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書斎にいたのは高原だけだった。金髪の妖精の姿はどこにもない。扉を開けたままレインは嘆息した。あの妖精は、用事がある時にかぎって、いない。
「フィアがどこに行ったか知らないか?」
書机でペンを走らせていた高原が手を止めて顔を上げる。
それから訝しそうに眉を寄せた。
「え? 管理者の妖精様なら、街へ行くと出ていかれましたよ」
「そうか」
そのまま去ろうとするレインに、呼び止める声がかけられた。
「あの、……あなたは、金星と働いて長いんでしょう? あなたから見て、金星ってどうですか?」
「どう、とは?」
「幻獣保護官に、向いていると思いますか? 筆記も駄目だし、考えは浅いし無鉄砲で無防備だし、保護官として駄目だと思いませんか?」
高原はじっとレインを見つめる。こちらの真意を探るような視線は、新人の保護官のものとは思えない。彼はいったい何のつもりで問うたのかと思いつつ、肩をすくめる。
「あいにくだが、俺には判断できない」
「……そうでしょうね」
高原の声音が変わった。鳶色の瞳にはあきらかな侮蔑が含まれている。
「ここにはろくな人がいないんですね。落ちこぼれの新人に、さぼってばかりのリーダーとお飾りの管理者。おまけにあなたは……密猟者の子供だ」
「……否定はしない」
レインは無表情に高原を見返した。フロスベル支部の先代リーダーが密猟者の子供を引き取って育てていたことは、保護官の間でずいぶんと噂になった。筆記試験がトップで大貴族の息子となれば、その子供の名前が耳に入っても不思議ではない。
「恥ずかしくないんですか?」
密猟者の子供のくせに、保護官をしていて恥ずかしくないのかと聞いてくる。
詰問の口調に、レインは無言を返した。何を言っても、言い訳にしかならないだろう。
その態度に高原はペンを置いて、苛立ったように舌打ちする。
「僕にはあなたがわからない。鷹の目を保護区へ入れるし――」
「鷹の目?」
疑問符に、高原は取り繕おうともせず、嘲りの笑みを浮かべた。
「やっぱり気づいてなかったんですか? アルベルト・エルグレム。彼の右肩には鷹の紋章が刻まれていますよ」
「アルベルトが?」
声がこわばる。鷹の目は、保護区の近くへ入り込んで偵察する密猟者の先鋒を示す。アルベルトがそうだと言うのか?
「僕が彼を気に入らないのは、彼が鷹の目だからです。あなたは、今までちっとも彼に疑いを持たなかったんですか? ……まったく、悪魔の土地の保護官がこんなお花畑な人ばかりだなんてね」
「…………」
アルベルトとアンナがここへ来たのは十年前。アンナは先代リーダーのジャックと知り合いらしく、彼女が村へ住むことを決める前にも親しげに話をしていた。アンナから血のつながらない息子の事を聞いたジャックは、特に疑うことなく受け入れた。ジャックが信用したなら、問題ないはずだ。たとえ、アルベルトが鷹の目だったとしても。
「もし、アルが鷹の目だとしても……」
レインの言葉を遮るように、書斎の窓が割れた。窓から投げ込まれた黒い石に、くしゃくしゃの紙が巻かれている。
『お前の大事な後輩は預かった――』
まぎれもなくアルベルトの筆跡だった。一人で指定する場所にこいと、レインを呼び出す手紙が書かれている。手紙と一緒に手帳があった。金星が持っているものだ。中には東方の文字で、保護区にいる危険な動物や植物の注意事項から、些細な出来事の走り書きまでびっしりと書かれている。それを読むと、彼女が本当に真摯に保護官として働いているのだと実感させられた。
同時に不甲斐なさに怒りがわき出る。ここで呼び出しに応じるのが賢い選択だと思えないが、落ち着いて考え込む暇はない。ただ、後輩を見捨てることはできなかった。
……とる行動は一つだ。レインは足早に書斎を後にした。




