表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

やりたいこと

 その翌日から朝倉はどこかよそよそしくなった。

 火、水、木、金、午前の課外が終われば午後には図書館で朝倉と会った。それでも何かがいつもの朝倉と違った。俺達の仲は勉強の仲どころか下手をするとそれ以下になっていたかもしれない。それくらい朝倉はよそよそしくなった。


 8月24日、土曜日。俺は図書館に行った。朝倉は図書館に来なかった。

 そして8月25日、日曜日。俺は図書館に行った。朝倉は図書館に来なかった。

 俺は閉館まで残って勉強をした。最後まで朝倉は来なかった。暗くなった帰り道、遠くで花火が鳴った。時間差で夜空が少しだけ明るくなった。


 まずは赤色のが二発、赤だからたしかリチウムの炎色反応か。ついで黄色と緑色、ナトリウムに銅だったかな……。

 駄目だ、全然素直に見れない。

 もし朝倉と一緒に見れたならもっとロマンチックになれただろうか。



 朝倉はこの花火を見てるのかな。



 大切な用事か……。



 朝倉の大切な用事というのが誰かと花火をロマンチックに見ることではありませんように、と俺は祈って家までの道を急いだ。




~~~~



 翌日、月曜日。夏休み終わり最後の1週間ということで課外はなくなった。

 当然俺は図書館に行った。

 そして朝倉は来なかった。

 翌日もその翌日もさらにその翌日も……とうとう夏休みの終わりまで朝倉は図書館に姿を現さなかった。



 そのまま2学期が始まった。普通の学校生活が戻ってくる。

 そうなると俺と朝倉に接点はない。

 びっくりするぐらい話す機会はなかった。むしろこの夏の間が嘘のようだった。


 日付は着実に進んだ。

 いつまでも朝倉のことを気にかけてる場合ではなかった。厳しい残暑で感覚が狂いそうだが試験日はたしかに近づいている。うかうかしていられない。教室の雰囲気は受験一色になっていった。




~~~~


「あ、今日返ってくるのか。」

 突然岸が声をあげた。目線の先では担任の村松先生が何枚か色のついた大きな封筒を持って教室に入って来ていた。

「おい、みんな席ついて。はい連絡です、TK大オープン戦が返ってきました。受けた人は帰りのあいさつの後でとりにくるように。他、なんか連絡あるか?ないか?じゃああいさつするぞ」

 起立、という級長のかけ声と共に皆が立ち、流れるようにあいさつが終わる。じゃっかん騒がしくなる教室で俺と岸は先生のもとに模試をとりにいった。

 他にも3人、合わせて5人が集まり、先生が名前を言う順番に模試を貰った。

 最後は俺だった。そして先生は模試と一緒にそっとメモを渡してくれた。


 進路面談だった。



「よし!」

 岸が判定の紙を見て喜んだ。岸のそれにはBがついていた。

「田口はどうだった?」


 俺は封筒からそれを取り出して机に広げた。俺のそれにはDがついていた。


「……でも、あと12点でC判じゃないか。」

 岸が努めて明るく言うが12点を上げることがそこまで簡単ではないのは俺でもわかる。それにCだって危ないほうだ。9月ももう終わるという時期だ。誰から見ても俺のTK大受験が厳しいことは明らかだった。


 岸とは全教科において点差が開いていた。特に数学と化学は大きく溝を開けられていた。そうして得点を見比べているうちに教室の人口は減っていった。


「そろそろ帰るか。」

 岸がそう言ったが、俺は村松から渡されたメモをひらひらとさせた。


「そうか、頑張れよ。」

「何をだよ。」

 つらかったけれど笑えた。それが俺と岸の仲だった。



 職員室へ向かう廊下を歩く。夏休み前と変わらなかった。涼しくなっただけだ。そして秋が、冬が近づいてきている。



「失礼します」

 職員室の扉を開けて担任の村松先生の席へと向かう。別にいつもが不真面目なわけではないけれど村松は真剣な顔をしていた。

「田口、はっきり言うぞ。正直厳しい。」

「……分かってます。」

 分かってる。だから毎日ずっと勉強している。裏返せばこれ以上勉強して劇的に伸ばすことが出来ない。

「もしTK大を受けるなら今のままだと滑り止めの私立か浪人も覚悟しなくちゃいけない。」

「……最悪は浪人覚悟でも受けます。」

 丸々高校は私立高校だ。浪人の数はなるべく減らして地元のQ帝大の合格者を増やすことが、地元の中学生の親たちへの印象を良くすることにつながる。だから進路面談なんかがある。

「地元のQ帝大じゃ駄目なのか。」

 ほら来た。

「駄目です。」

「どうしてだ。なんでTK大にこだわる?」

「素粒子の研究がしたいんです。」

 しがない国語教師の村松には分からないだろう。オープンキャンパスの後で調べた。地元のQ帝大ではTK大ほど立派な研究施設がなかった。

「素粒子?」

「素粒子です。」

「素粒子ならたしか……」

 村松がパソコンをいじる。画面には俺が去年調べたように地元のQ帝大のホームページが出ていた。

「やっぱり、ここ見てみろ。」

 仕方なく俺はその画面を見た。どうせ大したことじゃない、そう思っていた。


「なんだ……これ……」

 そこには2年後に完成予定の新しい施設がのっていた。



理学部、最先端の素粒子研究へ!



 去年調べたときにはたしかにこんな情報はなかった。更新は今年の5月になっていた。


「前にQ帝大の先生と話したら自慢していたよ。俺は研究内容までは詳しく分からないが、TK大からも先生が来たりとなんだか凄そうだった。」


 俺はまだまだ画面を食い入るように見つめていた。TK大のオープンキャンパスのときに話していた人の顔写真ものっていた。


「どうだ。田口がTK大へのこだわりがないならもう一度考えてみないか。Q帝大だって誰でも簡単に入れるようなところじゃないぞ。」


「……考えてみます……」

 俺がそう言うと村松先生は少し満足げにお茶を飲んだ。

「失礼します」

 そうして俺は職員室を出ていった。




~~~~



 自転車に乗って南へととばした。

 広い国道を駆け抜ける。見慣れた通学路。駐車場がバカみたいにでかいショッピングセンター。その横を曲がって細い道に入れば途中で墓地があって、


!?


 俺の目がその人を捉えた。

 思わず自転車のブレーキをおもいっきり握った。いやな金属音が意外に響く。墓地にいたその人がこちらを向いた。


「あっ」

 視線があった。

 朝倉がいた。

 9月25日だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