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辺境の村の幻獣保護官  作者: 和花
第二章 見習い保護官と精霊祭
20/82

2-12

 精霊祭が終わると保護官はまた拠点へ戻る。

 行きと同じ道だが、ブラウンとチャコールの背中には貰い物の野菜や肉があり、金星の近くには樹精霊がいて、物珍しそうに草原の向こうの柵を見つめている。

「まったく、もう少しおとなしい素直な新人だと思ったんだが、なかなか無茶苦茶する奴だな」

 金星から少し離れた場所で、ウンリュウがフィアに話しかける。それを横目にレインも内心で頷いた。精霊祭だけでも、棒切れ一本で乗り込んだり、妙な提案をしたり、彼女なりに考えた結果といえ常識外れだ。

「ふん。だが、あの様子では、薬を入れたのはあいつではなさそうだな」

 フィアの猫目がすっと細められた。ウンリュウも真面目な顔つきになる。

 事件のあった後、一応この二人には真実を話しておいた。あの夜、村人たちが寝静まっていたのは、伝統の林檎酒に薬が混じっていたからだ。

 何者かが薬を入れたのだ。レインたち三人は、眠気を取るリリファの花の効果で助かった。しかし、もし全員が寝ていたら……大変なことになっていただろう。

「村に、密猟者とつながっている馬鹿がいるってことだな?」

「ああ。だが、その特定はできていない。アルが任せろと言ってくれたから、怪しいやつを探すように頼んできた」

 固い言葉で告げる。何年も一緒にいた、村の人間を疑いたくはないが、状況からは彼ら以外の犯行はありえなかった。

「アルベルトは白なのか?」

「今回の件は計画的な犯行だろう。だが、アルは最近、町へ行っていない。村にいながら密猟者と連絡を取り合うのは不可能だ」

「電報は記録が残る上、複雑なやりとりはできないからな」

 レインはそれに頷いて、言葉をつけたす。

「電報といえば、昨日、捕まえた二名の密猟者が逃亡したと知らせが入った。いま、自警団たちが捜索しているらしい」

「おいおい、フロル市のブタ箱は紙で出来てんのか。で、見張りは藁の案山子か? ったく、お遊戯会かよ」

「牢屋の見張りも、奴らの仲間かもしれないぞ?」

 軽口ながら、ウンリュウもフィアも、普段から想像もつかないほど真面目な表情だ。密猟者の逃亡。もしかすると後ろに大勢いる、組織的な犯行かもしれない。

「くくくっ、これで終わりだと、いいがなあ?」

 フィアが不吉なことを口にした。

 三人の間にすぅと不穏な沈黙が流れる。

「なっ、ふざけんなよー金星! パイって言ったら、檸檬にカスタード、とにかく果物と甘いものって、相場が決まってるだろ!」

「でも、ミートパイもおいしいですよ。せっかく新鮮なお肉があるんですし」

「果物って言ったら、果物だ!」

 前方で言い争う声が聞こえて、深刻な空気が消し飛んだ。

 前を行く少女がふんわりと黒髪を揺らして振り返って、小さく叫んでくる。

「レイン先輩は何が食べたいですか? ミートですよね?」

「私は桃を提案しよう」

「俺様はキッシュだな」

 聞かれてもいない二人が答える。金星はそれに悩むようなそぶりを見せてから、手を叩いて喜色に顔を染めた。

「そうですよ! まず生地を四等分してですね。それから、それぞれの生地に好きな具を入れて、最後に合体させればいいんですよ!」

 本当に無茶苦茶な奴だ。

 金星の決定にレインはそっとため息をついた。だが、不快ではない。どちらかというと微笑ましい気分だった。


  ◆


 建物の中で、西洋訛りの強い男は頭を垂れていた。

 向かいに座るのは、彼を雇った主人だ。

「待機していろ、と命じたはずだが、自警団に捕まるとはどういうつもりだ?」

「せっかくの機会でしたので……申し訳ありまへん」

 主人は無言で立ち上がる。そのまま男の横を通り過ぎて、大きな窓際へ行くと、軽く口笛を吹いた。同時にバッサ、と羽音。蒼空の向こうから大鷲が飛んできて、男の手袋の上に止まった。

 人に懐かないはずの斑赤大鷲。その細い足には、星くずのような金属が巻かれている。

「それはいったい……?」

 怪訝な表情で尋ねる男に、主人は冷たい目を送った。

「私の目だ。サリア砂丘に隠れながら、フロスベル保護区を探っている。……そうか、やはりあれは岩山か。ふむ、それだけわかれば……お前はもう用済みだ」

 辛辣な言葉には一片の愛情も見受けられない。主人は、彼の飼い主ではなく、大鷲の足に巻いた星くず――青星石によって、大鷲を操ってもいるだけだからだ。

 薄い青星石では長い時間は手中に収められない。星くずの剣が手に入ればと思うが、あれは選ばれた保護官だけが持てる、世界に七本しかない剣だ。そうたやすくいくまい。

 だから主人は男をフロスベルへやったのだが、男は無駄な欲を出して、自警団につかまる失態を晒してくれた。煩わしく思う反面、フロスベルへもぐりこんだ鷹の目へ抱いていた不信感は薄くなった。鷹の目は本気で、この男に従っている。

「二度はないと思え。お前はふたたび、フロスベルで鷹の目と接触しろ」

「わかりやした。決行は、何時で……?」

「タラニスが終わってからだ」

 主人はどこにでも行けと大鷲を解放する。

 大鷲は、青い空に数枚の赤い羽根を残して飛び去った。

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