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最愛は、顔も知らずに離婚した敵国の夫・妻です。  作者: Sor
第一章

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7話【路地裏の音楽会】

サラは自宅に着くなり、さっそく笛を取ってきた。



私達は彼女の自宅前の階段に横並びに座る。



「なにか聞きたい曲はあるかしら?」



「うーん、この青空みたいな曲がいいなあ」



私はふふふと笑うと、軽やかで爽やかな笛曲をいくつか頭に浮かべた。



唄口に唇をそえて音を奏でる。



笛の音は高く低く、路地に響いていく。



――いい笛だわ。



この深みのある音色を聞けばわかる。決して高級品ではないけれど、よく使い込み、丁寧に手入れをしていたのだろう。



――持ち主のお爺さまは、この笛を大事に使ってらっしゃったのね。



一曲吹き終えると、サラが拍手してくれた。



「すごい、すごい、お爺ちゃんが吹いているみたいだった! もっと吹いて!」



興奮するサラに乞われるまま、次々と曲を演奏する。



すると、路地のあちこちから子供が顔をのぞかせてきた。




「みんな、こっちに来て座ったら?」



声をかけると、わらわらと子供達が寄って来る。



彼らは階段前に半円状になって座ると、期待を込めた目で、段上の私を見上げてきた。



なんだかステージに立っているみたいだと思う。



奏者が壇に上がって、聴衆がいる。そう、これはれっきとした演奏会。



――「路地裏の演奏会」だわ。



それなら、私も半端な演奏はできない。




立ち上がって一礼すると、子供の好みそうな曲を二曲続けて吹く。



吹き終わると、彼らは興奮した様子で拍手してくれた。



「お姉ちゃん、笛が上手ね」


「さっきの曲、もう一回聞きたい」


「俺はもっと楽しそうなのがいい」



目を輝かせて話しかけてくる彼らに、私はつくづく感じた。



――子供って音楽が好きなのよね。



そう、かつての自分もそうだった。





幼い頃から――。



公爵令嬢として必要に迫られ、様々な習い事をさせられ、レッスンの度に辛い思いをしてきた。



しかし唯一――音楽だけは嫌だと思ったことはなかった。



リュートは一番好きな楽器ではあるが、それ以外の楽器――笛、ピアノ、ヴァイオリンも奏でるのは楽しかった。



暇があれば楽器を触ってるのを見て、両親や兄が呆れていたのを思い出す。



それほどに、小さな頃の私は――音楽に夢中だった。





「私も笛……吹いてみたいなあ」



ふと子供達の中の一人が呟いた。



これを切っ掛けに、子供達が口々に言い出す。



「私も! 吹けるようになりたい!」


「俺も。楽しいしかっこいいよな」


「うーん、でも笛を買うお金がないわ」


「どこで習えばいいかもわかんない」


「そうだよな……俺、笛はやっぱりいいや」


「吹きたいけど、無理だよね」



うんうんと残念そうに頷き合う子供達に、私はやるせない気持ちになる。



確かに楽器は高級品だ。



先生について習えば授業料も発生する。



平民街の人間が払える金額ではないだろう。



――でも、こんなに楽しそうに笛を聞いてくれているのに。



この子達がもっと気軽に音楽と触れあうことはできないのだろうか。



思案しかけたところで、サラが「あっ」と声を出す。





「そうだ、レイナお姉ちゃん。あの曲吹ける? ターララ、ララルーってやつ」



彼女の口ずさんだメロディに覚えがあった。私はすかさずそのフレーズを吹いてみる。



「そう! それそれ! この先の家のミシェルおばあちゃんがその曲が好きなの」



サラは立ち上がって言う。



「おばあちゃんを連れてくるから、吹いて聞かせてくれる?」



「ええ、いいわよ」



「じゃあ、ちょっと待ってて!」



ツインテールを弾ませて、彼女は元気よく駆け出して行った。









・・・・・・・


サラは、路地の角を曲って広い大通りに出た。



ミシェルおばあちゃんの家はこの大通り向こうの路地にある。



