一目惚れ
一目惚れって信じますか―――?
わたしはその日、高校二年生になったばかりだった。校章のラインが赤から緑になったのは、2年生である証。
今まで使っていた一年生の教室から、2階にある2年生の教室群へと移り、わたしは呑気に今までと違う景色に少し興奮していた。窓から見るグラウンドが、今までより大きく広く見えて「おー高い高い」と喜んでいた。
2年は全部で7クラス。
1年の時には顔も会さなかったような顔ぶれが並び、少し憂鬱。
けど、1年生の時からの友達になった唯子が一緒のクラスだとわかって、本気で肩の力が抜けた。しかも最初の席替えで一番後ろの窓際をゲット!幸先が良すぎて後が怖い。
わたしの窓際の席を満喫する日々が始まった。
窓から見える景色は、相変わらず代わり映えのないグラウンド。授業中だから先生の説明している声が前から聞こえてくるけど、ほとんど聞き流しだ。
明るい陽射し。晴天の空。
わたしの視線は自然と校庭を走らされている1年生に向かっていた。
入学後、体力測定か何だか知らないけれど、うちの学校ではとりあえず走らされる。わたしも去年はヘロヘロになって走った苦い記憶。あれでマラソンとか持久走がさらに苦手になったんだ。
集団で走っているひとつの塊があった。どう見ても『ダラダラ』という感じ。似たような空気を持つ者同士が固まった結果なんだろう。そんな彼らをぼーっと見ていると、その中から一人の生徒が突然速度を上げてダッシュし始めた。
速い。速い。
あっという間に集団を置いてきぼりにした、その茶髪の男子生徒はスピードを維持したまま結局一人でゴールしたのだった。
ゴールにいた先生に何か話しかけられているが、さすがにその内容までは聞こえない。正直、彼の顔もはっきりとは見えていないのだ。けれど、その彼の頬が上気しているのは分かった。
彼はそのままよろよろと歩き、邪魔にならないところに移動するとその場で大の字に横たわった。その胸が大きく上気している。その後、遅れて続々とゴールしてきたクラスメイトたちに囲まれて談笑している。
きっと『なんで急にスピード上げたんだよ』とか言われているんだろうな、と思いつつ眺めていると―――その彼の顔がこちらに向いた。
気のせい……もしくは偶然。そう思いたいのに、何故だか彼の視線が自分を見ているのだとはっきりわかった。
なんだか恥ずかしくなってきて、わたしは慌ててグラウンドから目を背けると教卓へと視線を移した。
帰りのHRが終了し唯子と一緒に帰ろうと扉を開けた時、目の前に誰かが立っていた。廊下に誰かがいるなんてことは不思議でも何でもないのに、わたしはその場から一歩も動けなくなってしまった。
視線が定まらないけど、視界の端に映った校章のラインは赤……1年生だ。
わたしは1年生がここにいる事に驚くよりも、頭に浮かんだのはグラウンドだった。
顔はぼんやりとしか見えなかった。茶髪だったとしか覚えてない。茶髪の1年生なんて他にもいるのに、わたしは目の前に立っている彼が、走ってぃた彼なんだと気づいていた。
立ち止まって動かない私に、唯子が『どうしたの?』と声をかけてくれている。
けれど動けない。視線も動かせない。
と―――
彼が一歩を踏み出して私の前に立った。
鼓動が熱い。1打1打が痛くて体に響くよう。
彼が―――目の前にいる事が恥ずかしいのに嬉しい。
「先輩」
なんて心地よい声。
「一目惚れって信じますか……?」
わたしは彼の一言に小さく頷いた。
連載している作品がらぶとか、ぴゅあとか無くて飢えてしまったので即興で書きました。なので超短いですね。
高校時代、学校周り5周も走らされてヘロヘロになったことを思い出しました。