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辺境の村の幻獣保護官  作者: 和花
第二章 見習い保護官と精霊祭
13/82

2-5

 精霊祭はまさにフィアの言葉通り、飲んで、食って、騒いで、歌う。

 家と家の間の馬車道に銀色の布が敷かれ、その上に葡萄酒と蜂蜜酒が詰まった大樽。瑞々しい赤の林檎や綺麗なたまご型のマンゴー、木苺にライム、檸檬など色とりどりの果物。それから精霊と同じ数の、深い銀の器に注がれた薄緑色の薬草酒。同じ数の、浅い銀の器に入れられた星のような金平糖。

 精霊たちは器の物を飲み食いし、それを食べてしまったらお代わり、あるいは他の酒や果物に手を付ける。村人たちは酒を飲んで、赤ら顔で陽気に歌をうたって騒ぐ。村の女性たちは料理を用意して、布の上で三度の食事をとるのだ。

 幻獣保護官も拠点に戻らずに、三日をここで過ごすらしい。村はずれの風車小屋の空き部屋へ、泊ることになっている。

「いやあ、金星がいるだけで新鮮な気分になるなあ」

 ウンリュウが盃に口をつけてしみじみと声を出した。彼とフィアはさっきから水を飲むように葡萄酒を口にしているが、まったく酔う気配がない。

 金星はフィアの傍にある大樽の中身は本当に酒なのだろうかと思いながら、ウンリュウの隣に腰掛けた。

「新鮮な気分って、どうしてですか?」

「じつはな、四年前からフロスベルは危機に立たされている。ぶっちゃけると、精霊祭まで残っていた新米保護官って、ここ最近では金星だけだ」

「ええと、新米の方がいなくなるのは、アンクタリアが原因でしたっけ?」

「そうだ。最近の若いもんは、ちょいっと狼に腕を噛みちぎられそうになっただけで、やめやがるんだぜ」

 嘆かわしいというように肩を落とすウンリュウに、金星は複雑そうに言う。

「わたしでもやめると思います、それ……」

 動物は好きだが、例えば気が立った熊など、こちらの命が危険な動物にまで博愛精神をもって接する勇気はない。おそらく冷静な対処をしてしまうだろう。

(仲良くできればいいんだけど、誇り高い動物や幻獣もいるし、難しいところよね。うーん、とりあえずっ、噛まれないようにしよう!)

 破傷風の危険性もあるし。

 そんなことを考えていると、なんだか新米の幻獣保護官がすぐやめるのにも頷ける。家から通える仕事じゃないし、危険も盛りだくさんだ。とりわけアンクタリアは『悪魔の土地』と呼ばれる場所なのだ。

「ウンリュウさんも、やっぱり、最初のお仕事はおっかなびっくりだったんですか?」

 飄々とした彼からはとても想像できないが、彼にも金星のように何も知らない新米の頃があっただろう。金星の疑問を聞いたフィアは、毛玉を見つけた猫みたいに目を細めて楽しそうな表情になる。

「ふふふ、こいつがここへ来たのはちょうど七年前だ。なんと、初日にアンクタリアに行ってだな」

「待て待てフィア! 黙れって!」

 ウンリュウが手を伸ばして、妖精の黄色の頭をわしゃりとつかんだ。彼の首で、後ろ髪が尾っぽみたいにちょこんと跳ねる。頭をつかまれたフィアは、しかし冷静な態度を崩さず、にぃと唇を弧の形にした。

「んん、私は金がなくてな、新しく出た本が買えないんだ」

「本? この前に街で大量に買ってただろ」

「こいつはアンクタリアで――」

「買ってやるよ! 買えばいいんだろうが」

 どことなく疲れたように言って腰を下ろす。フィアは何事もなかったみたいに涼しい顔で盃を口にした。どうやら、ウンリュウよりもフィアの方が立場は上のようだ。

(それにしても、フィアさんって何歳なんだろう)

 姿は金星より年下だが、妖精なので軽く数百歳を超えている可能性もある。不思議に思ってじろじろ見ていると、ウンリュウに後ろ襟をつかまれた。

「それよりお前、レインの所にでも行って来いよ」

 ぼそりとした言葉は、余計な事を言う前にどこかに行け、との意味にもとれた。金星はなんだかなあと思いつつ、レインに聞きたいことがあったので、素直に立ち上がった。

 背を向けて去ろうとした時、ふと、いつかのレインの言葉を思い出す。

「そうえいば、レイン先輩がいつも一人で見回りしてると言っていたんですけど、お二方は普段どんな仕事をしているんですか?」

 ストレートに疑問を口にすると、ウンリュウとフィアは顔を見合わせて、示し合わせたように悪戯っ子の笑みをつくった。

「俺様は町で賭け事とかをだな」

「私は書斎で読書だが問題あるか?」

「……そうですか」

 見張り手と管理者は、アンクタリアに入る気はさらさらないらしかった。

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