サラが大通りを小走りで渡っていると、近くの酒場から男が出てきてぶつかりそうになる。



「きゃあっ」



転びそうになるサラを、男がさっと支える。



「大丈夫か?」


「う、うん……」



サラは男の手をとって立ち上がり、「あれ?」と首を傾げた。



男もサラの顔を見て、おやという表情をする。



「さっき、レイナお姉ちゃんに酷いこと言ったやつだ。ええと、ダン……だっけ?」



「……こういう時は、危ないところを助けてくれたお兄ちゃんだ、とかいうんだろ?」



睨んでくるサラに、ダンは首を振る。



「カークから助けてくれたし、剣はかっこよかったけど……お姉ちゃんにあんなこと言ったのは許せない」



サラは口を尖らせる。



「レイナお姉ちゃん、泣きそうになってたんだから」



ダンは虚を突かれたような顔になる。

それからバツが悪そうに頭をかいた。



「女の人を泣かす男は、最低だってお母さんが言ってた!」


「うっ」


「そんなんじゃ、カークと同じだよ!」



サラは腰に手をやり、びしっと言う。



「お、俺が……あのクソ野郎と同じ?」



ダンは衝撃を受けたように固まってしまう。



「お姉ちゃんはね、優しくて素敵な人なの!」



ひたむきな目にダンは黙り込む。



「あんなふうに悪く言われる人じゃないもん。サラにはわかるもん!」



「む……」




大通りを行き交う人々が、にやにやと面白そうに二人を見ては通り過ぎていく。



どこからどうみても屈強な剣士が、小さな女の子にやり込められているのは、どうしたって笑いを誘う。



ダンは周囲の視線に耐えられなくなり、小声でサラに言う。



「お前……サラだったか。飲み物でも奢ってやるからちょっと黙って……」



「いらない」



即時、拒否される。



「知らない人から食べ物、飲み物をもらっちゃダメって、お母さんから言われてる」



しっかり者の発言に、ダンは天を仰いでしばし途方に暮れる。



その間もサラからの批難は止まらず、「お姉ちゃんを泣かすな」と説教が続く。



とうとうダンが溜息をつきながら尋ねた。



「レイナは……その、まだ泣いてるのか?」



さっきの騒ぎから一時間以上経ってる。



気丈なレイナがそんなにめそめそしているだろうかと、ダンは首を捻る。




「ううん、もう泣いていないよ」



サラは尖らせていた口をひっこめて、それはそれは可愛らしく笑った。



「今はね、私たちに笛を聞かせてくれてるんだから」



「笛?」



「うん、本当はリュートを聞かせて欲しかったんだけど壊れててね」



ダンはレイナが持っていたリュートを思い出す。確かに弦が何本か切れていた。



「それで私が笛を聞かせてって頼んだの。お姉ちゃん、笛がすっごく上手なの!」



サラがきゃっきゃと弾んだ声を出す。



ダンはふっと口元を緩め、サラの頭を一撫でした。



「そうか、良かったな」



「うん! あ、いけない、ミシェルおばあちゃんを呼んで来るんだった!」



慌てるサラにダンが尋ねる。



「ミシェルおばあちゃん?」



「そう、レイナお姉ちゃんが、おばあちゃんにも笛を聞かせてくれるの」



サラは大通りを走りだそうとして、思い出したようにダンを振り返った。



「そうだ、お兄ちゃん! あとでレイナお姉ちゃんにちゃんと謝ってね!」



そう言うと、今度こそサラは向こうの路地へ駆けて行った。








その後、ミシェルおばあちゃんの家に到着したサラは、事情を説明して、おばあちゃんを家から連れ出した。



サラはミシェルおばあちゃんの手を引いて連れていくのに集中した。



おばあちゃんは足が悪くてすぐ転びそうになるから。



だからサラは知らない。



ダンがそっとサラ達のあとをつけていたことを。



彼がサラの自宅の前までついて行き、レイナが楽しそうに笛を吹くのを――しばらく眺めていたことを。



サラやおばあちゃん、子供達が嬉しそうに手を叩くのを――優しい眼差しで見ていたことを。

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