似たもの同士の運命論
かつて当代随一の才能を持つと囁かれた伯爵令嬢は、成績が振るわないことを理由に婚約を解消されることになる。その後に伯爵令嬢は、思わぬ来客を迎えることになるのだった。
「ペネロピ・ダウズウェル伯爵令嬢、お前との婚約を破棄する!」
名前を呼ばれたな、と認識して、ペネロピは顔を上げた。
すぐ近くで一人の令嬢を侍らせながら、ペネロピの婚約者であるはずのチェスター・ハモンド公爵令息がペネロピに指を突きつけていた。
学園の期末パーティーでの一幕である。周囲の学生たちが、興味深げに三人を取り巻いている。
見世物じゃないのだけれど。
面倒くささと、すぐに話を終わらせる選択肢を思い浮かべて、ペネロピは後者を選択した。
「承知致しました」
何の感慨もなくあっさりと。
「ただし、婚約の解消ではなく破棄の場合はハモンド公爵令息の有責となります。半年ほど前からそちらにいらっしゃるキャロリン・イーズデイル公爵令嬢とたびたび二人きりでお出かけされておりましたことは、とうに調べがついておりますので。証拠も揃えてありますが、王宮で裁判なさいますか?」
チェスターの隣でペネロピへの優越感を綺麗に隠して静々と佇んでいたキャロリンが、声もなく顔を引きつらせた。チェスターが眦を吊り上げる。
「黙れ、可愛げがない! そもそもお前が悪いんだろうが!」
「問答には意味がありません。裁判で戦いましょう」
ペネロピが一方的に話を切り上げようとすれば、チェスターが激昂して掴みかかってくる。ペネロピがするりと避ければ、チェスターはあっさりと倒れ込んだ。
「チェスター様!」
キャロリンがチェスターに駆け寄って抱き起こす。チェスターはキャロリンに微笑みかけてから、ペネロピを睨みつけた。
「お前はキャロリンと違って俺を愛していない! 俺はお前なんかと結婚したくない!」
「ですから婚約破棄ないし解消については承知致しました、と申し上げました。当方と致しましても異存はございません。ただし婚約中のハモンド公爵令息の不義の証拠がある以上は、当方の有責であると一方的に決めつけられるのは承服致しかねます。このような場所で空中戦を演じていても時間の無駄ですので、続きは裁判でお話致しましょう、とお伝え致しました」
理解ができなかったのかな、と思って、ペネロピはもう一度丁寧に説明した。婚約してから何年か経っているが、ペネロピとチェスターの会話が噛み合ったことなどほとんどない。
チェスターは俯いて、どうやら震えているようだった。大勢の生徒たちの前で不義を明かされたキャロリンも、真っ赤な顔で下を向いている。
しばらく震えていたチェスターは、ややあって何かを思い出したように顔を上げた。先ほどとは変わって得意げな表情をしている。
「そもそも、本来はお前が同年代で最も優秀だと評判だったから婚約してやったのだ! それがどうだ、今では成績優秀者に名前すらのぼらないではないか! お前のような無能は公爵家に相応しくない!」
「わたくしどもの婚約の是非と、あなた様の不義は別のお話です」
間髪入れずにペネロピは言い返した。
「わたくしが公爵家に相応しくないとお考えであれば、いつでも婚約を解消すれば良かったのです。ましてあなた様は公爵家であり、わたくしは伯爵家なのですから、あなた様からの婚約解消など簡単なお話だったはずです。わたくしたちの婚約を解消する前に別のご令嬢と深い仲におなりになるから、ややこしいことになるのです」
無能と誹られたことなど気にした様子もなく、ペネロピは微笑んだ。作ったような自然な笑みだった。
「そちらにいらっしゃるイーズデイル公爵令嬢は大変に成績優秀であると聞き及んでおります。不肖のわたくしとは異なりハモンド公爵家のご当主にも気に入られましょう」
いまだに床に座り込んだままのチェスターを見下ろして、ペネロピは首を傾げた。
「それで、婚約解消にしますか? それともあくまで破棄を望んで裁判で争いますか?」
チェスターは苦虫を百匹ほど噛み潰したような顔をして、小さく解消を告げたのだった。
***
おかしな騒ぎになったパーティーから数日経ったころに、ペネロピは伯爵家で一人の客人を迎え入れることになった。
隣には伯爵家の当主である父が緊張した面持ちで座っている。ペネロピは父伯爵をちらりと眺めてから、正面に視線を戻した。
眼の前には、大国である隣国の第一皇子が座っている。
第一皇子といっても皇太子ではなく、その予定もない。正式な皇族ではあるが、隣国の皇帝の愛人から生まれた皇位継承権を持たない庶子である。
「……それで」
困り果てたというように、父伯爵が口火を切った。
「我が娘であるペネロピをお求めとのことですが、本気でしょうか」
「もちろん、本気だとも。そちらのペネロピ嬢の優秀さは存じているからね」
聞いていたペネロピは首を傾げた。
「つい数日前に、無能を理由に婚約を解消されたばかりですが」
「無能な人間が、我が国の最高学府の編入試験を満点で突破するものか」
あっさりと第一皇子は返した。
