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夕暮れ時、フロル市からフロルベルへ向かう馬車があった。
その中には、精悍な顔つきの中年の男性が座っている。彼は、準保護官として辺境に行った息子を連れ戻しに来た父親、という建前でフロスベル拠点へ向かっている。
実際は、手に入れたドラゴンの卵やフロスベル保護区にある希少な生き物を持ち出すためだ。馬車には、それらを保存するための器具が積まれていた。
ガタゴトと、激しい音を立てて土の道を走る馬車。それがふいに速度を落として、やがて完全に止まった。
鏃国の貴族である灌木は、突然止まった馬車の中で、組んだ手を解いて眉を寄せた。
「どうした?」
御者台の男に問いかけるが、帰ってきたのは要領を得ない言葉。その内に、馬車の窓が叩かれた。
「ちょいっと、荷物をあらためさせてもらっていいですか?」
窓の向こうから顔をのぞかせたのは、三十代の男性。東方の島国の民族衣装を着流した、褪せた金髪の男は、灌木を見とめて飄々とした笑みを浮かべた。
「お前が、赤き鷹団の黒幕だな? 鏃国の灌木さんよぉ」
男の背後には、金の髪を持つ美しい少女が立っていた。超然とした雰囲気の、人間離れした容姿の少女は、灌木へただ冷徹な瞳を注ぐだけだ。
灌木は彼女を知っていた。フロスベル支部の管理人だ。そして窓を叩く男はそこのリーダー。彼らの後ろには、黒を基本とした自警団の制服を着た男たちが集まっている。襟元の金の刺繍は、国際自警団機構を現わす。
「……まんまと泳がされたわけか」
灌木は過去に何度か密猟を疑われたことがあった。しかし有力貴族であることと、完全な証拠をつかませなかったから、逮捕されなかったのだ。
だが今回は……失敗した。希少なドラゴンの卵があると聞いて、自ら現地へ行ったのが間違いだった。馬車には幻獣を入れるための檻や希少な植物を保存する容器など、密猟に使う道具が多く積まれている。この状況では言い逃れできまい。
「お前らは最近、派手に動きすぎていた。国際自警機構に目をつけられても、仕方ないくらいにな」
「だから、私が斑赤大鷹を使って保護区を調べていると知って、あえて見逃していたわけか。……現地の鷹の目もお前たちの手の上か?」
「そもそも、あいつがお前ら側につくわけがないだろ?」
「そんな馬鹿な……」
敵の陣地に潜り込む鷹の目は、体に決して消えない刺青を彫られる。裏切らないように、お前たちはこちら側なのだと、体と心を恐怖で縛りあげて、現地へ送り込むのだ。
密猟者たちが一丸となって二重、三重の洗脳を施す。フロスベルへ送り込んだ鷹の目も幼いころから自分の役目について教えられたはずだ。簡単に破られるとは思えない。
それなのに鷹の目が保護官側についている。
おそらくは、フロスベル支部のリーダーと管理者は、一度は裏切った鷹の目を受け入れて、協力させたのだろう。
(密猟者の一族を信用しすぎた……焦りすぎた、私のミスだな)
灌木の乗る馬車の扉は開かれ、自警団たちが乗り込んでくる。両側を自警団に固められて連行される灌木は、ハープを取り出すウンリュウを見止めた。
「シシラギ鳥の口は封じさせてもらったが……」
「巷で流行っている薬のことだろ? 俺達だって馬鹿じゃねえよ。保護区内の鳥はやられちまったみてえだが、シシラギ鳥は他の場所にも生息しているんだぜ?」
悪あがきの嘲りも、余裕をもった笑みで返される。灌木はわずかに肩をすくめて自警団に連れていかれた。
その背中を冷たい瞳で見送る管理者の妖精は、一言の言葉も発しなかった。
ウンリュウは終わったなと言うように、彼女の頭をぽんぽんと軽く叩く。フィアは不満げに目を細めたがされるままだった。
「さて、お頭は捕まったぜ、赤き鷹団さんよ」
ハープを演奏して、シシラギ鳥へ言葉をつたえる。
これにて舞台は終幕だ。




