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学年1位なお嫁さん

「朝倉……?」

 さん付けはまたし損ねた。

 自転車を適当にとめて俺は朝倉のもとへと近づく。外観の差がほとんど感じられない多数のお墓の一つの前に朝倉は立っていた。


「田口くん……あ~もう、最悪。田口くんにはいつも見られたくないことばかり見られる~~」

「見られたくないって……」

 地味だがきれいな供えられた花束、煙のあがっている線香、かけられた水はいまだ乾いておらず、たった今お墓参りが終わったことが示されていた。

「お母さんのお墓」

 朝倉がなんてことないように言う。

「亡くなったの、去年の夏に」

 その裏にある悲しみを俺が完全に分かることはできない。

「そう……なんだ……」

「うん。癌と3年以上も闘って……若くて病気の進行が早いのに長く持ったほうだってお医者さんは言ってた」

 癌が見つかったのは母親が50歳、朝倉が中学2年生のときだったらしい。50歳でも癌患者としては若いほうだと朝倉は説明を追加してくれた。


「私ね、お母さんが病気だって分かったときお医者さんになろうと思ったの。そして自分の手でお母さんを治すんだって。今思えば馬鹿だよね、研修医でも何年先だって話なのに」

 俺は何も言えなかった。朝倉は哀しい顔はしていない。ある程度母親の死を消化しているのだろう。むしろ少し笑顔に見えるくらいだ。

「元々けっこう賢かったのに中2から全力だからね、丸高にも特待生で入れて……お母さんも喜んでくれた。だからもっと勉強したの」

「それで……1位まで?」

「そっ、気づいたら学年1位。だけど気づいたらお母さんは弱っていたの」


 風が少しだけ吹く。朝倉の黒髪が揺れる。


「亡くなったわ、高2の夏、8月25日に」


 朝倉の表情から笑顔が消えた。

 8月25日、朝倉の大切な用事。一周忌。今日はそこからさらに1ヶ月。


「勉強してたらお母さんの容体が急変したって電話がかかってきて……ほんと馬鹿だよね、勉強してて親の死に目に会えなかったなんて……」

 俺は何も言えない。何も出来ない。朝倉の目が微かに潤むのを見守るだけだ。

「お母さんが亡くなったらもうお医者さんになる必要がなくなっちゃったの。そして今度は考えるの、お母さん幸せだったのかなって……」

 朝倉が涙を拭う。無理に笑って向けられた顔に俺は一瞬目を奪われた。

「お母さんいつも言ってた、初産が遅くて私1人しか産めなかったって。もっと早く社会に出てれば良かったって。じゃあ私はどうなんだろうって」

「それで……保育士……さん?」

「別にそれだけで保育士さんになりたいわけじゃないよ。単純に子供が好きだからね。いまさら中2のときの感覚で将来を考えているの。ラッキーなことにどこだってA判定なんだから選び放題」

 少しいたずらっぽく、朝倉は再び笑った。

「そういえば、」

 そして何かを思い出したかのように動きが止まる。

「どうだったの? TK大オープン戦」

「ああ……やっぱりTK大は甘くなかったよ、D判定」

「そっか……でも田口くんは素粒子の研究がしたいんだもんね。まだオープン戦はもう一回あるんだから最後まで頑張らないと」



 そうだ、俺は素粒子の研究がしたいんだ。


――俺は、素粒子の研究が――





~~~~



「失礼しまーす」

 一学期の終業式の日、職員室の扉を開けて生徒が入ってくる。3年2組、仲村孝太。優秀な生徒だ。

「仲村は……あった。第1志望TK大は、うーん、E判定か。さすがに厳しいかな」

 ただしTK大を志望するには優秀とはいえなかった。

「でも先生、僕はどうしてもTK大にいきたいんです」

「どうしてだ、地元のQ帝大じゃだめなのか」

「だめです。僕は将来社長になりたいんです。そのためにも学歴が欲しいんです」

「うーん、だけどなー」

 思わず俺は弱った声をあげてしまう。社長ならQ帝大でもなれると思うが……。しがない物理教師にはよく分からない。なんで丸々高校は俺に文系のクラスを持たせたんだか。

「まあ夏の模試だな。受かるやつはそこで悪くてもC判定を出しているんだ。1ヶ月あるんだ、死ぬ気で伸ばしてみろ」

「C判定ですか、わかりました。頑張ります」

「よし、以上だ」

 仲村が席を立って職員室を出ていく。俺は一息ついてペットボトルのお茶を飲む。まったく進路面談は本当にいやな仕事だ。生徒の未来に関わることは簡単に出来やしない。1年生に運動方程式を教えるほうがつまらないけどよっぽど楽だ。




 結局俺は地元Q帝大に進学した。

 Q帝大の理学部にもいわゆる天才はたくさんいた。そしてそういうやつほど新しい研究施設に目がない。そいつらと争うほどの意気込みは俺にはなくなっていた。

 ほどほどに単位をとり、自分に何が出来るかを考えて教師の道を選んだ。別にだから俺の人生がいいだとかわるいだとかではないと思う。本当に研究がしたければもっと勉強すればよかっただけの話だ。




 帰り道、自転車ではなく自動車で国道を走る。生徒として3年、教師として6年、見慣れた光景はほとんど変わっていない。


「ただいま」

「あら、あなたお帰りなさい」

 家に帰れば嫁がいる。あれ、また少しお腹が大きくなったかな。ただ太ってるわけじゃないから嬉しい限りだ。


「ふー、やっぱ進路面談はいやだね」

「あれ、若かりし頃のいやな記憶がよみがえった?」

「別にそうじゃないけど……」

「でも進路面談がなかったら私達、図書館で一緒に勉強なんかしてなかったよね」

「ほんとほんと」


「ねぇ」

「ん?」

「今年は花火どうしよう?」

「ああ、8月25日に被るのか」

「そっ。あのときあなたが誘った日付け」

「よしてくれよ」

「でも私も帰り道でびっくりしたな~。ポスター見てやっと意味が分かったら、まともに喋れなくなったもん」

「そんなときも進路面談のおかげで会えたわけだ」

「ふふ、進路面談さまさまね」


「で、花火をどうするかだっけ」

「あ、そうだった」

「無理に行かなくても俺はいいけどな」

「あら、どうして?」



だって、2人そろって炎色反応の話になるだけだから


ご一読ありがとうございました。

あとがきまがいは活動報告で。


一言でも感想、批評が貰えることをひっそりと期待して

ではでは

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