6‐3
道行く人に情報を求めたところ、落し物に書かれた住所は親切な人が教えてくれた。それほど離れていない場所だったので、歩いて向かうことにする。
明るい住宅街に立つ一軒家。玄関のベルを鳴らすと、エプロン姿の奥さんらしい女性が姿を現した。
「こんにちは。落し物を拾ったんですが……」
お守りを差し出すと、女性は目を丸くしてから微笑んだ。
「あらまあ、わざわざありがとう。……でもこれ……」
少しだけ、困ったような表情。不意に途切れた言葉の続きを待っていると、金星の恰好を眺めた女性が表情を明るくした。
「あなた方は、もしかして幻獣保護官の方かしら?」
「はい。フロスベル保護区の保護官です。……まだ見習いですが」
「少し時間があるかしら? よければ、娘に会ってほしいの。その落とし物も、娘のものなのよ」
アルベルトと視線を交わして困惑する。これは、少年が落としていったはずのものだが……。とにかく、せっかく歓迎してくれているようなので、女性の娘に会うことにした。
金星が頷くと、女性はぱんと手を打って二人を家の中に招き入れた。
生活感が溢れる室内は、優しげな雰囲気に包まれている。埃の一つもなく、丹念に手入れされていることをうかがわせた。
少女は一番奥の部屋にいた。
女性の後から金星とアルベルトが部屋に入ると、ベッドで本を読んでいた少女がこちらに振り向いた。十歳くらいの少女は、金色の髪を長く伸ばしていて、真っ白な肌と合わさり、深窓のお嬢様を連想させた。
「あ、お母さん。お客さん?」
「ええ。幻獣保護官さんなんですって。リリカ、今日はどう?」
「うん。調子いいよ」
心配そうな慈しむような女性に、リリカと呼ばれた少女は元気よく頷く。それから、金星たちを見てぺこりと頭を下げた。
「リリカと申します。保護官のお仕事、何をされているのか聞いてもいいですか?」
目をワクワクと輝かせた少女に、金星たちは保護区内での出来事を話すことにした。最初は金星が、先輩と葉を集めたこと。次にアルベルトが保護区内の幻獣の姿を教えると、少女は頬を上気させて聞き入った。そういえば、自分も初めて幻獣を見た時は、何とも言えない気持ちになったと金星は思い出す。
二人は当初の目的も忘れて、少女にいろいろと話を聞かせてあげた。話の種が尽きることはなかったが、飲み物を運んできた女性に落し物の件を持ち出されて、当初の目的を思い出す。
拾ったお守りを取り出してリリカに渡す。
「あ、これ……」
手の中のお守りを見て、リリカが目を丸くした。
「リリカちゃんのだと、聞いたのですが、落としていったのは男の子なんです」
茶髪で活発そうな少年だったというと、リリカは目を伏せて、お守りを握りしめた。
「トムくんのです。トムくん、いつも危ない事ばかりするから、わたしがあげたんです」
そう言ってお守りを見つめるリリカはとても悲しそうで、金星はそれ以上何も言えなくなった。
そのまま家の外へ出る。
「何か事情がありそうだね」
アルベルトが呟いて、小さな声で続ける。
「事情があっても、盗みは許される事じゃないけど」
きっと、いつかの自分の事をも言っているのだろう。金星は何も言えないまま、アルベルトの肩をぽんぽんと叩く。
驚いたようにこちらを見たアルベルトに、小さく微笑みかけた。
許される事じゃないけど、きっといつかは許せることだ。
柔らかな風が吹き抜けた。
のもつかの間、
「どけどけ! どきやがれおまえら!!」
住宅街に似つかわしくない大声が響き渡る。
どこかで聞いたような声に金星が振り向くと、
「エコー様のお通りだあ!」
「うわあああああ!」
ものすごい速度でこちらに走ってくる樹精霊と、その後ろを追いかける少年トムの姿。
まったく事情が呑み込めないまま、金星はエコーへ話しかける。
「何をしているんですか、エコーさん?」
金星に気づいて空中で停止したエコーは、指をちっちと振り、たいそうな顔で話しだす。トムは全力疾走で疲れたのか、喋れそうにない。
