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失恋

作者: 倉敷 集

 「松本くんって格好いいよね」

 4月に入ってすぐ朱里がそんなことを言った。「そうだね」と私は頷いたが、内心少し冷やっとした。私は松本裕太が気になっていたからだ。それは他愛ない会話の1つでしかなかったから、すぐ別の話になった。新しいクラスはどうだとか、クラスであった面白い話とかだった気がする。

 朱里は同じテニス部で、去年は同じクラスだったが今年は違うクラスになった。裕太は朱里と同じクラスで、私は特に裕太と接点はない。しいて言うなら同じ小学校だったことぐらいで、去年からちょくちょく喋るだけの仲。ただ去年の後半から急に身長が伸びて、いつの間にか私より身長が高くなっていた。顔つきも凛々しくなり、格好良くなっている。その頃から、裕太のことが少し気になっていた。残念ながらクラスは違ってしまったけれど。


 朱里の言葉を聞いてから、私は裕太を特に気にするようになった。よく朱里のクラスに行くようになり、彼を見つめることが増えた気がする。『恋』という言葉が、頭に浮かんでくる。

 ただ私は、恋に苦い思い出がある。1年生の頃、小学校から好きだった男子がいた。それを知った朱里は私を茶化すようになり、いつの間にか相手が私の気持ちに気づいてしまった。その内、相手には好きな子がいるらしいと朱里は本人に聞いたらしい。勿論私じゃなかったから、告白もしてないのにやんわりフラれたみたいだ。せめてちゃんと告白してフラれたかったのに、と思ってたから朱里を恨んだ。

 そんなことがあったから、これが恋なのかよく分からなかった。朱里に対する恨みとか対抗心とかで、裕太を自分のものにしたいだけかもしれない。

「朱里ー?」

 朱里のクラスに行って、教科書を借りようとしたが朱里はいない。いるのは男子の何人かだけだった。その中に、裕太もいた。ラッキーかもしれない。教科書借りちゃおうかな、と思った。

「裕太、教科書貸してくれる?」

思い切ってそう言ってみた。ダメとは言わないと思うけど、嫌そうな顔はされるかもしれない。でもそんな心配はいらなかった。裕太は笑ってくれた。

「いいよ」

自分の机から教科書を取り出して、私に手渡ししてくれた。私は笑った。

「ありがとう」

もしかしたら、自分で思っているよりずっと嬉しそうな顔しているかもしれない。でもそれでいい気がする。こんなに幸せだから。やっぱ恋なのかもしれない。

 それからと言うもの、何となく理由をつけては裕太と話すようになっていた。テストの点数で勝負しようだとか、くだらない話ばかりだけどすごく楽しい。また話したい、と思ってしまう。片思いも結構良い。こうやって夢見てる時が1番華かも。


 ある日部活が終わって駐車場で迎えを待っていると、後ろからサッカー部が来た。裕太はサッカー部だからいるかもしれないと思って見ていると、やっぱりいた。でもそれだけじゃなくて、裕太は私に近づいてきた。

「今日は朱里いないの?」

そう言う裕太の顔を見て、何となく嫌な予感がした。それでも話しかけて来てくれたことは嬉しかったので、笑顔で答えた。

「うん。だから1人なんだよね」

「そっか」

しばらく間が開いて、私から何か話そうかなと思って笑顔を作った。それから口を開けて言葉を発しようとしたその瞬間、

「実は俺、朱里のこと好きなんだよね」

と、衝撃的なことを言われた。胸の辺りが、締め付けられる。またしても朱里は私の恋を奪っていった、と思うと怒りも湧いてきた。切なさと怒りで頭はいっぱいだったけど、作った笑顔を崩さすに言葉を発した。

「そうなんだ」

涙声になっているかもしれない、けどここで泣くわけにはいかない。言葉を振り絞った。

「朱里、裕太のこと格好いいって言ってたよ。告白しちゃえば?」

そう言うと、裕太は少し恥ずかしそうに笑った。この表情をはにかむって言うのかもしれないな、とどうでも良いことを思った。

「それはちょっとなあ…」

駐車場に、自分の家の車が入ってきた。良かった、と思った。

「じゃあね。がんばってね」

そう言って、走って車の所へ行った。車の中に入ったとたん、涙が溢れてきた。お母さんに泣いていることがばれないように、ずっと窓の外を見ることにする。ばれちゃうに決まってるのに無駄なことしてる、と自分で思った。その瞬間、1つの考えを思いついた。もしかしたら、裕太は自分の気持ちに気づいていたのかも知れない、と。さっきの話が遠回しに自分に断っていたのだとしたら、また私はやんわりフラれてしまったのだ。当たり前かもしれない。だって、朱里への恨みで恋が始まったのだから。この恋が叶うなんて神様が許してくれるはずない。悲しいことじゃない。泣くことじゃない。恋じゃなかったから。

 そうは分かっているのに、なぜか涙の出る量は増えてきた。鼻をすする音が、車の中に響いていた。


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