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ウンリュウの言葉を聞いても、少女は表情を変えなかった。
「ここにいるだけで全員? ……は? 馬鹿にしてますの?」
冷たい視線をウンリュウにそそぐ少女からは、嘘つきを断罪する雰囲気が感じられた。
慌てて金星がフォローする。
「あの、本当なんです。少ない人数ですが、お仕事がんばってます」
不審げな少女の瞳が金星を見て、レインに向けられる。レインが頷くと、少女はあきれ顔を隠そうともせずため息をついた。
「幻獣保護官が三人だけ? あなた達、仕事を舐めてますの?」
「ため息つきたいのはこっちだぜ」
ウンリュウがぼやく。フロスベルの保護官達も大勢の方が助かるのだが、すぐやめてしまうのだから仕方がない。
内心で苦笑しつつ、金星はにっこりと微笑みを向けた。
「えっと、自己紹介がまだですよね。わたしは金星と言います。まだ保護官じゃありませんけど、見習いとしてお仕事してます」
そういえば、少女の名前をまだ聞いていない。
ぺこりと頭を下げると、少女はそっけなく口を開く。
「……リネットよ。保護官じゃなくても、働いている以上は観察対象だから、覚悟しておくといいわ」
「わかりました」
「俺様がウンリュウ・タチバナ。でこっちの無愛想な奴がレインだ。精々頑張って観察してくれよ、お嬢ちゃん」
軽い口調で話しかけたウンリュウに、リネットは冷たい一瞥を返した。
観察官は、幻獣保護官がきちんと仕事をしているか調べるための役人のようなものだ。実際の仕事に付き添って保護区へ立ち入るのももちろんの事、保護官がまとめた資料や研究の成果も確認される。
彼女の要望に従って、保護官の三人は書類が保管されている書斎にリネットを通した。
「ふーん。書類はマシですわね」
書斎の本棚におかれた資料を何気なくめくり、リネットはふむふむと頷いた。それから、ウンリュウではなくレインへ問いかける。
「管理の方は明日観察させてもらうとして、管理者の妖精はどこにいらっしゃいますの?」
「私に何か用か?」
書斎の入り口に、金髪の少女が立っていた。人形じみた美貌は人間離れしていて、纏う雰囲気も高貴なるそれだ。
「貴女がフロスベルの妖精? 資料とは違いますのね」
リネットの言葉に、フィアは鋭く目を細める。
「観察官か。まあ、来るだろうとは予想していた。ここには何も後ろめたいものはない。さっさと納得して帰るといい」
高圧的な口調で告げ冷たい視線を向けられても、リネットは気を悪くした様子もなく、挑戦的な笑みを浮かべる。
「フンッ、どうでしょうかしら。保護官の人数も、管理者の妖精も、リーダーも、五年前とは違いすぎますわ」
五年前といえば、先代のジャックという人がリーダーを務めていた頃だろう。あの頃のフロスベルについて、金星は知らないが、前々から少人数ではなかったことは、うすうすと感じ取っている。書斎の資料も、家の部屋の数も、それを如意に語っていた。
何かあったのだろうと予想できるが、真正面から聞くことは憚れた。それに、知らなくても仕事はできるので、金星は特に調べたりしない。
だけど、気になってはいた。
何かしら答えが変わるだろうかと、問いかけるリネットの視線の先――フィアへと目を向ける。小さな妖精は、冷たい佇まいでリネットを見ていた。彼女の視線を真っすぐに受け止め、路傍に止まる蜻蛉にでも目を向けたというように、フィアは興味なさげに首を振った。
「貴様の仕事は観察だろう。余計なことへ頭を回す暇があったら、自分の仕事を全うできるように尽力するのだな」
それっきり背を向けて去っていく。
リネットはウンリュウへと目を向けた。
「保護区内の仕事を観察させていただきますわ。いつ見回りますの?」
「俺様は保護区内には入らないから、レインに言え」
飄々とした答えが、真面目な観察官に通じるわけがない。
「貴方はリーダーでしょう。まずは貴方の仕事を見させていただきます」
毅然とした言葉に、ウンリュウはやはり手を振って背を向けた。
「だから、俺様はやらねえの。忙しいからまたな、お嬢ちゃん」
部屋を出る彼を呆れたように見つめながら、リネットは眉を寄せた。
「何ですのあの人」
何なんでしょうね、と思いながら金星は口を開く。
「あの、わたしの仕事も観察されるんですよね」
「当たり前ですわ」
「だったら、明日はわたしが見回りに行きますから、よろしくお願いします」
小さく頭を下げれば、リネットは興をそがれたように目を瞬いた。
彼女は訝しげに、フィアとウンリュウが出て行った扉を見つめている。金星からしてみても無礼な態度だったのだ、思うところはあるだろう。
だが、彼女は不平を言うことなく、小さくため息をついただけだった。




