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蒼海に潜むもの

作者: K
掲載日:2026/10/27



 豪華客船の<蒼海>に乗っていたその男は、深夜に24時間営業のレストランで遅めの夜食を採っていた。


 そこに、一人の乗客が近づいてきて、尋ねた。


「私、オカルトライターの三浦というものだけれど、ちょっと話聞いてもいいかな?」


「オカルトライター? まあいいですけど」


 三浦は男の正面の椅子に座ると、


「実は私はこの蒼海で起きている不思議な出来事について調査しているんだけれど、君は何かそういう変な体験とかしたことない?」


 男はこの段階で食事を終えたので、席を立つことも考えたが、人と話をするのも面白そうだと、彼の質問に答えた。


「ないですね。オカルトライターの人が何を探ってるんですか?」


「ああ、それがね、この船ではどうも不思議なことが起こっているそうなんだ」


「へえ。どういう類のものですか?」


「これはこの豪華客船で起きた出来事なんだがね・・」


 そうして三浦は語り始めた。


「ある男性が家族でこの蒼海に乗り込んだんだ。ある夜、男性と家族が部屋の中に戻ると、照明の下に真っ赤なドレスを着た若い女が立っていたんだ。男性は驚いて、「あんた誰だ?」尋ねたそうだ。しかし、その女はちらりと男性たちを見て、風呂場へのドアをくぐった。男性は家族にドアの前で待っているように伝え、自分はおそるおそる風呂場をのぞいたそうだ。そしたら、そこには誰もいなかった。そして何故か部屋の絨毯に水で湿った足跡がついていたそうだ」


「それは本当に起きた話なんですか?」


「私はここのスタッフと顔なじみでね。いろいろと話を聞かせてくれるのさ」


「しかし、まるで怪談ですね」


「そうなんだ。でも驚くのはここからだ。こういった部屋の中で誰かいたはずなのに、いつの間にか消えてたって証言が他にもいくつかあるらしいんだ。オカルトライターとしては興味をそそられる問題だ」


「この船、幽霊が乗っているんですか。なんだか背筋が寒くなってきた」


「他の体験談もある。これは幽霊とは違ったものだが、実はドッペルゲンガーにまつわる話なんだ」


「ドッペルゲンガー? あの自分と瓜二つの人間が現れるってやつですか?」


「そうなんだよ。これは蒼海のスタッフが体験した話なんだがね、ある日休みをもらって船内のレストランで客に交じって食事をしていたそうなんだ。そしたら、レストランの客の中に見知った顔の人を見つけた。その人が誰か、聞いて驚かないでくれ。なんと、船長なんだ。おかしいんだよな、これが。なぜかってその時間帯は船長は仕事中でその場にいるはずがないからなんだ。スタッフはその船長に話しかけて、何をしているのか、仕事はどうしたのかと尋ねたらしい。すると船長はこう言った。「体調がすぐれないから少し休憩してたんだよ。でも、食事をとったら良くなったからおそらくは空腹だったのかもしれないな」。スタッフはそんなこともあるのかなあと、その場を離れたんだが、後日船長と話す機会があった。「あの時はレストランに船長がいたから驚きましたよ」と言うと、船長は不思議な顔をする。「私はその日はずっと操舵室にいたはずだが」と。」


「不思議な話ですね。ただの空似というわけでもなさそうだ」


「実はこういうドッペルゲンガー的な出来事も時々起きているそうなんだ。知人や家族を船内で見かけたけれど、あとで本人に聞くと知らないって言われるんだな。これが」


 男は少し考えた様子で宙を見ていたが、


「この蒼海には何かが存在しているのかもしれませんね。なにか、不思議な現象を起こしている何かが」


「そうなんだ。そこなんだよ。私が考えているのは。そこで私はある一つの結論に達した。しかしこの結論を言う前に、もう一つ私が仕入れた体験談を紹介しよう。それは、ある航海の深夜に起きた」