「聞くも涙、語るも涙の話でな。オレはスイーツを食べようとおまえの鞄に潜り込んだんだ。なのにスイーツの匂いも気配もねえ!」
「手短にお願いしてもいいですか?」
「悪い奴から逃げてるんだよ! 人攫いだぜ!」
金星はふむふむと頷く。
「それは大変ですね。……え?」
突拍子ない言葉にエコーを凝視するが、間もなく彼の言葉が事実だとわかる。二人が来た道の向こうから、男の二人連れが走ってきた。
彼らは不穏な空気を纏っている。
「金星ちゃん、危ないから下がってて」
アルベルトが金星たちを庇うように前へ出た。
「なんや鷹の目か。あいつによお似てるわ」
「おい、方言が出てるぞ」
訝しげなアルベルトに、蛇のような男はにやりと笑う。
「西方からの協力者は、あいつだけじゃなかった、ってことだな」
アルベルトの父親の知り合い、といったところだろう。相手は二人、一方こちらはアルベルトくらいしか戦えそうにない。
勝利を確信して余裕の表情になる男達だが、予想外の声が乱入してきた。
「そういうことです。ご協力に感謝しますよ、フロスベル保護区の方々」
いつの間にか、男達の背後に国際自警団機構の制服を着た白い髪の男――コニーがいる。彼の傍には、同じ自警団機構の男が数人いる。
「捕えた男が何もしゃべってくれませんでしたから、尻尾を掴むのに手間取りましてね。少し嘘の情報を流して誘い出しました」
事情が全く分からない金星に、男達。コニーは金星を見て少し申し訳なさそうな顔になり、ついで男達に真面目な顔を向けた。
「あなた方の犯罪の証拠が書かれた書類は、ウンリュウ氏がすでに王都へと運んでいます。もう、言い逃れはできませんよ」
その言葉に、男達はがっくりと膝をついた。
それから、自警団が男を連れていくまでものの数分だった。
あまりに速い展開に、金星は全く理解が追い付かない。
「えっと……何が起こったんでしょう?」
金星は小さく肩を叩かれて、鞄を持ったままもじもじしているトム少年に気づく。
アルベルトは小さく息をついた。
「人のものを盗むのは、いけないことだ」
「薬が欲しかったんだ。あいつの病気が直せるっていう……。だから……」
言いにくそうにしていたトムだが、鞄をグイッと差し出した。
「ごめんなさい」
「えへへ、別にいいですよ。なんだかわからないですが、事件が解決したみたいなので」
鞄の中身は無事だ。結局、どうして金星の鞄が狙われたのかはわからないままだが、まあよしとしよう。
きちんと謝ったトムに、アルベルトは表情を和らげた。
「素直に反省した君に、良い事を教える。イデオ区で酸コローンの栽培に成功したんだ。冬までには十分、特効薬がいきわたるはずだ。リリカちゃんの病気は治るよ」
トムがはっと顔をあげる。
こちらに近づいて来た、コニーも口を添えた。
「君も巻き込む形になってしまったからね。出来る限り早く薬が手に入るように取り計らおう。保護区の二人には、勝手に巻き込んだお詫びだ」
そう言って彼が渡したのは有名スイーツ店のケーキ。
「これ、これから買いに行こうと思っていた噂のスイーツですよ」
箱の大きさや重さから、けっこうな数があると予想できる。
「アンナさんにいいお土産が出来ましたね」
「オレの分は!?」
「エコーさんの分もありますよ。たくさんあるので、みんなで食べましょう」
空を見れば、もう夕方になりそうなほど日が傾いており、これでは帰路につくしかなさそうだ。
エコーを連れて預かってもらっていた馬を引き取った金星に、アルベルトがふと思いついたように話しかける。
「あ、そうだ金星ちゃん。今度さ、食べ物を持ってピクニックに行かないか?」
とたん、エコーが目を細めてからかうように言う。
「んーん? 抜け駆けかあ?」
「何の話だよ。俺と金星ちゃんと、レインと、あとお前も一緒に行くんだ。料理は母さんが作ってくれるだろうし」
きっと、昼間の話を覚えてくれていたのだろう。
金星は、満面の笑みを浮かべた。
「素敵ですね」
うららかな休日を表す言葉だった。




