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最愛は、顔も知らずに離婚した敵国の夫・妻です。  作者: Sor
第一章

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9話【離婚条項】

シャッとカーテンを開ける音がして、閉じた瞼ごしに明るい日差しを感じた。



――ああ、良いお天気ね。



寝ぼけた頭で、うーんとベッドの中で伸びをして、下着姿で寝ていることに気づく。



――あら? 私ったら昨夜は寝間着を着ずに寝ちゃったの?



それに、手足もかさついてるように感じる。


心なしか髪もごわついているような……。


――やだ、私、お風呂に入らなかったっけ……?





そこで、意識が急激に覚醒した。



――いけない! 私、仮眠のつもりだったのに本当に寝ちゃったんだわ!



がばっと起き上がると、ベッドの横にはすっごくいい笑顔をしたアンがいた。



「おはようございます、ミレイユ様」


「お、おはよう、アン」


「さっそくですが、お聞きしても?」


アンの目が光った……気がする。


「ひゃ……ひゃいっ」


私は返事を噛みながら、ベッドの上で正座をする。




「このアンの目をごまかして、こっそり自室に戻るなんて――昨日はどんな大冒険をしてらしたんですか?」



笑みを深めたアンが言う。


「まず、これ」


アンは壊れたリュートを掲げてきた。


「次ぎに、これ」



私が会心の出来と胸を張った修繕箇所――がさらに修繕された状態の服が掲示された。



さらに、アンはおもむろに湿布薬を取りだしたと思ったら、下着一枚でむき出しになってる私の左肩に――べしっと貼りつけて目をつりあげた。



「この打ち身らしき痣はどうしたんですっ。ぜーんぶ、正直に、言いなさい!」



「ひいいいっ。」




清々しい朝……は一瞬で終わり、私は地獄の三時間お説教コースに入ったのだった。







アンのありがたいご高説が終わったのは、お昼も回ろうという頃。



私は気力をごっそり削がれて――それでも壊れたリュートをやっとの思いで直し、ベッドに突っ伏していると……。



家の呼び鈴がなった。



「この家に来客ですって?」



嫌がらせをしにくるメイド達はいる。



しかし、こんな風に呼び鈴を鳴らして正式に来訪する人間など――初めてだ。



興味をそそられ、誰が来たのか廊下をうかがっていると、少し話し声がして、再び玄関扉が開閉した気配がした。



客は言付けだけして帰ったようだ。



アンが二階に上がってきた。私は待ちきれず尋ねる。



「今のは誰だったの?」



「本宅の家令です。このお手紙をミレイユ様に渡してくれと」



私は手紙を受け取ると封筒を確認する。



差出人はデイモン・エジャートン。



握りつぶしてやりたくなるのを堪え、開封して読み始めた。



「ああ……確かにそんな時期になったわね」



冷たい声が出た。



「ミレイユ様?」



不安そうに声をかけてくるアンに、私は言う。



「あと二週間したら――結婚から四年七ヶ月。離婚まではあと三ヶ月になるわ」



アンははっとした顔をした。



「確か……離婚三ヶ月前に話し合いの場を設けると――大公様と約束してましたね」



「そう。だから本宅に来いっていう手紙よ」



私は静かに手紙を封筒に戻すと、アンに言う。



「しばらくの間は離婚条項の策定に専念しなくてはね。フレジコはお休みだわ」



溜息を一つついて、私は自室に戻った。









・・・・・・・


二週間後――大公家本宅の執務室。



私はしっかりと仮面を被り、ソファに座っていた。



向かいに座るデイモンもまた――私と同じ「ドナシーの仮面」をつけて腰を下ろしている。



――結婚式のあとに一度だけここに来たわね。



あの日と全く同じ光景に、仮面の下で苦笑いをしてしまう。







あの日――。

初めて顔を合わせた結婚式当日。



式は双方仮面をつけて行った。



招待客から息を飲むような困惑の声が上がっていたが、私もデイモンも気にしなかった。



そして形ばかりの式をさっさと終えると、私はデイモンにこの執務室へ案内されたのだ。



部屋に入るなり彼は――。



「お前は――タウンゼント公爵家は俺の妹を殺した」



仮面を通して無機質な声で言った。



「エジャートン大公、あなたは私の婚約者を亡き者にしたわ」



私も無感情な声で言った。



でも不思議と、互いにひどく憎んでいることは伝わった。



「この結婚は五年だけだ」


彼は腕を組み、こちらを威圧的に見下ろしてくる。


「君と夫婦関係を結ぶ気はない。子供も作らない。白い結婚だ」


「望むところよ」



彼の提案をすぐさま承諾した。



実際、妥当だと思った。



この結婚は二王国の和平目的と周辺国への牽制――二重の意味で重要な婚姻だ。



両王国の和平に亀裂が入ることなく別れるには――不妊を理由とするのが最適だ。


デイモンが今白い結婚を提案したのはこのためでもあるだろう。



通常なら、嫁いで二、三年で子をもうけられなければ――離婚は妥当と見なされる。



しかし、周辺国からみれば――。



たった三年程度の婚姻では、アーガスタ王国とバラッタイン王国の不仲を疑い、攻め入ってくる可能性があった。



よって両面から考えて、五年というのは離婚するのに適当だと思った。



「旦那様、奥様――」



遠慮がちに室内に響いたのは家令の声だった。



家令はずいぶんと大柄な男だった。



「本日はめでたい結婚日でございます。そのお話はまた後日、改めて席を設けて――」



「必要ない」

「必要ないわ」



私とデイモンはほぼ同時に言うと、互いに顔を背けた。



「しかし、奥様……」