「何が起きたというんです?」


「アノマロカリスの幽霊さ」


「アノマロカリスって、もしかしてカンブリア紀に生きていたという? 前にNHKのテレビでやってましたね」


「蒼海には屋外プールがあるだろう。深夜、クルーズで大阪から東京を太平洋経由で向かっているとき。体験したのは乗客の子供だ。その子は親の目を盗んで深夜に屋外プールに来た。雨がひどくて、デッキには人の影はなかった。子供はそんな人の気配のないプールを独り占めして泳ごうと思っていたんだ。でも、予想以上に寒くて、結局水に入るのはやめることにした。プールを覗いているときに、あるものがプールの中を泳いでいるのが目に入った。30cmほど。泳いでいる何かは薄く発光していたらしいんだ。それで、それが何か子供にもわかった。緑色に光る複眼が一対あって、大きな付属肢が頭部の先端から飛び出している。楕円形の体にいくつものひれが規則正しく波打っていた。光の粒子が生物の動きに合わせて踊っている。それはアノマロカリスとしか思えない姿をしていた。子供はプールに飛び込み、そのアノマロカリスを捕まえた。確かに感触はあったんだ。水の上に持ち上げて確かに確認した。しかし、水の上だと死ぬかもしれない。そう思ってとりあえず水の中に戻したらしいんだ。そしたら、子供の目の前でアノマロカリスは溶けていなくなってしまった!」


 男はその話を聞くと困惑からくる笑いを漏らした。


「子供の作り話でしょう?」


「かもしれない。しかし、嘘と断定するのもオカルトライターとしては避けなければならない。時々、本物が混じってるからね」


「で、そのアノマロカリスの幽霊とやらと、他の船内で消えたドレスの女と、ドッペルゲンガーの船長はどうつながるんです? 確かにこの船には不思議な何かがあるのかもしれない。例えば、異界のようなものが」


「私はね、この3つの異なる目撃談から一つの想像を膨らませた」


「想像?」


「そうだ。私は考えたのだよ」


「それはどういう?」


「言わば<水人間>と呼ばれるような存在だ」


 男は不審そうに三浦を見た。三浦はその視線を含み笑いで受け止めた。


「水人間って、なんですか?」


「私が考えた概念だ。もっと分かりやすく言えば、海に潜んでいる未知の知的生命体。それは姿かたちを自由自在に変えられて、人間に化けることも可能で、もちろんアノマロカリスにだって化けられる。その知的生命体が人間の形をとるから私は、便宜上、水人間と呼ぶことにした」


「なるほど。そいつが人やアノマロカリスになれるなら問題は解決しますね。でも、ちょっとファンタジー寄りじゃないですか? そんな存在がいるのならとっくに人間に気づかれてもよさそうでしょう」


「君は今現在、人類が探査済みの深海底はどのくらいか知っているかな?」


「さあ、マリアナ海溝くらい深くなると難しそうだから80%くらいでしょうか?」


「実は0.001%しか分かってないんだ」


「たったそれだけ!?」


「海のことはまだまだ理解されてないことが多いんだよ。だから、未知の存在が広大な海の中で密かに暮らしていてもこれは全くありえない話でもないと思う」


「しかし、そんな存在がいたとしてどういうやり方で他の生き物に化けるんでしょう。未知の存在だから、その変身も未知の要素で行っているのですかね?」


「それはまだ分からない」


「仮説はまだ細部は固まってないようですね」


「でもなぜ水人間がこんな行為を繰り返しているのかは私にも見当はついている」


「ほう、それは何ですか?」


 三浦はビールを一口飲んで答えた。


「遊びだよ」


「遊びですか?」


「そう。ちょっと頭の賢い動物のことを調べると分かることだが、そういった動物はどれも例外なく遊びを行っているんだ。例えば、カラスは滑り台を滑る動画がYouTubeに投稿されているし、イルカは毒を持つフグを突っつきまわして、ドラッグのように使ったりもしている。水人間もおそらくは人間の反応を見て楽しんでいるに違いない」


「海の中は暇そうだし、確かに知的生命体ならありえない話でもなさそうだ」


「その通り。で、この仮説を今度の雑誌に載せようと思うんだ。君、このことは雑誌が発行されるまでは他言無用でお願いするよ」


「大丈夫です。誰にも言いませんよ」


 そこで男は席を立った。


「それでは僕はもうこんな夜も更けたんでそろそろ自室に戻って寝ようと思います。興味深い話をありがとうございました」


 三浦はニコニコしながら男を見送った。



 男は船内の廊下を歩きながら、外の景色を眺めていた。真っ暗な海を蒼海は突き進んでいる途上だ。小雨も降っているらしい。窓には水滴がついて照明に反射してキラキラ光っていた。


 そのまま進み、階段を上ったところで男はデッキに出た。

 大きく伸びをして外の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。


「それにしても驚いたな。人類にもあんなに頭の切れる人がいたとは」


 男の体は次の瞬間溶け去り、男を形作っていた液体はすぐに床面の水と混ざりあいその証拠はあっという間に消えてしまったのだった。


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