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ルーナの七夜  作者: 立間
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二夜目-ヤリズ

四隅にはしるしをつけなければならない。しるしはそれと見分けるために、血によってされなければならない。

しるしは柊の枝によって書かれなければならない。一角とも消してはならない。

 儀式の間は朝がこないということをヤリズは知らなかった。もしかしたら他の、たとえばミラテナとかユルネとかは知っていたのかもしれない。だがヤリズの記憶によれば、夜がひたすら続くことを教えられたことはなかった。

 何の術を使っているのだろう、とヤリズは考えた。都市の内部全員の感覚を止めて、朝が来ていないように錯覚させたのかと考えた。

 本当に時を進めたのかとも考えたが、あれは相当に難しい術で、まだ実験段階のはずだ。一つの街をまるごと、しかも昼をすべて飛ばすことができるとは考えづらい。ヤリズは地面を石でひっかき、疑似術式を書いてみた。しばらく書き続けて、やはり時間を進めるという線は無理があると結論付けた。

 やはり錯覚という線だろう、とヤリズは疑似術式を消しながら考えた。時を飛ばすには、魔神でもないかぎりひねり出すことの不可能な魔力が必要だ。そんなことができるなら、そもそも守護乙女を造り上げる必要などない。その魔力を使って戦争でもなんでもすればよいのだ。

 昨夜は、といってもついさっきまで『昨夜』だったのだが、ヤリズは誰とも会わなかった。しかしヤリズには自分が勝ち残ろうという欲はなかった。生き残りたいという気持ちも薄い。学院での生活で、ヤリズは自分の戦闘能力の低さをよく知っていた。大がかりな、たとえば治水のための術式の構造を調べたり、魔道具を組み立てたりすることは好きだし得意だった。魔術に関する本は他国のものまで取り寄せて読んでいる。だが、魔術の研究と魔術を使った戦闘とは全く種類の違うものなのだ。

 ヤリズが愛しているのは、術式を一から組み立てる思考過程であり、組みあがった術式の美しさなのだった。戦闘は違う。戦闘中に思考などできない。すべてはその時その時の判断の積み重なりだ。

 自分が儀式では勝ち残れない、とヤリズが悟ったのは、学院に入って二年目のことだった。走りながら術を唱え、思った通りに発動させるという訓練をしていた。何度挑戦してもうまくいかない。走りに気を取られると魔術が使えず、魔術を使おうとするとどうしても身体が止まる。うまくいったと思っても、術は口の中で唱えられただけで発動しない。これを何度も何度も繰り返し、何日目かでようやく成し遂げた。一瞬は喜べたが、周りを見渡した時、周りの人間はこれを何の苦もなくやりのけていることに気付いたのだった。

 落胆はしなかった。むしろ、やっぱりという気持ちのほうが大きかった。自分がこれに向かないことは最初から分かっていたのだ、と。

 それから、ヤリズはあきらめることを始めた。無意識のうちに、自分自身に言い聞かせた。『私に未来はないのだ』『私は儀式の中で死ぬのだ』と。

 一年するころには、自分の気持ちも落ち着いた。自分に将来はない、という考えはすっかりヤリズの中に根付いた。それでやけを起こすようなこともなかった。受け入れてしまえば、むしろ学院での生活はやりやすくなった。

 目覚めた時も、ヤリズは平常心を保っていた。自分から討って出ることはせず、目覚めたときにいた家の中にずっとこもるつもりだった。いずれは誰かに見つけられ、抵抗するにせよしないにせよ殺されるだろう。ずっと予期し続け、そして慣れきった結末だった。

 できるならその誰かはアリーケならばいい、とヤリズは考えていた。ヤリズの生家であるグラーチ家と、アリーケのヴァーリ家は曾祖父の代からの因縁があった。あちらの家ではグラーチ家を蛇蝎のように言っているらしく、アリーケもその薫陶を受けていた。学院の中で初めて会ったとき、それまで面識はなかったのにもかかわらず、アリーケはヤリズをまるで親の仇のようににらんだ。

 ヤリズ自身は、家の因縁の話を聞くよりも新しい式を考えるほうが楽しかったので、特にアリーケに思うところはなかった。初対面で睨まれた後は、あまりかかわらないようにしようと考えた。

 しかしアリーケは、そんなヤリズの態度が気に食わないようだった。格闘の模擬戦ではかならずヤリズと組みたがったし、組めば徹底的に打ちのめそうとしてきた。ヴァーリ家は武官をつとめる家系で、アリーケも幼いころから訓練を受けて育ったらしく、ヤリズはいつも打ち倒された。

 それで気が済むのかと思えば、アリーケは「ふざけるな!」とヤリズに怒鳴った。アリーケには、ヤリズがあまりに歯ごたえのなかったことが、実力の差なのではなくヤリズの手抜きによるものだと思えたらしい。そんなことはない、とヤリズは何度も言ったが、アリーケは聞く耳を持たなかった。

 もしアリーケが今現れれば、また戦いを仕掛けてくるだろう。そして、やっと私の言葉が嘘ではなかったと知るだろう。アリーケの溜飲も下がるはずだ。どうせ死ぬなら、少しくらいいい効果のある死に方のほうがいいな、とヤリズは考えた。

 ヤリズは石を取り、また地面に術式を書き始めた。先ほどの時間を飛ばす術式で、気になるところがあった。まだアリーケが現れる気配はない。どのみち死ぬのだから、好きなことをしてから死にたい。今ならまだ夕日の残光がある。最初の、空間を固定化するところの式を書きながら、ヤリズはその美しさを楽しんだ。

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