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辺境の村の幻獣保護官  作者: 和花
第四章 見習い保護官と密猟者
34/82

4-3


 ゆっくりと目を開くと、薄暗い部屋の灰色の地面が目に入った。辺りには濃い酒のにおいが満ちている。きつい香りが鼻をつき、金星の意識を覚醒させた。

「何が……痛っ」

 起き上がろうとしてバランスを崩す。両手が縄で後ろ手に縛られていて、動かせない。両足も拘束されている。

(そう言えば、わたし、誰かに……)

 おそらく薬をかがされたのだ。慌てて周囲を見渡した金星は、無傷のエコーを見つけてほっとする。眠っているだけのようで、ぐーすかぐーすかと平和な寝息が聞こえる。

 四方を灰色の壁に囲まれた狭い部屋は、大樽が二つ置かれているだけだ。酒蔵の地下の貯蔵庫らしい。金星は慎重に立ち上がると、うさぎ跳びの要領で階段を上っていく。後ろを向いてノブを握ってみるが、鍵をかけられているのか動かない。

 何度か体当たりしてみるが、古臭い扉はぴくりとも動かなかった。

 途方に暮れる金星の目が、眩しい光をとらえた。ちっとも動かなかった扉が、外側から開けられたのだ。

「駄目だよ、金星ちゃん。おとなしくしていなきゃ」

 聞きなれた声の主が、冷ややかに金星を見下ろしていた。

「ア、アルベルトさん!?」

 若草色の瞳は何も映してないように暗い。アルベルトは金星の手を取って、強引に階下へと引き戻す。

 金星を壁際へ座らせて、アルベルトは少しだけ申し訳なさそうな声を出す。

「おとなしくしていてね。全てが終われば、すぐに解放してあげるから」

「どういう事ですか? 終わるって、何がですか?」

「それより金星ちゃん、聞きたいことがあるんだけど……って、このままじゃ、答えてくれそうにないな」

 ぎゅっと口を閉じて見上げる金星に、アルベルトは苦笑する。深刻な顔の裏に、いつものような和やかさが垣間見えた。

 金星は黙ってアルベルトの言葉を待った。

 気を失う前に聞いた声は、確かにアルベルトのものだった。だけど、彼が密猟者に協力するなんて、信じられない。きっと、何か理由があるはずだ。

「そうだね。答えてもらう代わりに、教えてあげてもいいよ。……精霊祭の夜に、林檎酒へ眠り薬を入れたのは俺だ」

 嘘を言っているようには聞こえない。だけど、理由があるはずだ。金星はじっと、アルベルトを見上げた。誠実な瞳で彼の言葉を待つ。

「……金星ちゃんとアンクタリアに入った日に、あいつが接触してきてね。……あの時は、どうかしていたんだ。村のみんなを、母さんを信じられなかった……」

 アルベルトは急に言葉を止めた。それから発した自分の口を驚いたように触れる。自分を見つめる金の瞳から逃れるように、視線をそらして吐き捨てた。

「ああ、違う。そうじゃない! とにかく、金星ちゃんに聞きたいことがあるんだ。君はただの新人保護官なんだね?」

「……どういう意味でしょうか?」

「そうか、あいつらとは関係ないんだね」

 アルベルトは小さく呟いて身をひるがえす。

 金星を残して上へ戻ろうとするアルベルトを、慌てて呼び止めた。

「待ってくださいアルベルトさん!」

「金星ちゃんは、ここでおとなしくしていてね」

 彼は振り返ることなく地下を後にする。扉に鍵が下される重々しい音が響いた。金星はしばらく壁にもたれかかったまま、開きもしない扉をじっと見つめていた。

 アルベルトは去ってしまった。戻ってくる気配はない。薄暗い静かな地下で、金星は考えを巡らせる。アルベルトは何をするつもりなのか、この状況をどうやって突破するか。

 真剣な表情で黙り込む金星に、躊躇いがちな声がかけられた。

「おい、どうするんだよ……」

 エコーが起きあがってここちらを見つめていた。声の調子から、状況は理解しているようだ。しかし、エコーの瞳に諦めの色は見受けられない。

 金星は少しだけ元気がわき出るのを感じた。

「わたしが、エコーさんの縄を解きますから、エコーさんがわたしの縄を外してください」

「解くって、どうやってだ?」

「縄を噛み切ってみます」

 つとめて明るい声を出す。人体の中で歯が一番固いのだから、出来るかもしれない。

 エコーは微妙な表情になったものの、黙って金星に縛られた両手を差し出す。羽は縛られていないので、浮かんで高さをあわせてくれる。

 何度か試してみるがちっともうまくいかない。焦る気持ちだけが、胸の中に広がっていく。「あ!」とエコーが大声をあげた。

「待てよ金星! おまえ癒し手だろ? おれを癒せ!」

「……わかりました」

 なんらかの思惑があっての言葉だろう。

 楽器を持っていないので、金星は口笛で代用する。深く息を吸い込んで、エコーのために楽しくなるような音を奏でた。

 音楽に合わせて灰色の部屋を飛び回っていたエコーは、しばらくしてから、小さく何ごとかを呟いた。

 人間には聞き取れない言語。

 語りかける言葉に答えるように、固い地面を突き破って木の枝が出現する。

 次の瞬間、鋭い切っ先が金星の腕を縛っていた戒めを解き破った。

「じゃーん、どだ? これが樹精霊の力だぞ。すっごい疲れるんで、あんまり使いたくないんだけどな」

「エコーさんありがとうございます!」

 自由になった手で、両足と、エコーの拘束を解く。扉の鍵は木の蔓を操って動かした。思った通り、上は酒蔵だった。蒸留に使う器具が乱雑に置かれた部屋は、しんと静まり返っている。だれの姿も見受けられない。

 金星は、樽の上に置かれたオカリナを首にかける。

「誰もいないみたいだな」

「多分、みなさんどこかに出かけているんです。エコーさんは、村のみなさんに知らせて、レイン先輩と自警団を呼んでもらってください」

「お前はどうすんだよ?」

「追いかけます」

 アルベルトたちはどこに出かけているか……密猟者が行く場所は一つしかない。いまだにアルベルトが密猟者に協力しているのを信じられないが、今は考えるよりも行動する方が大事だ。とにかく彼らを止めて、話はそれからだ。

 金星は自分に言い聞かせるように、強い意志を込めて言葉を告げる。

「絶対に、なんとかしてみせます。幻獣を守るのが、わたしたち幻獣保護官ですから!」

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