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辺境の村の幻獣保護官  作者: 和花
第二章 見習い保護官と精霊祭
15/82

2-7

 虹精霊に対抗して、雨精霊が綺麗な虹を作る。それを見た虹精霊はさらに綺麗な虹を作って……低空に何重もの虹が重なる。雪精霊がそこら中に雪を降らせ、と思えば花精霊が雪の上に紫陽花を咲かせる。

 そんな感じで、精霊たちは好き勝手に遊びまわっていた。見守る村人たちも野次や歓声を飛ばしながら一緒になって騒いでいる。

 金星も彼らに混じって楽しんでいたが、その内にエコーが飽きたようだ。

「なあ、お前! なんか秘密の場所とかどこでもいいから、行け」

「そんなこと言われましても……」

 秘密の場所なんて、知るはずがない。

 しばらく考えた金星は、当初の目的を思い出して実行することに決めた。

 つまりはレインの探索だ。

「レイン先輩が、どこに行ったか知りませんか?」

 手近な人に尋ねると、全員が同じようなことを言った。

「そりゃあ、先代の特等席じゃないか? 酒蔵の裏から小高い丘を楽にのぼった先さ」

 というわけで金星はさっそく酒蔵の裏へ来て、丘へと登っているのだか……。

「楽に登って……って、言っていましたよね。間違いなく」

「おうとも。みんな口をそろえて言っていたぜ!」

 先に行くエコーは、背中についた虹色の羽をぱたぱた動かしながら、真下を見た。金星は「ですよねぇ」と呟きつつ、慎重に石をつかむ。

 断崖絶壁、である。

 酒蔵の裏は崖になっていて、赤茶の土をむき出しにしてそり立つ壁に、階段代わりに石の取っ手がついていた。緑の大地は三十メートルほど上にある。そこがおそらく先代の特等席なのだろうが、あまりに驚きの道に金星はしばし言葉を失ってしまった。

 が、突っ立てるわけにもいかないので、とりあえず登ってみる。

 石は意外としっかりしていて、はじめこそ怖かったものの、だんだん登るのが楽しくなってきた。しかしこれは、どう贔屓目に見ても楽な道とは思えない。

(フロスベルの人って、案外アクレシッブなのかもしれないわ)

 足を滑らせれば、間違いなくあの世行きの高さだろう。怖いので出来るだけ下は見ないようにする。息を切らせながら、やっとのことで崖を登りきった金星は、草に足をつけてようやく安堵の息をもらした。しかし、帰りもあるのですぐに暗澹とした気持ちになる。

「エコーさん、帰りはわたしを持ち上げて運べませんか?」

「無理。せぇっったい、無理!」

 縋るような台詞に小さな樹精霊はにべもなく首を振った。

「はあ、やっぱり無理ですか。ということは帰りも……考えないようにします」

 金星は樹精霊から目を離して、正面に広がる大地を見渡す。

 丘の上は小さな森になっていて、細い一本の散歩道が通っていた。そこを抜けた先が『先代の特等席』らしい。

 小さな森はアンクタリアと違って、陽の光が降り注ぐ明るいものだ。ゆったりと立ち並ぶ木々の、大きな楕円形の葉がそよそよと騒いでいる。吹き抜ける風は甘い花の香りを乗せていた。

「のんびりしますね、エコーさん」

 深く息を吸い込んで、肺いっぱいに甘い匂いを満たす。飛ぶのに疲れたのか金星の肩に腰掛けたエコーは、頭の後ろで手を組んで目を閉じた。

「呑気な新人だな。こんな辺境の田舎へ来て、つまんなくないのか?」

「フロスベルはとってもよい場所ですよ。食べ物は美味しいし、空気は綺麗だし、一面の草原も素敵です。そして何より、いろんな動物や幻獣がいます」

 わたしはまだほとんど見れていませんが、と苦笑する。エコーは呆れたように半眼になった。ちっ、ちっ、と指を振るう。

「それが、退屈って言うんだよ。本当に、なんにもないじゃん。おれだったら、もっと色んな珍しいものがある都会で、珍しいものを見て回るぜ」

「エコーさんは、都会に興味があるんですか?」

 金星が住んでいた鏃国の近くには大都市の帷子がある。たまに養母と買い物に行ったが、確かに一日で回れないくらい珍しいものづくしだ。

「興味はあるね。蟻ほどの数の人間どもが生活してるんだろ? おれたちの暮らす場所を切り倒してまで広げた町がどんなのか、見てみたいじゃん。さぞや凄いんだろうな!」

 皮肉ではなく純粋な期待に満ちた瞳に、金星は悄然とした気分になった。

「……そんなに、たいしたものじゃないですよ」

 ぽつりと漏らす。

 今の時代、大きな町は人間の暮らしやすい土地になっている。道路は石畳を敷きつめてきちんと整備され、移動には馬車のほかに鉄道も使われる。家の傍には便利な大型商店。売れ残りの商品は捨てられるという。水を汲まなくても水道が通っているし、竈は石炭コンロにとって替られ、街はガス灯で夜でも明るい。

 とても暮らしやすい場所だが、金星は便利になった世の中を素直に喜ぶ半面、どこか息苦しさを感じることがあった。

「きっと、本当に大切な物はどこにでもあるんです。でも、あの都会はそれを消してしまっている、そんな気がするんです」

「はあ?」

 考え込みながら話す金星にエコーは素っ頓狂な声をあげた。

「お前、むつかしいこと考えるなあ」

 それから、樹精霊はとっておきのおもちゃを見せる子供みたいな顔をした。

「どこにでも楽しいもんがあるさ。人間はそれを見つけるのが下手くそで、おれたち精霊は大得意なんだ」

「そうですね。精霊たちは、みんなとっても楽しそうです」

 先刻、陣の中から飛び出した彼らは、もうフロスベル村にとけこんで騒ぎ放題だ。一年ぶりに外へ出られたのが嬉しいのだろう。

(本当に、精霊も幻獣と同じで、純粋な生き物だね。わたしは、少し彼らが羨ましいのかも……)

 子供のように純粋な精霊。きっと彼らの瞳に映る世界は、さぞや美しい。しかし、精霊たちは三日が過ぎるとまたアンクタリアの奥へ封印される。

 元々は、精霊たちが勝手に天候を操ったり、冬なのに花を咲かせたりしたから、高名な魔術師が四大精霊以外を奥地へ封印したと聞いた。精霊たちの所業も困ったものだが、金星は彼らが少し哀れになった。

 自由を奪われ、封じられるというのは、どんな感覚なのだろう。

「あの、エコーさんが普段いる場所ってどんなところですか?」

「封印されてる間のことなら、おれたちにとっては眠ってるようなものだから、よく覚えてないぞ。お前も寝てる時の夢なんていちいち覚えてないだろ?」

 エコーの声は気楽そうで安心する。気がかりなことはあるが、彼らが納得しているならいいだろう。喉に魚の小骨が引っかかったような違和感があるが、考えないようにする。

(とりあえず、アルベルトさんにも言われたとおり、今は祭りを楽しもう……うん!)

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