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ルーナの七夜  作者: 立間
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二夜目-アリーケ

 アリーケは疲れていた。昨晩はひとときも気の休まる時はなかった。神経が昂ぶり、かすかな風の音も聞き逃すことができなかった。

 愛用の長刀を傍らに置き、アリーケは崩れかけた家の壁にもたれた。身体の重さを一時預けると、それで安心したのか、眠気が次にやってきた。

(いけない、寝ては)

 アリーケは目を強いて見開いた。寝ている間に殺されるなどあってはならないことだった。戦わずに死ぬのは、アリーケにとってひどく不名誉なことだった。ことに、仇のいる戦場においてそんなことをするのは許されない。

 しかし疲れていた。稽古での疲れとは違う疲れだった。疲弊、と言ったほうが正しいかもしれない。単なる体力の問題ではなかった。心が休まらないことが問題だった。

 しかし座っている間に、アリーケはうつらうつらとしはじめた。少しするとはっと正気に戻るのだが、やがて意識がとろとろと沈んでいった。手足が寒く、無意識のうちにアリーケは膝をかかえる格好をとっていた。

「アリーケ」

 アリーケはいつの間にか自分の家にいた。家の庭、広く造った稽古場がある庭にいた。

「正心に構えろ。腰を引くな」

「はい」

「恐れてはいけない。戦士は恐れないものだ」

「はい」

 目の前の男はアリーケの従兄だった。従兄は木剣を手にしていた。

「まずは恐れを乗り越えることだ。剣をふるったり魔術を使ったりするのはその後だ」

「わかりました」

 アリーケがそう言うと、いきなり場所が変わった。今度はアリーケは食堂にいた。堅苦しい服を着せられて、おとなしく末席の椅子に座っていた。

「……ならばコシュのやつは……」

「それが直前で寝返って……」

「くそっ!」

 中央にいた父が机を拳で叩いた。食堂に沈黙が満ちた。

「アリーケ」

 沈黙を破ったのは父だった。めったにかけられることのない父の声に、アリーケは背筋を正した。

「こうなればお前しかない。一族の名誉を回復するのは」

 父がまた机を叩いた。その音に驚いて、アリーケは目を覚ました。アリーケはあわててあたりを見回し、何の変化もないことに安心した。

 一族の名誉。アリーケはその言葉を頭の中で繰り返した。長刀を腰に刷いて立ち上がり、外へ出た。

 アリーケは街の中をそろそろと歩いた。水汲み場を見つけ、そこで水を飲んだ。冷たい水が胃に滑り落ち、夢のあと、まだどこかぼんやりとしていた頭がはっきりした。

 同時に空腹を感じたが、アリーケは食べ物の代わりに水で腹を満たして立ち上がった。長刀を鞘から抜き、またおさめた。

 ヤリズはどこにいるのだろうか、とアリーケは考えた。もう死んでいることはないだろうが、自分が見つけ出すまで生きているかはわからない。

 あれは弱いから、きっとどこかの廃屋にでも隠れているはずだとアリーケは考えた。探し物は苦手だが、こちらから行くしかない。アリーケはとりあえず北に足を向けた。

 家を一軒ずつ覗き込みながら歩いていると、アリーケは上空からびりびりするような圧力を感じた。後ろに飛び退く。さきほどまで自分のいたところに光が降り、地面にいくつも穴をあけた。

 アリーケは長刀を鞘から引き抜いた。「精霊よ、集まりて渦を巻け」と叫び、持続時間こそ短いが、あらゆる攻撃に効果的な防幕を張った。その選択は正しかった。再度光が、アリーケの頭上めがけて降ってきたからだ。しかし光は防幕に当たり、じゅうという音を立てて消えた。

 アリーケは跳びあがり、屋根の上に乗った。上空に目を凝らし、攻撃の元を見極めようとした。アリーケの耳に、空気を裂いてものが落ちてくる音がした。

「風よ聞け、吹けよ吹け、渦を巻き、巻き上がれっ」

 落ちてくるものに向かって、猛烈な勢いで竜巻が向かう。しかしその勢いにかかわらず、竜巻はふっとかき消されてしまった。

「精霊よ我が腕に宿りて」

 唱えかけたが、間に合わなかった。アリーケは落ちてきたもの――尖った槍――を自分の筋力だけで薙ぎ払わなければならなかった。何とか成功したが、両腕はしびれ、身体のバランスが崩れて膝をついた。

「精霊よ、我が身体に宿りて、我が足に我が腕にゴラートの力を」

 立ち上がりながらアリーケは唱えた。しびれていた両手両足に内側から力がみなぎった。

 落ちてきた、尖った槍を携えたハルは屋根から飛び降りた。同時にアリーケの立っている屋根にみるみると亀裂が入り、崩れ落ちた。アリーケはすんでのところで屋根の破片を蹴って、崩壊から逃れた。

「土よ聞け、土へ力を、集まりて指すほうへ降り注げ」

 ハルの姿を目で確認できていなかったが、アリーケは見当をつけた方向に土を降らせた。しかしそれがハルに命中した気配がなかった。着地して、アリーケは道の左右に目を走らせた。いない。

 アリーケは上下左右に気を配りながら歩き出した。ハルの戦闘能力は高い。厄介な相手だ。だが、そういう相手と戦えるというめぐり合わせにこそ感謝すべきだ。アリーケはそう考えた。

 アリーケは右耳にかすかな音をとらえた。同時に地を蹴った。道を右に曲がり、塀を飛び越える。ハルの身体があった。身体は反対方向を向いている。アリーケは長刀を抜いて、薙いだ。

 がっ、という音がした。ハルが振り向き、アリーケの長刀を右腕に受けたのだった。刀は骨で止まった。

 アリーケは左腕を伸ばし、ハルの喉を掴もうとした。ハルは後ろに身体を反らしてそれをよけ、同時に右腕から長刀を抜き、アリーケめがけて投げつけた。

 アリーケが刀をよける隙に、ハルは塀を越えて逃げた。足音が遠くに消えていく。追いかけようとしたが、長刀を拾う間にその時を逃し、アリーケはその場にしゃがみ込んだ。長刀の先端で帯を切って、つくった布で刃についた血をぬぐった。ぬぐいながら、さきほどのハルの目を思い出していた。ハルは右腕の傷にまるでひるむ様子をみせなかった。恐れを乗り越えたというよりむしろ恐れそのものを忘れたようだった。逆に恐れにとらえられそうな自分の心を、アリーケは必死に叱咤した。

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