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『マジありえないんだけど、なんなの? ここ』
午後からはレインが一人で見回りをするので、金星は拠点の裏で畑を耕したり、夕食の準備をしたりと雑用に精を出す。いつもは歌を口ずさみながら楽しく作業するのだが、今日は後ろから雑音が邪魔してくる。
『全く、君が首にならない理由がわかったよ。ここって、どうしようもない土地なんだね。リーダーがさぼっているなんて、考えられないよ』
「わたしだって、高原が準保護官として来るなんて、考えられませんよ」
あの後、軽く互いに自己紹介し、レインはアルベルトを連れて保護区へ、高原は金星の手伝いをすることになった。エコーは先ほどまで興味津々に高原を観察していたが、腹が減ったのか拠点へと姿を消した。
『それに、保護官でもない村の人間まで手伝わせているみたいだし』
「アルベルトさんは、わたしよりもアンクタリアのことに詳しいですよ」
『悪魔の土地、ねえ。どうせくだらない噂だと思ったけど、どうやら本当みたいだね。全く、父上もなんでこんなところ……』
金星が鍬を振るっていた手を止める。高原の父は楔国でも有数の大貴族だ。
「高原のお父さんが、ここへ赴任しろと言ったんですか?」
眼鏡の奥の瞳がつまらなさそうに見据えてくる。
『……そうだよ。てか、二人なんだから、そんな下手くそな西方語より、東方語を使いなよ? もしかして、忘れちゃったの?』
『覚えているわ! 高原ってば、どうしていちいちそんな言い方するの?』
この幼馴染の少年は、普段は当たり障りない丁寧な態度のくせに、金星の前では喧嘩を売ってくる言葉ばかりなのだ。気に入らないのか知らないが、やめてもらいたい。
不満を隠さず抗議するが、幼馴染は面白がるようにますます笑みを深めた。
『ふうん、一応、覚えているようで安心したよ。ところでさあ、君は知っている? 筆記試験の成績、君が一番下だったんだって。僕にはとてもまねできないね。逆にすごくて尊敬するよ~』
嫌みたらしい口調にカチンとする。しかし筆記試験が苦手なのは事実なので言い返せない。一番下というのも事実だろう。
(本当のことでも、言い方があるじゃない。どうしていつも、意地悪言うのかしら。それに、高原ってば、わたしの手伝いをするように言われたのに、話かけてくるだけだし)
畑の隅に立つ彼は当たり前のように手ぶらだった。言い争っても時間の無駄なので、金星は黙って畑を耕すことにする。
高原は手伝う気なんて、さらさらないのだろう。相変わらず邪魔してくる。
『力仕事ばかりなんだね。君の哀れな胸がますます薄くなっているじゃないか、可哀想にねえ……。で、金星って、普段からこんなことばかりしているわけ? 畑仕事に水汲みに料理に雑用。君は本当に幻獣保護官なの? あ、見習いだっけ? それでもこれはないよね』
無視を決め込むとうるさそうなので、当たり障りのない程度に答える。
「そうですよ。幻獣になんてほとんど会いません。でも、保護区内で植物を採集して調べたり、動物の生態系が変わっていないか、見回ったりもします。あとは資料をまとめる、机の上での作業もあります。わたしはしませんけど」
保護官の仕事には、保護区内を見回って採取したデータを記録するデスクワークもあった。金星は、アルベルトのおかげで西方語を読めるようになってきたが、記録となると時間が掛かるのでまだ任されていない。
『ってことは、僕はその作業に割り当てられる可能性が高いってわけだね』
当たり前のように言う幼馴染をしげしげと眺める。
「本当に、ここで働く気なんですね。どうして高原のお父さんは、ここで勤務するように言ったんですか?」
『どうも、君がそんな丁寧な口調じゃ、調子狂うなあ』
「西方語は、しゃべる方もまだ苦手なんですよ」
『わかってるけどさ。あっ、そだ。僕が勤務することになった理由だけど……』
唐突に高原はにやりと酷薄な笑みを浮かべて、金星の束ねられた髪の一部をそっとつかんだ。そうして王子のように恭しく口づけする。
『僕がここへ来たのは、君にどうしても会いたいと父上に頼んだからだよ』
急に真面目な口調。片膝をついた幼馴染は、上目遣いに金星を見た。眼鏡の奥の鳶色の瞳が、かすかに愁いを帯びた。
『って言ったらどうする? ねえ、金星?』
さながら恋い焦がれた姫に会いにきた誠実な王子だが、話の流れで胡散臭さ全開だ。金星は動揺もためらいもなく王子を切り捨てた。
「もちろん嘘だと思いますよ」