「その奥様というのは、やめてちょうだい」



私はぴしゃりと言った。



「今聞いたとおり、私は五年後にこの家を出て行くわ。形ばかりの夫人なの。だから奥様はやめて」



「……ではなんとお呼びすれば?」



「ミレイユで結構よ」



「かしこまりました、ミレイユ様。では……大公夫人のお部屋に案内致します」



「それもやめてちょうだい。私の部屋は……そうね、この本宅でない場所がいいわ」



家令はぎょっとした顔になる。



「いえ、それは……」



「本人がこう言うんだ。離れを彼女に与えてやれ」



デイモンが片手を振って、面倒そうにソファに腰を下ろす。



「そんな、あの離れは……」



家令がなにか言いかけるのを遮り、私は腕を組んで言う。



「その離れとやらで結構よ。案内してちょうだい」



家令は私とデイモンを交互に見てから、渋々言った。



「かしこまりました。ご案内致します」



出て行こうとする私に、デイモンの声がかかる。



「細かい離婚条項は……そうだな、離婚三ヶ月前に詰める」



一方的な物言いだったが、私も異存はないので頷いた。







そして、今、その離婚条項について話し合う時がきたのだ。



「先に言っておくけど――父経由でバラッタインから離婚の了解は得てるわ。心配しないで」



複雑な思惑を持つ婚姻であるため、私とデイモンが離婚するには、両国の王の認めが必要だった。



私は――数年かけてバラッタイン国王と交渉した結果、王に離婚を認めさせることに成功していた。



「こちらもアーガスタの王にこの離婚の許可はとってある」



デイモンの言葉に私は頷く。



大公家の家令――変わらず大柄な男の立ち会いの元、まずは財産分与などの金銭面の内容を決めることにする。



これについてはスムーズに終わった。離婚理由は不妊というのが建前のため、どちらの有責ということはなく、財産分けはしないことで決まった。



次ぎに、今後の互いの関係性について話し合う。



「二度と会いたくないわね。こんな国、もう頼まれたって来たくないわ」



私が簡潔に要望を伝える。



「こちらもだ。バラッタイン王国に――タウンゼント家がいる国になど、足を踏み入れるものか」



デイモンが即座に応じる。



「手紙なども一切送らないでくれ」



「ええ、完全に同意だわ。それから……私が誰と再婚しようと口出しはしないでちょうだい」



この二週間、離婚条項について考えを巡らせ思っていたことだった。



別れた夫婦が、新たな相手と結ばれる際、元夫、元妻から横やりが入ることがあった。



理由は、互いの再婚相手の家柄レベルによって、自分が貶められたと感じるためだ。



私はバラッタイン王国公爵家筆頭令嬢。デイモンはアーガスタ王国唯一の大公家。



格式だけで言えばどちらもこれ以上ない家門だ。再婚の口出しについては十分考えられる。



しかし――。



デイモンはきっぱりと言った。



「口出しなんかするわけない。離婚すれば私と君は完全な他人だ。再婚でもなんでも勝手にやってくれ」



「そう言ってもらってよかったわ。あなたもどうぞご自由に」



冷え冷えとした空気が執務室に流れる。



コホンと家令が咳払いをしてから口を開いた。




「それでは、今後のお二人の関係性についてですが……こういう文言ではいかがでしょうか」



家令が紙を取り出すとペンを握った。



『デイモン・エジャートンとミレイユ・エジャートンは離婚後について以下のように定める』



『離婚後、ミレイユ・エジャートンはバラッタイン王国タウンゼント公爵家に帰属し、ミレイユ・タウンゼントに戻り、エジャートン大公家とは無縁となる』



『双方は、二度と顔を合わせることはない』



『原則として――デイモン・エジャートンはミレイユ・タウンゼントのいるバラッタイン王国に入国はしない。


ミレイユ・タウンゼントはデイモン・エジャートンのいるアーガスタ王国に入国しない。』




ここで私が口を挟む。




「原則ということは……例外があるのね?」



「はい。お二方とも高位貴族で国の政治・経済に深い関わりのある家門です。国の代表としてバラッタインとアーガスタを行き来することもあるでしょう」



ですから、と家令がペンを走らせる。



『例外として――公務など止む得ない事情がある場合だけ双方の国へ入国できる。但し、その場合も互いに顔を合わせない』



「他国で遭遇しそうになった時は?」



私が尋ねると、家令はさらに書き綴った。



『他国で遭遇した時は、速やかに離れること』



家令は他にも先程あがった案件を書き加えていく。



『手紙などを使った意思疎通などは決して行わないこと』



『今後の互いの再婚については一切口出しをしないこと』



書かれた離婚条項を見直して私は頷く。



「ええ、これでいいわ」


「私もこれで問題ない」



「結構でございます。それでは先程の財産の取り決めとともに、こちらの内容を『ドナシーの契約書』で作成致します」



ドナシーの契約書。



それは「契約行使」の能力を持つドナシーが作った契約紙を指す。



これに書かれた内容は必ず実行される。不履行、もしくは覆すような行動をとろうとすると、ドナシーの力が働き阻害されるようになっているのだ。



「では私のほうで、この内容を契約文言に直して書類を作成し、保管しておきます」



家令が私達に確認をとる。



「離婚日当日にお二人が契約書にサインすることで、契約内容が実行されることになります。よろしいですか?」



私とデイモンが頷く。



――用事は終わったわね。



私はすっと立ち上がると、無言で別れのカーテシーをして執務室を出た。



この契約内容を涙を流しながら後悔する日がくるなど夢にも思わずに。

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