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辺境の村の幻獣保護官  作者: 和花
第二部 プロローグ
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プロローグⅡ

 遥かな山の頂を思わせるほど、いと高く厳格な空気が流れている。

 しかし、そこには山頂のように解放された空気感はない。

 灰色の壁に囲まれた一室に、楕円形の机が置かれている。その周りに、真面目な表情の保護観察官達が集まっていた。

 誰もかれも黙ったまま背筋を伸ばして座っているが、中には欠伸を噛み殺している人も多く見受けられる。頬杖をついて眠りかけている男を見止めて、リネットは眉をひそめた。彼は新顔のようだったが、他は見慣れた人間達だ。

 三か月ごと――ちょうど季節の変わり目の度にこの面子を目にすることになる。

「さてと、恒例の会議を始めることにしましょう」

 時間が九時を指すと同時に、進行役の男が口を開いた。

 先ほどまで退屈そうにしていた観察官たちが、おざなりに手元の紙をめくっていく。進行役の男が一人の男を指名し、彼から時計回りに発言することになった。

「イデオ区の酸コーロンは順調に成長しているらしい。この調子で行けば冬までに収穫できるだろう」

「アンクルダット地区はとくに目立ったこともなく現状維持のままだ」

「オリレアは市街地に近いだけあって解放区が設けられているが、見学人には保護官が付き添うので問題は起きていない」

 各地区のリーダーから受け取った書類を検討しての報告が続く。そのほとんどが、問題なしで終わっていた。決まりごとになっているから開いているものの、この会議は毎回が観察官の報告を述べるだけだ。

 ただ、今回はそれだけで終わりそうにない。まだ誰も話題に出していないが、ついこの間に一石が投じられた。

(どのタイミングで話題になるかしら?)

 リネットは黙って事態の経過を待つ。

 その内に報告も終わり、進行役の男が次の段階に入った。

「さて、我々は観察官ですので、幻獣保護官を観察して保護官として適しているか審査する義務があるわけです。その件はどうでしたか?」

 幻獣保護官になるためには、幻獣保護協会が定める条件に合格して保護官の資格を取る必要がある。しかし協会とて、完璧ではない。時には幻獣保護官として相応しくない人間にも資格を与えてしまうことがある。その時に、適しているかいないかを判断するのが幻獣保護官観察官……通称、保護観察官だった。

「イデオ区の保護官は真面目に職務を全うしている」

「アンクルダットも問題ない」

「……問題はフロスベル地区だよな」

 誰かがぽつりと洩らした言葉に、会場の空気が揺らいだ。

 ざわざわとさざ波にも似たつぶやきが広がっていく。

「密猟者が出たんだとよ」

「あんな騒動は初めてだ。保護官は何をしていたんだ?」

「捕まえられたからいいものの、流されて済む問題ではないぞ」

 春の終わりに、フロスベルの幻獣保護区で赤き鷹団という密猟者のグループが大規模な密猟計画を企てた。非常に良い手際で密猟寸前というところまでいったが、現地の保護官や国際自警団機構の協力により未然に防がれた。

 とはいえ、各地の幻獣保護地区が受けた衝撃は相当なものだろう。

(あいにく、わたくしの耳には入ってきませんが、他人事と笑っていられる問題ではありませんものね。ここまで大事になったからには、我々が動かなければなりません)

 保護観察官は、幻獣保護官を首にする権利を持つ。問題が起きれば、検討しなければいけない。つまるところ、悪魔の土地と呼ばれ忌避されているフロスベルへの視察の話が持ち上がるのは必然だった。

 先手を打ったのは、協会の古株である老人だ。

「オルゴット殿が視察に参られるのはどうかな?」

 言われた中年の男は鼻で笑った。

「あんな辺境に行っている暇などないわ」

「ふん、逃げるのか?」

「そういうレリック殿がフロスベルへ行けばいいのでは?」

「この老体に長旅をさせるのか。殺生じゃのう」

 リネットは心の中で呆れる。

(最後だけわざとらしい老人言葉ですのね)

 どちらの観察官も嫌がっているということは、必然的に立場の弱いものへの押し付け合いになる。円卓に座る観察官たちが獲物を探して目配せし合うのを見て、リネットは不快になる。

 そんなリネットに気づいたのか、男が皮肉気に唇を曲げた。

「コネの成り上がりフォーンにやらせるのはどうだ?」

 何人かの観察官がリネットへ目を向ける。

 リネットは背筋を伸ばしたまま気づかないふりをする。

「どうせここにいてもお飾りなだけだろ」

「お嬢ちゃんのお遊戯にはちょうどいいんじゃないか?」

「会長が行かせるわけないだろ」

 声を抑えているが、あいにくリネットの耳には届いている。

 進行役の男がのんびりと口を開く。

「さてと、問題はフロスベル地区に視察をやるかといったところですか。あの土地は春に何かと厄介がありましたからね。……では、どなたか、かの土地に参られる方はおりませんか?」

 観察官たちは目くばせをしあったまま微動だにしない。

 リネットはすっと立ち上がった。

「行きます」

 場がざわついた。

「本気なのか? 後になってやっぱりやめますでは通じんぞ。まあ今なら――」

「あら」

 レリック老人を見下ろして、リネットは唇に薄い笑みを浮かべた。

「かの土地は悪魔の土地とも呼ばれる場所。先輩方が怖気づかれるのも無理ありませんわ」

 小首を傾げて可愛らしく微笑んだリネットを見て、レリックはパクパクと陸に打ち上げられた魚のように口を動かした。

 ちらりと周囲を伺えば、他の連中も同じように驚きを隠せないでいる。リネットは彼らを意に介さずくるりと背を向けた。

「あ、どこへ?」

 進行役の言葉にわずかに振り返る。

「まだ何か話すことがありますの? ないならば……わたくし、これから準備に忙しいですから失礼しますわ」

 それだけ言うと、リネットは静まり返った会議室を後にした。

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