表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

私のせいだが、私のせいか?

作者: 二歩田 透
掲載日:2026/05/26

 会議室に入った瞬間、空気が重かった。


 役員がいた。

 人事がいた。

 部長がいた。


 全員、非常に厳しい顔をしている。


 俺は一瞬で考えた。


 障害か。

 情報漏えいか。

 本番DBを誰かが消したか。


 少なくとも、いい話ではない。


「座ってくれ」


 役員の声が低い。


 俺は座った。


「新入社員の件だ」


 新入社員。


 そこで、さらにわからなくなった。


 俺は新人を怒鳴っていない。

 詰めてもいない。

 無視もしていない。

 仕事を押しつけてもいない。


 そもそも、そこまで深く関わっていない。


「彼が、かなり参っている」


「そうですか」


「飲み会で愚痴ったらしい」


 役員は資料を見るように目を落とした。


「君みたいにはなれない、と」


 俺は黙った。


 俺は十年目のITエンジニアである。


 一年目が十年目に追いつけない。


 それはそうだろう。


 追いつかれたら、俺の十年は何だったのかという話になる。


「君の存在が、彼に強いプレッシャーを与えていた可能性がある」


 存在。


 ついに存在が問題になった。


「何か言ったのか?」


「言ってません」


「叱責は?」


「してません」


「無視は?」


「してません」


「業務を押しつけた?」


「してません」


「では、何をした?」


「仕事をしました」


 会議室が静かになった。


 俺も困った。


 仕事をした罪で呼び出されるとは思わなかった。


 たしかに、俺はログを読むのが早い。

 障害の切り分けも早い。

 仕様書の穴も見つける。

 古いシステムの謎挙動も、だいたい過去の誰かの妥協だと見抜ける。


 だが、それは十年やったからだ。


 新人が入社一年目で同じことをできないのは、当然である。


 むしろできたら怖い。


「彼は、君を見て自信を失ったそうだ」


「彼は、真面目にやっています」


 俺は言った。


 人事が少し顔を上げた。


「わからないことは聞きに来ます。メモも取っています。手を抜いているわけではありません。むしろ、ちゃんと頑張っています」


「では、なぜ」


「一年目だからです」


 俺は答えた。


「一年目が、十年目を見て、自分には無理だと思った。それ自体は変ではありません」


 役員が黙ってこちらを見ていた。


「それは、私のせいですね」


 俺は言った。


 役員が少し身を乗り出した。


「認めるんだね」


「はい。きっかけは私でしょう」


 そして続けた。


「でも、責任者は私ではありません」


 役員の眉が動いた。


「一年目に十年目を見せて、あれを目指せと言ったのは誰ですか」


 誰も答えなかった。


「新人には新人の課題があります。まず環境構築。次に簡単な改修。次にレビューを受けながら小さな機能追加。障害対応は見学から。ログの読み方は段階的に教える。そういう登山道が必要です」


 俺は言った。


「富士山を見て、登れないと絶望した人がいたとして、富士山を裁判に呼びますか」


 部長が下を向いた。


 人事が口元を押さえた。


 役員の眉間のしわが、少しだけ崩れた。


「私は十年目として仕事をしていただけです。新人が折れたのは気の毒です。でも、十年働いた人間が十年分の仕事をすることまで加害にされたら、もう誰も成長できません」


 役員はしばらく黙っていた。


 そして、ふっと笑った。


「……たしかに、富士山を呼んでしまったな」


 その一言で、会議室の空気が少し軽くなった。


 俺は助かったと思った。


 だが、油断した。


「では、富士山くん」


「はい」


「新人向けの登山道を作ってくれ」


 俺は固まった。


 役員はもう普通に笑っていた。


 人事も笑っていた。

 部長も、安心したように笑っていた。


 俺だけが笑えなかった。


 山に登山道を作らせるな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