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辺境の村の幻獣保護官  作者: 和花
第二章 見習い保護官と精霊祭
17/82

2-9

 夜になると、全員に林檎酒が振る舞われた。この辺りで採れない林檎を使った酒は精霊たちに大人気で、一日目の夜にみんなで飲むのが決まりらしい。

 甘みの強い酒で乾杯した後はそれぞれの家へ帰っていく。保護官たちは風車小屋で過ごすことになっていた。二階部分の部屋を借りるのだ。歯車の音が気になるのが難だが、ここを使っている間は温泉へ入り放題なので嬉しい。男女共用なので、使う時は性別が書かれた板をノブへぶら下げるのだという。

「覗きなんてしようものなら、村中の女から袋叩きだからな。安心して入ればいいぞ」

 フィアが教えてくれたので、さっそくその通りにして温泉へ入ってきた。ほくほく温まると、寝間着姿で布団へもぐった。

(ふう、やっと休めるわ。今日も一日、色んなことがあったな……)

 とりわけ、意味もなく絶壁を登ったのが忘れられない。そのことを考えると急に疲れを感じて、金星は目を閉じた。

 目覚めたのは夜半過ぎだ。いつもは朝までぐっすりだが、妙な胸騒ぎを感じて起きあがる。夜光花精霊が、金星の頭上をくるくる回っていた。保護官の見極めのほかに、危険を察知するのもこの精霊の特性だ。

「君が起こしてくれたの? でも、どうして……何かあったの?」

 窓から外を眺めると、風がいつもより悲しそうにうねっている。

(でも別に、何もおかしな……あれ? あれは、何だろう)

 川の向こうに小さな光が揺らぐのを感じた。目をこらすと、赤い炎を抱えた人影が二つある。何事か話していたようだが、その内の一つが川を渡って村へ近づいてくる。

(村の人って訳じゃなさそうだし……でも、祭りの行事の一環かも?)

 無理やり納得しようとしたが、どうしても訝しさが消せない。

 金星はこっそりと様子を見ようと思って、寝間着の上にケープをまとった。

 外は薄暗く、静かだった。息をひそめて慎重に石階段を上がる。村へ入ったところで、ばたんと扉が開く音がして、金星は反射的に、家の横へ置かれた大樽の後ろに隠れる。扉から出てきたのは大柄な男だった。

 金星は息をのんだ。男が背負う針草繊維の網で出来た袋の中に、たくさんの精霊たちが詰められているのが見えた。乱暴な動作で歩く男の背中で袋が激しくゆすぶられる。だが、精霊たちが目を覚ます様子はない。

(いったい、どういうことなの……?)

 普通の状態とは思えない。男は密猟者なのだろうか……。

 金星は音をたてないようにして、近くの民家に侵入した。不用心なことに鍵はついていない。扉を開けて、寝ているペルー夫妻の体を揺さぶる。

「ペルーおばさん、密猟者らしき男の人がいて……起きてくださいっ」

 耳元で小さく叫ぶが、ペルーおばさんはますます寝息を大きく、体をごろんと横にして深く寝入ってしまった。全く、目覚める気配がない。隣の旦那さんも同じで、音を立てても布団を引っぺがしてもお構いなしだった。

(うぅ、どうしよう。こうしている間にも、精霊たちが攫われちゃうかもしれないのに……うん! こうなったら、わたしが何とかするしかないわ)

 とりあえず男たちを尾行しよう。何かあったら、養母の月夜仕込みの護身術で男たちをやっつければいい。金星は厨房からこん棒を失敬して外へ飛び出す。

 黒いケープをまきつけて目立たないようにしながら、早歩きで男たちが話していた場所へ向かう。

 川の石橋の手前で男の背中に追いついた。男の歩く先、川の対岸に箱付きの馬車が置かれている。男は袋を荷台に積みこんで、御者台へ移動する。

「ちゃんと全部の精霊を連れてきたんやな?」

「ああ。これでたんまり金が入るぜ。だれも馬鹿みたいに眠ってるし、まったく楽な仕事やったわ」

「おい、町で売りさばくまでが仕事や。気ぃ抜いたらあかんで」

 金星はこっそりと近づいて、袋が入れられた荷台に潜り込んだ。薄い木の壁で隔てられた御者台からは、男の声がよく聞こえる。きつい西洋訛りの言葉だ。

(やっぱり、密猟者なんだわ。でも、どうしてこんなことをして、お金を手に入れようとするのかしら)

 疑問と同時に、ふつふつと怒りがわいてくる。精霊たちは限られた三日間を楽しもうとしているのに、それを奪い、あまつさえ好事人に売りつけようとするなんて許せない。

 金星は袋を手に降りようとするが、壁から突き出た銀輪に固定されていて外せない。固い結び目と格闘するうちに馬車が走りだす。馬車の車輪が小石をまきあげた衝撃に、小さな声が漏れた。

「な、なんだぁ?」

 声の主は、袋詰めにされたエコーだ。目を覚ました彼に、静かにしてと指を口元に持っていったが遅かった。

「お前、こんなところで何して……って、これは何の冗談だよ!」

 小さな樹精霊は己の現状に気づいて甲高い少年の声をあげる。がたっ、と御者台で男たちが身じろぎする。

「なんか聞こえへんかったか?」

「おいおい、精霊は村の奴ら同様、夢の中でぐっすりのはずやろ。お前の気のせいと……って、ちぃ! 話が違うやんか!」

「どうしたん?」

「追ってが来る! 早くずらかるぜ!」

 風を切り裂いた鞭の音が宵闇に響き、馬車の速度が跳ね上がった。金星は袋に抱きつく形で体を支える。

「おい下僕! 何が起きたんだ? どういう状況だよっ」

「えっと、精霊たちは薬で眠らされているみたいです。状況は……今確かめます」

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