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辺境の村の幻獣保護官  作者: 和花
第四章 見習い保護官と密猟者
36/82

4-5

 拠点の近くに馬車が泊っていた。東方人の顔立ちをした青年が見張りに立っている。他の密猟者たちは中へ入った後だろう。金星は足音を殺して、保護区へ侵入する。銀糸に触れたにもかかわらず、シシラギ鳥は鳴かなかった。

 沼の上には大勢の足跡が残されていて、追うのは楽だった。しかし虹の森へ入ると、だんだんと足音も薄くなってきて、ついに途絶えた。

 森の中で金星は途方に暮れる。やみくもに探したって見つかるとは思えない。だけど、密猟者たちが幻獣を傷つけているかもしれないと思うと、焦燥感がつのった。

(どこに行けばいいんだろう? 彼らが向かいそうな場所は……)

 その時、バサバサと羽音を立てて、大きな鷲が金星の前へ舞い降りた。こげ茶色の羽の中に、斑に赤い色が混じっている。

「あれっ、君はこの前の……久しぶりです、元気でしたか?」

 雨の日に砂漠で出会った斑赤大鷲だ。向こうも金星を覚えていると言いたそうに、羽を広げる。野生動物だけあって、大雨に打たれても平気らしい。

 軽く手を振って森の奥へ行こうとした金星を呼び止めるように、大鷲が甲高い声で鳴いた。振り返った金星の前に回り込んで、大鷲が羽を閉じたまま進んでいく。少し歩いたところで立ち止まって、羽を広げて金星を見上げた。

 琥珀色の瞳が、何かを訴え変えるようにじっと向けられる。

「もしかして、案内してくれるんですか?」

 問いかけると、大鷲がそうだと言わんばかりに、一声鳴いた。密猟者たちの居場所を知っているらしい。金星は黙って後を追った。彼も保護区へ住まう野生動物なら、侵入者である密猟者を、不快に思っていても不思議でない。

 やがて、森の奥から大勢の人間が言い争う声が聞こえてくる。彼らの言葉に、金星の足が自然と止まった。耳慣れた言語はフロスベルのものではなく、故郷の……東方語だ。

 恐る恐る覗き込んだ草陰から、見知った人たちの姿がうかがえる。故郷の鏃国でも有数の大貴族。その屋敷で働く使用人たちが、集まっていた。

 針草繊維の服を身に着けた使用人たちの真ん中に、まるで彼らを率いるように、引き締まった姿勢で茶髪の少年が立つ。眼鏡の奥の鳶色の瞳が、面倒そうに地面に注がれていた。

「あ……どうして……? 高原……」

 草陰からの視線に気づいたのか、彼がこちらを向いた。高原は皮肉気な笑みを張り付けて、金星に近づく。じっと、探るように鳶色の瞳が金星の姿をとらえていた。

『やあ、金星。君ならここまで来ると思っていたよ』

 高原は無動作に金星の顎に手をやると、見下すように声を出す。

『ご褒美に教えてあげようか? 僕たちのことを』

「……聞かなくたって、わかります」

 精霊祭の夜、西方訛りの男が言っていた。密猟者には、貴族の後ろ盾があると。高原と高原の使用人たちが保護区に侵入しているのを見て、金星は確信した。彼らが……鏃国の大貴族が、今回の事件の裏で手を引いていた人間だ。

『君とここへ入った時があるだろう? その時に、下準備は済んでいたんだ。希少生物を手なずける準備をね。星くずを混ぜた薬をまいたんだ』

『それで、星くずの力で動物を操ったのね!』

『それと、シシラギ鳥を鳴かせないようにするためにね。希少な動物を捕まえるのは簡単だったよ。すぐに姿を見せてくれたし、なんたって、自分から檻に入ってくれるからね』

 彼の言葉の通り、使用人たちが持つ檻の中に、生き物が捕えられている。凶暴で人を嫌い、昼には姿を見せないはずの目黒大鷹も、おとなしく使用人の腕に止まっている。これも星くずの力だ。保護区へ入った時、高原が異常にアルベルトを嫌ったのは、不審な動きを彼に怪しまれると思ったからだろう。

『僕たちに協力しないか? なんから、分け前をあげないこともないけど?』

『協力? 馬鹿なこと言わないで』

『君だって馬鹿じゃないだろう。この状況で逆らうと、どうなるかわかっているの?』

『どうなったって、あなたたちには協力しない。罪のない幻獣を傷つける、あなたたちには、絶対に協力しないわ!』

 使用人たちの輪の中央に、鮮やかに輝く宝石がある。丸い卵型をした大きな宝石――ドラゴンの卵。しかし、落としたのか表面がひび割れ、今にも壊れそうだ。

 金星はオカリナを口に当てた。癒し手の力ならドラゴンの卵を救えるかもしれない。

 その時、森の奥からせっぱ詰まった表情の男性が走ってきた。

『竜笛が壊された! 早くここから離れろ!』

 悲鳴に近い叫びに、高原たちの表情が変わる。

『お前たちは獲物を持って、早く逃げろ。あれは置いていけばいい』

 高原はひび割れた卵を視線で示す。使用人たちは頷いて、もう一つの卵を抱えて走り出す。このままではドラゴンの卵も、保護区で暮らしている生き物たちも攫われてしまう。金星は高原の袖をつかんで引きとめた。

『竜笛でドラゴンをおびき出して、その隙に卵を奪ったのね! 今なら、謝れば許してくれるから、早くみんなを返して――』

『馬鹿じゃないの』

 高原は金星の手を振り払うと、腰につけた銃を抜いた。銃口が向く先は金星が持ったオカリナ。軽い破裂音が響き、保護官の証であるオカリナが無残な穴を空ける。

『無駄なことはやめて、君も早く逃げたら?』

 硬直する金星に、高原は蔑んだ笑みを残して去っていった。

 一人残された金星は、壊れかけたドラゴンの卵を抱え込んだ。高原を追いかけなければならないが、卵をこのまま、ここへ残しておくことはできない。

(わたしが出来ることは……やらなきゃいけないことは……ひとつ、だよ)

 何事もなく、無事に生まれてくるはずだったドラゴンの子供は、傷ついた卵の中でゆっくりとその命を消そうとしている。人間たちの身勝手のせいで。

 金星は卵へと視線を落とす。

(君は、いなくなっちゃ駄目だよ。君が生まれてくれることを願っている人が、たくさんいるのだから)

 それは本心からの願いだった。目の前の卵を助けたいと、心から思った。

 ゆっくりと癒しの歌を口ずさむ。

 歌の旋律に混じるように、悲しげなドラゴンの咆哮が聞こえてきた。

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