確かに、ペネロピは来期から隣国の魔法学園に編入する予定だった。皇族であれば、試験の結果を知ることも簡単だろう。
「確かに娘は勉学という面では一方ならぬ才能を持っておりますが」
父伯爵が渋い顔をした。
「殿下が失礼ながら妾腹の皇族であり、皇位継承権をお持ちではないと言っても、皇子妃はただ単に頭が良ければ良いというものでもありますまい。娘は少々変わり者ですから、お望みの働きができる保証は致しかねます」
「ペネロピ嬢が興味深い性格であることは知っているよ」
言いながら、第一皇子はぺらりと一枚の書類を出した。
ペネロピの王立学園での成績が記載されたものだった。部外者は簡単には見られないはずだが、どうやって調べたのだろうか。
「ペネロピ嬢にとってはちょっとした悪ふざけ、暇潰し、冗談だったのかも知れないけれど、ちょっと判り易すぎたね。父が完全に面白がってしまってね」
第一皇子が並んだ数字を示す。期末に行われるテストの結果が書かれた欄には、学年平均と全く同じペネロピの取った点数がずらりと並んでいる。
「これはつまり、生徒たちの学年平均点を完全に予想した上で、ペネロピ嬢はそれに合わせて全く同じ点数を取っていたということだよね。それも一教科どころか、全ての教科で」
「たまたまです。編入試験の勉強に集中していたものですから、逆に学園での勉強が疎かになってしまいました」
ペネロピは言い返した。第一皇子が書類から顔を上げる。
にこ、と二人は微笑み合った。父伯爵は頭が痛そうな顔をしている。
「わたしの立場の面倒くささは、他国のあなた方にも予想がつくだろう」
唐突に第一皇子は話題を変えた。
「わたしが第二以降の皇子であれば、これほど面倒なことにはなっていなかったのかも知れないけれどね。正妃が何年も妊娠しなかったために、うっかりわたしの母が先に妊娠してしまった。わたしには元より皇位継承権がないと貴族たちも知らないはずはないのに、いまだに根強く第一皇子であるわたしが皇位を継ぐべきだと主張するものたちがいる。一番上の異母弟が少しばかり体が弱くてね」
ひら、と第一皇子は手を振った。
「わたしの婚約者には、野心があってはいけない。わたしに皇位を継がせようとするものたちに踊らされる。わたしの婚約者は、愚かであってはいけない。わたしに皇位を継がせようとするものたちに騙される。あるいは逆に、わたしを脅威に思うものたちにあっさりと殺される」
振られていた手が、ペネロピを指し示す。
「あなたの賢くて、偏屈で、性格が悪くて、それでいて未来の公爵夫人の座を捨ててまで魔法学園に編入して勉学を極めようとするほど勤勉なところが気に入った。王国の伯爵令嬢を婚約者に据えれば、下手に帝国内で高位の貴族令嬢を婚約者に据えるよりも色気を出す貴族も減るだろう」
にやりと笑う。
「おおかた、先日の婚約解消もあなたの仕込みだろう。でなければ、婚約解消が決まってもいないうちから帝国の魔法学園への編入試験を受けるわけがない。意図的に成績を下げたのにいつまでも婚約の解消を言い出されなかったから、策でも弄したのかな」
「言いがかりです。たまたまわたくしがパーティーで具合を悪くして休んでいたときに、エスコートの必要がなくなって時間が空いたハモンド公爵令息がいつの間にかイーズデイル公爵令嬢と親しくなっていたのです。もしかしたら、体調を崩した際にご親切なイーズデイル公爵令嬢にハモンド公爵令息への言づてをお願いしたこともあったかも知れませんけれど」
半分ほど面白がっている口調で、ペネロピは言い返した。
それで合意が取れたと断じたのか、第一皇子が満足げに頷いた。父伯爵は、いつの間にか頭を抱えている。
「ちなみに、あなたにフラれたくないから先に訊くのだけれど、どうしてハモンド公爵令息との婚約を嫌がったんだ?」
思い立ったように、第一皇子が問うた。ふむ、とペネロピが顎に指を添える。
大した感慨もなく、ペネロピは言った。
「イーズデイル公爵令嬢は、性格はともかく優秀なご令嬢であることは事実です。きっとハモンド公爵令息とご婚約なさったら、それはご苦労なされるでしょうね。ハモンド公爵令息が公爵家から任された一部の仕事も、学園から出される課題も、わたくしが代わりに行っておりましたから。ちなみにこれはもちろん本来あってはならないことですので、身分を笠に着て無理を強いられたと証拠を添えて王宮に被害を訴え済みです。下手をすると公爵位の継承権を失うかも知れませんね」
簡単なことです、とペネロピは笑った。それが自然なことであるように。
「つまり、尊敬できない殿方を相手に繁殖するのは嫌だったというだけのお話。単なる乙女心です」
自分が阿呆なのでSFとか推理小説とかはあんまり書けないのですが、こういうSFに出てきそうなタイプのヒロインはそれなりに好きです。厨二病だと笑わば笑え
偏屈同士それなりに仲良くやるんじゃなかろうか、と思いながら書きました。そのぶん喧嘩になったら凄そうだけど
【追記20251227】
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