3-5
虹の森の切株に座って、二人の男が話している。
「金星ちゃんって、なんか高原のことが嫌い? ってか苦手みたいだけど、何かあったのかな。レインも気になるよね?」
「そんなことはどうでもいい」
無駄話はやめろと非難する視線に、アルベルトは軽く肩をすくめた。それから急に真面目な顔になる。
「わかってるって。レインが気になってるのは、例の……薬を盛った奴のことだろ」
精霊祭で、林檎酒に薬を混ぜた人物。状況的に、フロスベル村の人間としか思えないから、アルベルトにそれとなく調べておくように頼んだのだ。
「アル、怪しいやつがいたのか?」
「あ、ああ。それなら……」
アルベルトは開きかけた口を閉じる。同じ村の人間を売ろうとしているようで後ろめたいのだろう。
「……まだ、確信は持てないんだけど、精霊祭の前日に、デニムさんが頻繁に街へ出かけていたそうなんだ」
「デニム……というと、酒蔵の主か」
アルベルトの家の向かいにある酒蔵は普段はほとんど使われない。酒場の主人であるデニムが酒を造るために入るくらいだ。そんなわけで、あの蔵の鍵はデニムが管理している。彼なら自由に、酒へ薬を仕込めるわけだ。
「とはいえ、薬草酒を作る時に男は誰でも入れたし、林檎酒を用意したのは女性たちだから、彼女らにも可能だ」
怪しい人がいても、証拠がない。全ては推測だった。
「結局、これといった進展はないわけだな」
「うん、ごめん。でもさ、もう精霊祭は終わったんだし大丈夫だろ。犯人がいたとしても、きっと今頃、反省してるって」
アルベルトには密猟者が逃亡したことを話していない。だからか平和ボケした国民のように気楽そうだ。
「だといいんだが……」
「レインは考えすぎだって。そんなことより金星ちゃんの話をしようぜ。レインから見て、彼女ってどう?」
「どうって……」
なぜ急に金星? と思いつつも、アルベルトはきちんと薬の件を教えてくれたので、こちらも真面目に答えようと考える。
しかし、考えれば考えるほどわからない。軽率かと思えば鋭いところがあるし、落ち着きなく見えて、きちんと細部を観察しているし。そもそも、彼女とは仕事以外でほとんど話したことがない。
「とりあえず、とらえどころのない風みたいなやつだ」
適当に言うと、アルベルトは手を叩いて頷いた。
「やっぱり! 金星ちゃんって、ちょっと先代に似ているよね」
「先代に?」
レインは空を見上げた。抜けるような青は、清々しいまでに美しくて、少しの不安を含んでいる。
「確かに、あの人のように、何をするかわらないところがあるな」
今はいない人を思い出して、そっけない声に少しの寂しさが混じる。アルベルトはそんなレインに心配そうな視線をよこし、それから空を見上げた。
「あれは、レインのせいじゃないさ」
空はどこまでも青く、雨が降る気配はなかった。




