものを見るような目を金星へ向ける。

 それからアルベルトを見て、小さく呟いた。

「……まあいいですわ。保護区へ入るのなら彼も観察対象ですわね」

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