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辺境の村の幻獣保護官  作者: 和花
第二章 見習い保護官と精霊祭
14/82

2-6

 ウンリュウたちの傍を離れた金星は、銀のシートの上でわいわいと騒ぐ男女と精霊たちを横目に歩いていく。

 さすがに毎年開くだけあって、久しぶりだなあ、とか元気にしてたか、とか親しげな言葉も聞こえてきた。

 ざっと見た村の人間は一〇〇人程度。仲良く雑談する人たちの中には、アルベルトとアンナの姿もある。

(レイン先輩はやっぱりいない……どこに行ったのかしら?)

「おっ、お前、見かけない顔だな」

 騒がしい道を歩いていた金星の鼻先に、小さな指が突き付けられた。金の巻き毛と愛らしい緑の瞳。男の子の姿をした樹精霊が、金星の目の前にふわふわと浮いている。簡素な白い服に首元の緑色のスカーフ。背中には薄い虹色の蝶みたいな羽があった。

 それを見た金星は頬をかすかに上気させて、にっこりと微笑んだ。

「わたしはここの新人幻獣保護官見習いの金星です。あなたは樹の精霊ですよね?」

「おれはエコー・エルス・クディオだ」

 樹精霊――エコーは、背中をそって得意そうに言う。精霊というより幼い男の子のようで微笑ましい。

「わたし、精霊さんを近くで見るのってはじめてです。さっそくですが、ちょっと触ってもいいですか?」

 ファンタジー小説にでも出てきそうな可愛らしい姿に、どんな感触がするのだろうとうずうずしながら手を伸ばす。

 金星の期待に満ちた表情にエコーはちょっと目を細めて、それから腕を組んで偉そうに高みから見下ろした。

「お前がおれの下僕になるなら許可する」

「はい、なります!」

 言うや否や金星は手を伸ばして優しくエコーをつかむ。腹をつままれたエコーはむぎゅうとつぶれた変えるみたいな声を出す。

「な、なりますってな、お前そんな簡単に言っていいのか! 下僕だぞ!」

「下僕って、お手伝いさんみたいなものですよね? こう見えてもわたし、雑用は得意なのでお安いご用です」

「おれが豚の振りをしろと言ったら、お前はぶぅぶぅ言わなきゃなんないんだぞ。それでもいいのか!」

「ええ、全力で頑張りますっ。わたし、豚さんはあの鼻としっぽが可愛らしいと思うんですよ。でも、豚さんを同じ場所に入れておくと、ストレスで互いのしっぽを食べちゃったりするんですよ」

「どうでもいい話をするな~!」

 手の中でばたばたと暴れている精霊の、ほっぺたを指で触る。人肌みたいな感触だが、どことなく体温が低い気がする。

(は、初めて……ここに来て初めて不思議生物に触ったかもしれない。やっぱり精霊って、人間とは違うっぽい感触なのね。うぅ、幸せ~)

 幻獣保護官になって二週間以上だったが、やったことといえは読めない言語の書き取りと、氷砂糖を鍋で溶かす作業だ。

 過去をしみじみと思い返しながら、うっとりと精霊に頬ずりする金星を、つかまれた本人は呆れたように半眼で見ていた。

「おい、どうしたんだエコー。お嬢ちゃんに甘えてんのか?」

 近づいて来たのは赤ら顔の背の高い男性だ。二十代後半ほどの彼は、麦酒のたっぷり入った木のコップを傾けて酒を飲みながら、にやりとエコーに目を向ける。

「違わい!」

「そうですよ。わたしが甘えさせていただいたんです」

 そっとエコーを解放すると、彼は異常がないか確認するみたいに体を伸ばしたり、回転させたり、こきこきと首を振ったりした。

 赤ら顔の男はデニムという名前だと、彼の隣にいたペルーおばさんの旦那さんが教えてくれた。口は悪いがいい奴らしい。

「なあお嬢ちゃん、精霊が好きなのか? わりいこと言わないから、こいつらと係わるのはやめておけ」

「どうしてですか?」

「そりゃあ、三日しかいねえわけだし、無駄だよ無駄。どーせいなくなるんだから、初めからいねえと思って無視してりゃあ、いんだよ」

 デニムは吐き捨てるように言って酒をあおる。旦那さんが窘めるような視線を送り、エコーは反感の色をあらわにした。

「なんだとぉ? おれはここにいるぞ! お前、目ぇついてんのか!?」

「いないと思って、っていっただろ」

「いないと思っても何も、おれはここにいるぞぉ」

「ったく。精霊にゃあ、曲解な解釈が出来ねえのかよ。馬鹿だろ」

 思わずという風に呟いたデニムの右手を、旦那さんが引っ張った。

「悪いね二人とも。このとおり、アホな酔っぱらいだから見逃してやってくれ。ほら、行くぞ酔っぱらい!」

 そのままデニムを強引に引きずりながら離れていく。二人を見送ってから、エコーが仕切り直しとばかりにぶんぶんと腕を回した。

「おい下僕、行くぞ!」

「えっ、え? 行くって……どこへ行くんですか?」

「どこでもいいんだよ。三日三晩、遊びつくしてやるぞっ」

「はい! ふふっ、精霊さんと遊ぶ日が来るなんて、思いませんでした。何をして遊びますか?」

「お前が決めろぉ!」

 小さな精霊の力強い言葉に押されるようにして、金星は足早に歩きだした。

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