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プロローグ カトレアお嬢様 

 プロローグを除き、主人公以外の登場人物は皆無です。

 あらかじめご容赦を。

 とある王国の、地方領主を務めるシュマイザー候爵家の長女としてカトレアは生まれた。

 齢は今年で十七歳。成人の儀が執り行われてから約一年の歳月を経っているが、その端整な顔立ちにはまだ、未熟さ故の幼さい表情が見え隠れしている。愛らしさと美しさを兼ね備えた美貌は、身分関係なく世の男たちが振り向いても何ら不思議ではないだろう。事実、カトレア自身も自分の美貌は本物であると自負していたし、その美しさは王国一番であると大きな自信を持っていたのである。シュマイザー邸にもたくさんの上流貴族たちが来訪した。未婚の独身貴族が我先にとカトレアの伴侶の座を争って己の美徳を振り撒いていくのである。

「男なんて所詮そんなもの。わたくしの気持ちなんて一欠片も気にしてないんだわ」

 さすがのカトレアも、毎日のように家に訪れる男性貴族たちに嫌気がさした。彼らが帰っていった後、彼女は母親に向かってそう愚痴を漏らしたのである。

 シュマイザー家は古くから存続する由緒正しき家柄であり、これまでに数多くの騎士たちを輩出する貴族軍人の家系でもあった。そんな名門の家に生まれたカトレアが生活に苦しむはずもなく、無駄に充実した裕福な暮らしをしていたのは言うまでもない。ただそれが幸福なものであったのかと問われれば、それは必ずしもそうではなかったのがカトレアの性格を物語っている。

 彼女には兄が二人いた。

 次期シュマイザー家の跡取り息子である長男は二十五歳。その弟の次男は今年で二十一歳を迎え、順調にいけば来年辺りに王国近衛騎士に抜擢されるのではないかと、本人が夕食の席で興奮しながら話しているのをカトレアは耳にしている。

 上の兄も決して無能ではない。やはり名門家の嫡男ということだけあって剣技の腕前はもちろんのこと、早くも領主という立場から住民感情の動きや徴税の影響を考慮して、日々父と共に仕事に明け暮れている。

 本当は優秀な兄たちを持ったことに誇りに思うべきなのだろうが、カトレアは美しさ以外に大した能力もない自分に焦燥を感じていた。そもそも貴族軍人に女は重要視されない。恵まれた家で育ったはずが、女で生まれてきたが故に誰にも相手にされなくなってしまうのが怖かったのである。

 自分に近づく男たちも、本心は皆同じだ。美という欲求に溺れ、ただ己の名誉を満たすためだけに自分を求めている……。そう考え出すと膨張した想像は歯止めが効かなくなり、いつしか彼らに対して激しい嫌悪感を抱くようになった。

「あの遠慮を知らない目を見ただけで、身体の芯から震えが沸き起こるの。なんて汚らわしい!」

 十七の誕生日が過ぎて半年もしないうちに、カトレアは貴族子息の相手をしなくなった。

 病気を装って部屋に閉じこもり、必要最低限の時以外は部屋を出ようともしない。邸宅からは一切外出することもなくなった。容態を心配した友人たちが地方からわざわざ足を運んだがそれすらも面会を断り、ただ何かするわけでもない淡々とした無情の日々を自室で過ごしていたのである。

 無論、そんな暮らしで溜まる鬱憤が解消されるわけがない。腹が立てば世話役の侍女に当り散らし、気に入らない事があれば物をひっくり返して部屋中を滅茶苦茶にしてしまう。

 やがて事態を重く見たカトレアの両親が、専門医を呼んで彼女の検診を依頼した。カトレアは精神の疲労による深刻な鬱病と診断され、彼女を一時精神病棟に移して回復を待つことで両親は合意することになる。海を超えた先、東の大国の医療技術はこの王国に比べて遥かに進んでいるということ。高速船で移動して一週間の旅路であるならば、カトレアもそれほど酷ではないだろう……。彼女の父はそう考え、娘の身を一番心配していた母も、鬱病が治るならと半ば開き直っていた。


 ――――だがその決断が、カトレアの運命を大きく揺るがすことになるとは誰にも予測はできなかった。

 

 いや、あるいは神という存在のみがそれを知っていて、苦労知らずな彼女に与えた長く険しい使命であったとしたら……。

 

 


 王国暦341年6月26日、カトレアを乗せた中型船は東海洋中部付近を航海中、突然見舞われた嵐によって姿を消した。

 優遇客員カトレア・ロウ・シュマイザー候爵令嬢を含む乗船者三十二名の行方は不明。中型船が消息を絶ってから実に四日経過した6月30日、王国政府は中型船の捜索を完全に打ち切ることになる。 

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