私のせいだが、私のせいか?
会議室に入った瞬間、空気が重かった。
役員がいた。
人事がいた。
部長がいた。
全員、非常に厳しい顔をしている。
俺は一瞬で考えた。
障害か。
情報漏えいか。
本番DBを誰かが消したか。
少なくとも、いい話ではない。
「座ってくれ」
役員の声が低い。
俺は座った。
「新入社員の件だ」
新入社員。
そこで、さらにわからなくなった。
俺は新人を怒鳴っていない。
詰めてもいない。
無視もしていない。
仕事を押しつけてもいない。
そもそも、そこまで深く関わっていない。
「彼が、かなり参っている」
「そうですか」
「飲み会で愚痴ったらしい」
役員は資料を見るように目を落とした。
「君みたいにはなれない、と」
俺は黙った。
俺は十年目のITエンジニアである。
一年目が十年目に追いつけない。
それはそうだろう。
追いつかれたら、俺の十年は何だったのかという話になる。
「君の存在が、彼に強いプレッシャーを与えていた可能性がある」
存在。
ついに存在が問題になった。
「何か言ったのか?」
「言ってません」
「叱責は?」
「してません」
「無視は?」
「してません」
「業務を押しつけた?」
「してません」
「では、何をした?」
「仕事をしました」
会議室が静かになった。
俺も困った。
仕事をした罪で呼び出されるとは思わなかった。
たしかに、俺はログを読むのが早い。
障害の切り分けも早い。
仕様書の穴も見つける。
古いシステムの謎挙動も、だいたい過去の誰かの妥協だと見抜ける。
だが、それは十年やったからだ。
新人が入社一年目で同じことをできないのは、当然である。
むしろできたら怖い。
「彼は、君を見て自信を失ったそうだ」
「彼は、真面目にやっています」
俺は言った。
人事が少し顔を上げた。
「わからないことは聞きに来ます。メモも取っています。手を抜いているわけではありません。むしろ、ちゃんと頑張っています」
「では、なぜ」
「一年目だからです」
俺は答えた。
「一年目が、十年目を見て、自分には無理だと思った。それ自体は変ではありません」
役員が黙ってこちらを見ていた。
「それは、私のせいですね」
俺は言った。
役員が少し身を乗り出した。
「認めるんだね」
「はい。きっかけは私でしょう」
そして続けた。
「でも、責任者は私ではありません」
役員の眉が動いた。
「一年目に十年目を見せて、あれを目指せと言ったのは誰ですか」
誰も答えなかった。
「新人には新人の課題があります。まず環境構築。次に簡単な改修。次にレビューを受けながら小さな機能追加。障害対応は見学から。ログの読み方は段階的に教える。そういう登山道が必要です」
俺は言った。
「富士山を見て、登れないと絶望した人がいたとして、富士山を裁判に呼びますか」
部長が下を向いた。
人事が口元を押さえた。
役員の眉間のしわが、少しだけ崩れた。
「私は十年目として仕事をしていただけです。新人が折れたのは気の毒です。でも、十年働いた人間が十年分の仕事をすることまで加害にされたら、もう誰も成長できません」
役員はしばらく黙っていた。
そして、ふっと笑った。
「……たしかに、富士山を呼んでしまったな」
その一言で、会議室の空気が少し軽くなった。
俺は助かったと思った。
だが、油断した。
「では、富士山くん」
「はい」
「新人向けの登山道を作ってくれ」
俺は固まった。
役員はもう普通に笑っていた。
人事も笑っていた。
部長も、安心したように笑っていた。
俺だけが笑えなかった。
山に登山道を作らせるな。




