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辺境の村の幻獣保護官  作者: 和花
第二章 見習い保護官と精霊祭
10/82

2-2

「葡萄酒十樽に、蜂蜜酒は五樽」

「あいよ。用意できてるぜ」

「薬草にブランデー、色とりどりの氷砂糖は?」

「もちろん、材料もちゃんと買った」

「銀の器はあるかい?」

「この中だ」

 ペルーおばさんの前に、ウンリュウは大人が二人くらい入れそうな大きな木箱を置いた。ふたを開けてみれば、中には磨き上げられた銀色のお猪口が重ねられていた。

 金星は小高い丘にあるフロスベル村へ来ていた。精霊祭は、幻獣保護官だけでなく、ここの住民も協力して行われる。

 これから、保護官と村の人とで精霊を迎えるための準備をするのだ。買ってきた酒に器はそのまま、男たちは何十種類の薬草を刻んで薬草酒を造り、女たちは色とりどりの金平糖を用意する。薬草酒は長閑に広がる森のようにゆっくりと注ぎ。金平糖は夜空の星を落とすように、ばらばらと何百個も銀の器の中へ降らせるのだ。

 精霊祭は、毎年の春に行われる。

 アンクタリアの奥深くに封じられた精霊たちを年に一度だけ解放し、自由を満喫する彼らにご馳走を用意してもてなすのが、精霊祭の趣旨だという。

 精霊祭は一週間後だ。薬草酒を造る作業は、アルベルトの家の向かいにある酒蔵、金平糖は風車小屋の隣にある高床式の倉庫で行われる。

 準備のために、男と女に分かれて歩き出そうとした時、アルベルトがこっそり金星に耳打ちした。

「倉庫へ行く前に風車小屋へ行ってきなよ。許可は取ってあるからさ」

「風車小屋ですか?」

「うん。あそこは温泉になってるんだ。昨日、俺のせいで金星ちゃんが汚れちゃったから、洗ってきなよ」

 快活とした声だが多分に申し訳なさを含んでいる。ずいぶん責任を感じているようだったので、金星はぶんぶんと首を振った。

「あれはわたしの不注意が原因なので、ほんと、気にしないでください! でも、温泉は嬉しいです。ゆっくり、体を洗いたいと思っていたので。ええと……わたしはお手伝いしなくて大丈夫ですか?」

「許可は取ってあるって。それに、温泉へ行ってる間に終わるような量じゃないから」

 まだまだ、やることはたくさんあるらしい。そもそも、お菓子に砂が混じったら大変なので、体を洗っておいた方がいいだろう。

 金星は建物が立ち並ぶ道を抜けると、村のはずれにある石階段を下って、川辺に建てられた風車小屋に向かう。

 近くで見る風車は圧巻だった。茶色い塔のような建物につけられた、鳥の骨みたいな網状の四枚羽が、ギィィと歯車が軋むような音を立てて回っている。

「遅い」

 風車小屋の前に立っていた美しい少女が、不満そうに舌打ちした。

「すみません、フィアさん。ところで、ここって……」

「無駄話は後だ」

 塔の中に消えていく波打つ金髪の後姿を慌てて追う。細い通路は薄暗い。横の柵から下を覗くと、複雑に絡み合った大きな歯車がくるくると回転している。

 フィアは通路をまっすぐ進んで奥の扉を開いた。

「わあぁ~、凄いです!」

 金星は思わず歓声を上げる。

 暗い通路を進んでいたからか、目の前がやけに明るく開けて見えた。広い浴場。紺色のごつごつした石に囲まれて、湯気に包まれた水面が静かに揺らぐ。手を入れてみると、ほのかに暖かくて、ぽっかりとした気分になった。

「凄いですね、どういう原理なんですか?」

「水は風車で川からくみ上げているが、あとは知らん。それより、石鹸などはそこへ置いているから、好きなだけ使えばいい」

「フィアさんは入らないんですか?」

 出ていこうとする後姿に声をかけると、フィアは馬鹿にしたように金星を見た。

「私にその必要があるとでも?」

 フィアは保護区の責任者――つまるところ妖精だ。たしかに、妖精が風呂に入っている図はちょっと想像できない。

「あはは、そうですよね。わざわざ案内してくれて、ありがとうございます」

「……ふん。石鹸は星型のやつをつかえ。私の特製だ」

 フィアの後姿にぺこりと頭を下げてから、金星はうきうきと服を脱ぎ始めた。西大陸にはあまりこんな施設がないと聞いたので、これは意外で嬉しかった。

 温泉の傍には桶に入れられた洗面具がある。金星は、フィアに言われたとおりに星形の石鹸で体を洗う。石鹸からはふんわりと花の香りがした。

 体を流して肩まで湯船につかると、なんだか眠る前みたいにまどろんだ良い気持ちになる。水は透き通っていて、底の石がはっきりと見える。

 顎まで湯につけながら、金星は久しぶりにのんびりと体を休めたのだった。

 温泉から出ると、風車小屋の隣にある倉庫へ入る。

 壁に埋め込まれた光草が倉庫内を明るく照らしていた。倉庫の中央には、回転する銀お鍋があって、その中から甘い香りが漂ってくる。

 女性の一人が木箆でかき混ぜて、もう一人がときおり蜜を入れていた。他の女性たちは壁際の小さな鍋で、氷砂糖を溶かして蜜を作っていた。フィアの姿はないようだ。

「あの、わたしは何をすればいいでしょうか?」

「あんたも、氷砂糖を溶かしておくれ」

「了解しました」

 金星は隣の人の作業を見ながら、彼女たちと同じように蜜を作っていく。鍋から立ち上がるほんのり甘い湯気は、ほわほわとしばらく室内を漂って、倉庫につけられた煙突から外へ抜けていく。

 大鍋をかき混ぜる役は交代制だった。台に上った金星が木箆を動かそうとすると、思いのほか力がいった。砂糖菓子も数が集まれば、ねっとりと重い。

「これ、結構きついですね。なにかコツとか……」

「作業中は私語厳禁だよ」

 色とりどりの金平糖を作るために、作業は無言のまま延々と続けられた。

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