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辺境の村の幻獣保護官  作者: 和花
第五章 幻獣保護官に大切なこと
38/82

5-1

 レインは、三人の男を前に反撃の機会を狙っていた。

 密猟者たちは金星の命が欲しいわけではないから、彼らの中の一人を人質にとれば、彼女と交換する材料になるかもしれない。

 アルベルトたちもそれを危惧しているのか、レインの動作を慎重に観察していた。アルベルトが武器を腰にして立ち、彼の背後に密猟者の男とデニムが立っている。

 レインが斬りかかったところで、アルベルトに防がれ、その隙に残りの二人に取り押さえられるだろう。どうしようもない状況。

 そんな硬直状態を破るように、シシラギ鳥が耳をつんざく叫びをあげる。

 意味を持たない甲高い音は、密猟者をとらえたことを示す声だ。

 密猟者の男が驚きに顔を上げる。何かを捜しように虚空へと目を向け、ふいに男の体が地面へと押さえつけられる。見ると、デニムがにやりと意地の悪い笑みを張り付けて、男の腕を拘束していた。

「ルドルフ・ガイツ。赤き鷹団に協力して、フロスベル支部で密猟を働こうとした容疑で、お前を逮捕する」

「どういうつもりや、お前! 分け前はどうでもいいんか!?」

 ルドルフは当然ならが不満と困惑がない混ぜになった声を上げるが、デニムは無視して、片手で彼を押さえつけながら、もう片方の手で首から下げた笛を吹いた。

 まもなく自警団の制服を来た男たちが現れて、ルドルフを連行していく。

 それを眺めつつ、レインは、すっかりくつろいだ様子で草地に座り込んだアルベルトを見下ろした。

「いったい、どういう事なんだ?」

「いや~、つまり、全部演技だったわけ」

 暗雲を呑みこんだようなレインの声に、アルベルトは晴れやかな言葉を返す。

「……誰が加担していた?」

「俺と、母さん。それからウンリュウのおっさんと、フィアさんもだな。あと、国際自警機構のみなさん。……あ、デニムさんもお疲れ様~」

 片手を上げたアルベルトに、振り返ったデニムはやけに若々しい動作で敬礼した。

「こちらこそ、協力に感謝する」

 凛と響く声音に、デニムの粗野な調子はみじんも含まれていない。

 訝しげな視線に気づいたのか、デニムは苦笑しながらレインに近づいた。

「私は、国際自警機構潜入班のコニーだ。デニムはフロスベルでの私の顔というわけだ。君にも協力を要請することがあるかもしれないから、教えておくことにする」

 よろしく頼む、と差し出された右手を黙って握る。自警機構の潜入班は、主要な組織のいたる所へ入り込んでいるという噂だが、めったなことで正体を口にしない。デニム――コニーがそれを明かしたのは、レインを信用したからだろうか。

 複雑な心情を懐くレインの足元から、ぽつりと声が聞こえてきた。

「俺は、一度は裏切りかけた……いや、裏切ったんだ。精霊祭の夜に。それを止めてくれたのは金星ちゃんだよ」

 精霊祭の夜に裏切った――つまり、林檎酒に毒を入れたのはアルベルトなのだ。レインは黙って彼の言葉を待った。

「俺は……運命は受け入れるしかないと思っていた。ずっと前から決まっていることだから変えようがない、って。だけど金星ちゃんは変えてくれた。精霊たちとフロスベルとの関係を変えてくれた。あれを見て俺は、俺だってやり直せないかと思ったんだ」

 精霊祭の終わりに金星が出した提案を思い出す。レインは無茶苦茶をするものだと呆れていたが、アルベルトはもっと別の事を考えていたらしい。

 彼は無意識に、精霊たちと鷹の目の自分を重ねていたのだろう。変えようのない運命を心の底で嘆いていた。同時に、仕方ないことだと諦めていたのだ。

 今のアルベルトは、心なしか長年の重みから解放されたような穏やかな表情に見える。

「俺は母さんに隠していたことを全部話した。母さんは俺が鷹の目だと知っても怒らなかった。それどころか出し抜いてやりましょうなんて言い出して……」

 思い出して困ったように苦笑するアルベルトを見て、レインはやっと肩の力を抜いた。何も知らなかった自分がまるで道化だが、不思議と腹立たしさはわいてこなかった。

 ただ、一つだけ疑問がある。

「アル、一つ聞きたいんだが、金星を捕えたのはどういう事だ?」

「あれは成り行きだよ。あ、でも金星ちゃんは後々捕える予定だったんだ。コニーさんたちは密猟者が東方の者だってうすうす感づいていて、金星ちゃんがそれに関わりあるかも確かめたくて……結果は、言うまでもないよね?」

 金星が密猟者の仲間かもしれないなんて、考えるのも馬鹿らしい。

「それと、何故、俺に何も相談しなかった?」

「あれ? 聞きたいことは一つなんじゃなかったのか?」

「…………じゃあ、いい」

「冗談だって、悪かった。えーっとだな、ウンリュウさんがレインには何も言わない方が信憑性が増すとか、言って。俺も説明しにくかったし……」

 どことなく歯切れの悪い返答だ。思うに、アルベルトにとってそれだけ鷹の目である過去は話したくない事なのだろう。

「まったく。……アルは、何であろうとアルだ。過去なんて関係ない」

「……ありがとう」

 レインは彼へ静かな瞳を向けた。過ぎ去った過去の後悔を晴らすかのように、乾いた風が草原を吹き向けていった。

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