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辺境の村の幻獣保護官  作者: 和花
第二章 見習い保護官と精霊祭
16/82

2-8

 森を抜けた先は花畑になっていた。曲線を描く朱色の花びらの、可愛らしい花が視界を埋め尽くしている。

「うわぁ。綺麗ですね」

「まさしく、秘密の場所だな! すっげー、リリファの花畑だぜ」

 花畑の中央に石の丸机と椅子があり、目的の人物はそこに座っていた。

「何か用か?」

 金星が近づくとレインは無関心な青灰色の瞳を向けた。

「いえ、とくには」

 聞きたいことがあった気がするが、何だったか忘れてしまった。金星は小さく苦笑して椅子に腰を下ろす。レインは相変わらずの黒装束だ。好きな色だろうか? そんなことを思いながら、口を開く。

「レイン先輩は、ここで何をしてるんですか?」

「別に」

「お祭りには加わらないんですか?」

「加わるが?」

 そっけない返答に、もしかしてうっとうしいと思われているのかもと頭の隅で感じつつも、会話を続ける努力をする。

「あの、ここが先代の特等席だと聞いたのですが、先代ってどんな人だったのですか?」

 はい、いいえ、で答えられない質問をぶつけると、レインは何とも言えない苦々しい表情になった。視線を外して薄紅色の花を眺め、ふたたび金星を一瞥してから今度はあらぬ方を見る。

「春の風のように穏やかで、とらえどころのない人だった」

 どことなく寂しさをはらんだ声に、金星は開きかけた口を閉じる。だった、と過去形で言ったのはどういう意味か。なんとなく、アンクタリアへ入った今ならわかる。

「そうですか……」少しの間隔をあけて、金星は続ける。「わたしの実の母も、幻獣保護官なんです。ほとんど覚えてないですけど、小さい頃、母にドラゴンの背中へ乗せてもらったことがあるんですよ。空を飛んだときは、すごく怖くて、でも、とても心地よかったです。それでわたしは、こんな素晴らしい生き物たちを守る……幻獣保護官になろうと思ったんです」

 その日を思い出すように目を閉じて、風を感じた。春の風は暖かくて、優しい花の香りを運んでくる。

「金星」

「なんでしょうか?」

 目を開けると、レインは青灰の瞳に少しだけ穏やかさをにじませて金星を見ていた。黒い髪が春風にそっと揺れる。そう言えば、彼に名前を呼んでもらったのは初めてだと、どうでもいいようなことが思い浮かんだ。

「アンクタリアに入ったら、お前をつれていきたい場所がある。ただし、道中では黙って俺に従ってもらうからな。気をつけろ」

 レインはアンクタリアに連れていく約束を忘れていなかった。この人はきっと真面目な人で、嘘はつかないだろうと感じていても、あらためて言われると安心できる。

「えへへっ、そう言えば、その言葉を聞きにきたんでした。得した気分です」

 嬉しくなって満面の笑顔で立ち上がると、エコーが戻ってきて金星の肩に乗った。その手には小さな花がある。

「おい下僕! これ、蜜が上手いんだぜ。吸ってみろよ」

 ずいっと薄紅色の花を差し出される。樹精霊の手と同じほどの小さな花だ。

「え、これって、どうやって……」

「茎を千切って、花の後ろ側から吸えばいい。先代もよくやっていた」

 レインは傍らの花を摘んで、手本を見せてくれる。金星も真似して恐る恐る蜜を吸ってみると、甘い汁が舌の上に転がった。

「あっ、結構おいしいですね。なんか病み付きになりそうです」

 しっとりとした甘さで口に優しい。これならいくらだって飲めそうだ。エコーに礼を言うと、彼は得意気な表情でふふんと鼻をつきあげた。

「そろそろ戻りますね」

「そうだな。俺も祭りに加わるか」

 金星は、先に歩き出したレインを追うようにして進む。肩に乗ったエコーが足をばたつかせながら、緑色の瞳で不思議そうに金星とレインを見ていた。

 森を抜けたところで、エコーは納得いったとばかりに軽く手を打った。

「お前がなんであんな苦労して登ったか疑問だったが、わかったぞ。逢引だな!」

 耳元での甲高い声に驚いた金星は、彼の言葉の意味を悟るなり、ぶんぶんと首を振る。

「ちっ、違いますよ!」

 真っ赤になって否定するが、金星の長い髪にビンタされる形で「うおぅ」と弾き飛ばされた樹精霊は聞いていなかった。

「照れるなよー。おれたち樹精霊だって、リリファの花畑で愛を語らうんだぜ。あの花の元では千年の恋も覚めるって言うからさ、花の呪いを乗り越えてあの場所で愛を誓えば、ぜったいに別れないとか、なんとか」

「だから、違いますって。わたしとレイン先輩はただの上司部下の関係ですっ」

 小さく咎めつつ、ちらりとレインの様子を窺う。彼は背後の騒ぎ声に興味がないのか、素知らぬ顔で崖際の背の高い草をかき分けていた。

 金星もエコーも騒ぐのをやめてそれを凝視する。

「レイン先輩、いったい何をしてるんですか?」

 草の中から現れたのはフロスベルに似つかわしくない金属質な機械だ。レインはそれを軽く操作する。すると、崖下からヴィーンと蝉のような濁声が聞こえてきた。

「あの……それはいったい……」

 現れたものを見て、金星は表情を凍らせた。隣でエコーがため息をつく。

 三人くらいが乗れそうなリフトが、崖に設置されている。

「ここへ上り下りするのに使う機械だ。早く乗れ」

「待ってください、だったら、これは何なんですかっ?」

 金星が少し離れた場所にある突き出た岩の道を指さす。もうなんとなくわかっていた。早くとどめを刺してほしい。

「それは昔使っていた道だ。あまりに危険だから、五年ほど前にこのリフトが造られた。それがどうかしたのか?」

(登っている間、何かおかしいとは思っていたのよ。でも、フロスベルにこんなハイテクな装置があるとは、思わないじゃないっ!)

 宙に浮かびながら腹を抱えて大笑いするエコーと、訝しげに眉を寄せるレインを、金星は情けない気持ちで見つめていた。

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