5-4
「は、話し合いで、解決できませんか?」
喉の奥に絡まりながらも発せられた声に、レインが振り返って訝しげな顔になる。
ドラゴンも火炎をおさめて、爬虫類特有の瞳で金星を見下ろした。
「何を言いだすのだ娘?」
自分でも何を言っているんだと思う。だけど言葉はびっくりするほどすっと出てきた。
どう言いつくろっても幻獣が好きなのだと、はっきりと悟る。
「わたしたちが全面的に悪くて、こんなことを言うのは勝手だと思います。でも、間違いや失敗は誰にでもあるし、うまく言えませんが、やり直すことだって、出来ます! それに、森を燃やすのは間違っています。ここで暮らしている生き物だっているのに……」
「我に向かって説教か?」
「そうじゃないです。ただ……許してほしいんです」
上手く言えなくてもどかしい。だけど、このドラゴンはきっと、ずっと人間を許さないだろうと思った。そう思うと悲しかった。
ドラゴンの気持ちが納得できる半面で、どうしても受け入れがたかったのだ。
「あなたが怒って森を燃やすように、密猟者にも理由があったんです。いくらどんな理由があったって、いけないことをしました。でも、それだけで人間の全てを嫌いにならないでほしいんです」
ドラゴンは不可解な生き物を見るように金星を見ていた。
「娘よ……お前は、どうしようもない子供だな」
その通りだと苦笑したい気持ちになる。だが、ここで苦笑して冗談みたいな雰囲気にするのは嫌だった。金星は真剣にドラゴンを見続けた。まるで言葉では表せられない思いを伝えようとするかのように。
その頬に一筋の水滴が流れる。
「え?」
ぽつり、ぽつりと大粒の水滴が落ちてきた。見上げた空には、いつの間にか暗雲が広がっていた。青を覆い隠したごつい灰色の空気から無数の水が降り注ぐ。
天を見上げたドラゴンは驚きに目を見開き、それから、ほぅと息をついた。
「……なるほど。これが、天の采配か……」
小さく呟いて保護官二人を見下ろした。
その瞳はやはりどこまでも冷たく、不信が宿っている。
「娘よ、我が子を助けてくれたことには礼を言う。……だが、我らが、人と分かり合えることはないだろう。それを忘れるな」
固い言葉を残して、ドラゴンは空中へ浮かび上がった。真紅の翼を動かして、遥か奥の岩場へと帰っていく。その手にはしっかりと子供たちが握られていた。
金星はドラゴンの背中を見送って、周囲の森へと視線を向ける。激しい雨のおかげで辺りの炎はすっかり勢いをなくし、静かに消えようとしていた。
「恵みの雨、ですね」
何気なく呟くと、レインが驚いたみたいに金星を見る。
「どうかしましたか?」
「いや……」
レインは珍しく言葉を濁した。星くずの剣を拾い上げて丁重に鞘へともどしながら、ゆっくりと空を仰ぎ見る。
「この雨はイピリアが降らせたものだ。彼らは礼儀を重んじる。いつかの日、お前は彼らの一族のものを助けたんだろう」
「そう……でしょうか。覚えてないですけど……」
助けた幻獣が恩返しに雨を降らせてくれたなら、嬉しいし、とても素敵に思える。人間と幻獣は共に暮らせないけど、緊急時には手を取りあえると、そんな気がするから。
金星は、いつかの夜にウンリュウにどうして保護官になったのかと問われたことを思いだした。あの時は、一緒にいたいからと答えた。それはいまだって同じだ。
「レイン先輩。わたし、変えたいです。保護官になって、人と幻獣との隔たりを、少しでも埋めていきたいんです。……わかり、あいたいんです」
保護するだけでなくて、彼らと近づきたい。共に歩める道を探したい。
それは、とても大変な事だろう。皆が諦め、保護するという形でしか見つけられなかったそんな道だ。
そう……わかっていても、諦めたくないという気持ちが強くなってくる。
無謀な言葉に、レインはただ静かな視線を寄越した。それからポケットから取り出した手帳を金星の頭の上へ乗せた。彼は何も言わなかったが、心なしか優しい表情に感じられた。微笑んだ金星も無言だった。
そっと、空を仰ぎ見る。
火を消し去った雨は、もう間もなく上がろうとしていた。