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とっさに否定が出来なかった。レインの不思議とよく通る声は、金星が気づかないでいようとした何もかもをさらけ出してしまう。
動揺するようにぎゅっと握られた拳が不安気に胸元を彷徨う。
「そんなわけないですよ。どうしてそんなことを言うんですか……」
「どうしてもなにも、見ていればわかる。お前が保護官になれなかったのは、お前が幻獣を嫌っているからだ」
「違いますよ!!」
そんなはずがない。保護官になれなかったのは、ただの実力不足のせいだ。頑張れば、きっと幻獣保護官になれるはずだ。
そう思いながら、しかし同時に、頭の片隅で誰かが囁く。どうしてお前は幻獣保護官になりたいのかと。金星はそれに、答えを返せなかった。わからない。
(わたしは……)
なおもこちらを見るレインの瞳から逃れようと、金星は無意識に背を向けてフロスベル拠点の家へ歩きだす。
そんな彼女の視界を小さな影が横切った。
「おい下僕! お前は男を魅了する悪女だったんだな。おれはびっくりだ!」
「わ、わたしこそびっくりですよ! 何事ですかエコーさん?」
驚いたが、これでレインと話を続けずに済むと思えば、ほっとした気持ちになる。おそるおそる背後を確かめると、レインは無言で佇んでいた。
彼はまだ何か言いたそうだったが、金星は気づかないふりをする。
小さな樹精霊は半眼でじっと見てから、金星の耳元でぼそりと告げた。
「お前に会いに男が来ているぞ。なんか、なよなよした奴」
「なよなよ……?」
その時、拠点の方から二人の男が歩いてきた。
一人はアルベルト、もう一人は真新しい西大陸の服に身を包んだ少年だ。金星と似た東方の顔立ち。警戒心をなくさせる無邪気な顔に、眼鏡がよく似合っていた。茶色の髪に鳶色の瞳も東大陸ものだ。
「高原……?」
眼鏡の少年はにこやかな表情で近づいてきて、ごく自然に金星を抱きしめた。
「やあ金星。会いたかったよ」
やわらかな甘い言葉が耳たぶをくすぐる。線の細い体からは柑橘系の香水の香り。優しげに細い指が、束ねられた金星の髪をからませる。
恥ずかしげもなく抱擁する幼馴染を、金星は慣れた仕草で強引に引き離す。
「……何しに来たんですか?」
警戒交じりに聞くと、少年――幼馴染の高原は胡散臭い笑顔を振りまいた。
「やだなあ金星、もちろん君が心配だからに決まっているじゃないか! 可哀想に、こんなに痩せちゃって、ない胸が……凄く過酷な仕事なんだね」
「で、何しに来たんですか?」
威嚇する猫みたいな体勢の金星に、少し離れた場所から様子を見ていたアルベルトが意外そうに目を見開く。彼はぼそりと隣のレインに話しかけた。
「もしかして高原君って、金星ちゃんと仲が悪いの? 彼は今朝、村へ来てね、金星ちゃんの知り合いみたいだから連れて来たんだけど、余計だったかな」
「知り合い? 東大陸からわざわざ来たのか?」
「みたいだよ。幻獣保護官の試験を受けていてね、残念ながら最終試験が不合格だったけど、筆記と実技はトップなんだって」
それを聞いたレインは、疲れた表情になって軽く息をついた。
「準保護官か」
最終試験を落とすと保護官にはなれないが、筆記実技が優秀だった者は、準保護官の資格を得ることが出来る。次からは両試験をパスできるうえ、保護官の付き添いとして幻獣保護区へ入ることが出来るのだ。
「あの人が、金星の上司なんだね」
ぼそぼそ話していた二人に気づいたのか、高原が近寄ってくる。
レインの目の前に立った高原は、接客業の求人に見本として載せたい完璧な笑顔で、友好そうに右手を差し出す。
「この度、フロスベル支部で臨時の準保護官として勤務させていただくことになった、高原と申します。あなたは拠点リーダーのウンリュウ氏ですね?」
「いや、ウンリュウなら最寄りの町で競馬をしている」
高原が笑顔のまま凍りついた。