表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最愛は、顔も知らずに離婚した敵国の夫・妻です。  作者: Sor
第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/34

6話【ピンチを救ってくれたのは】

――あのツインテール……私のリュートをじっと見つめていた子よね。



さっき路地で見かけた子だった。



「お姉ちゃん、私が壁を押すからこっちに来て」



そう言うと、女の子は身体全体で壁を押して小さな隙間をつくってくれた。



男性の身体では難しそうだが、子供や小柄な女性ならなんとか通れそうだ。



「おい、出てこい! この辺にいるのはわかってるんだぞ!」



すぐ背後でカークの声がした。



「早く!」



私は女の子の声に頷くと、隙間に足をかけぐっと身体を通す。



ビリビリっと嫌な音がしたものの、なんとか通り抜けることができた。



「こっち!」



息つく間もなく、女の子が走り出す。



リュートをしっかり片手に抱えると、私も彼女の後を追った。









・・・・・・・


「ふう、ここまでくれば大丈夫だよ、お姉ちゃん」



垣根に開いた小さな穴をやっとの思いで潜り、ほっと一息つく。



女の子が連れてきてくれたのは、小さな広場の奥、目隠しされた空間。



「ここは子供しか知らないから、カークは来ないわ」



女の子が得意気に言う。



ぐるっと首を回して眺める。



四方が垣根で囲まれていて、広場をつくったときに意図せずできた、閉鎖空間のようだった。



なぜならここにはちゃんとした出入り口はなく――下方に野良犬が開けたらしい小さな穴があるだけ。



本来は人が入り込む場所ではないだろう。



女の子の言うとおり、ここの存在は子供くらいしか知らないと思えた。



「助けてくれてありがとう。私はレイナ。あなたの名前は? 歳はいくつ?」



「サラよ! 七歳!」



サラは元気よく答えてから、私のほうへ身を乗り出す。



「カークはね、女の人をあの小屋に連れ込んで泣かす悪い奴なの。だからもうあいつについて行っちゃダメだよ!」



サラの言葉に顔が引きつる。



――なんてこと。カークは女性暴行の常習犯だったのね。



思い返せば、店での彼の様子はどこか変だった。



唐突に母親の話をしだしたり、住処を聞かれて動揺したり――。



――そういえば。



店を出る時、イルジャンが何か言いたそうにしていた。



――もしかしてイルジャンも何かおかしいと思って引き留めようとしてくれてたのかしら。



「わかった? お姉ちゃん?」



幼子から諭され、私は「はい、わかりました」と小さくなる。



サラは表情を一変させ、今度はキラキラした目で聞いてきた。



「ねえ、お姉ちゃん。それリュートだよね?」



サラは私が抱えこんでいるものを見て聞いてくる。



「ええ。そうよ」



「お姉ちゃんはこれを弾けるの?」



「ええ。私はフレジコなの」



「そうなんだ! 夜の酒場の前を通って、遠くからフレジコが演奏してるのを見たことはあるんだけど……」



サラは口を尖らせる。



「ガヤガヤうるさくていつもよく聞こえないの。子供は酒場に入れないし……ねえ、どんな音がするの?」



――やっぱりこの子は楽器に興味があるのね。



「じゃあ、助けてくれたお礼に一曲プレゼントするわ――と言いたいところなんだけど」



私は眉を下げて謝る。



「ごめんね、今、弦が二本切れていて曲が弾けないの」



サラはあきらかにがっかりした顔をした。私はいたたまれない気持ちになり口を開く。



「ねえ、音だけでも聞いてみる? こっちの切れてない弦なら弾けるわ」



「うん! 聞きたい!」



ぱっと顔を輝かせたサラに私は頷いて、一本の弦で音階を奏でる。



「うわあ、綺麗な音! ねえ、私も音を出してみたい!」



興奮して頬を赤くするサラに私はほっこりする。



――うんうん、弾いてみたくなっちゃうわよね!



夢中でリュートの練習をしたかつての自分を思い出す。



「いいわよ。こっちに来て」



私は自分の横にサラを座らせ、リュートの本体を彼女の膝の上に置く。



そしてネックの部分を左手でもたせて、右手を弦にかけさせる。



「いい? こうして弦を弾くの」



私が見本を見せると、彼女はすぐに真似をする。



「上手だわ」

「へへへ~」



サラが満面の笑みで喜ぶ。

つられて私も笑顔になる。



「じゃあ、今度はこう……」



私が再び見本を見せようとリュートに視線を向けて――。





「見つけたぞ」



ぞっとするような低い声が聞こえた。



はっと顔をあげると、垣根の壊れた穴からこちらをのぞいているカークと目があう。



「はっ。こんな隠れ場所があったとはな。リュートの音が聞こえなかったら見逃すところだったぜ」



カークはずいっと穴に手をかけた。




「手間かけさせやがって! 大人しくしてれば優しくしてやったのに……お前もそこのガキも! ここから引きずり出してめちゃくちゃにしてやる!」




怒りに染まった目でカークは怒鳴ると、このままでは入れないと思ったのか、穴に手を突っ込んで垣根を壊し始めた。




「きゃああ!」



サラが悲鳴をあげて私にしがみつく。



――ど、どうしよう!



頼みのリュートの音圧攻撃は、弦が切れているためできない。



――ハ、ハミングで防御だけでもしないと。



そう思うのに、カークの凄まじい形相とバキバキと垣根が破壊される音に身が竦む。



恐怖で歯の根がガチガチと震えてしまってハミングができない。



あまりの怖さに目を瞑って、サラを抱きしめる。



――誰か、誰か助けて!!!




バキッ、ボコッ、ドゴン!!!



垣根から一際大きな音が聞こえた。



――いよいよ垣根の中に入ってきたんだわ!



目を閉じたままサラを強く抱きしめた。



――私はどうなっても、この子は守らなくちゃ!



殴られるのか、蹴られるのか。



私がこれからおきる暴力に身を強ばらせていると――。





「おい、いつまでそうしてる。ぼやぼやせずさっさと出てこい」



――????



私は目を瞑ったまま首を捻る。



――言われていることはさっきと同じなんだけど……なんか口調が違う?



怒鳴り声じゃなく、呆れてるような感じだ。



それになんだか声もちょっと違うような気がする。




私は恐る恐る目を開けた。



「ええっ! ダン? あなたがどうしてここに? え、カークは?」



私が目を丸くして声をあげると、ダンは面倒臭そうに言う。



「いいから、まず出てこい。話はそれからだ」



サラと二人で垣根から出ると、そこには地面に蹲っているカークがいた。



「い、痛え……くそ、ダンのやつ……」



唇が切れて呻くカークを見て、何が起きたのか知る。



「最後に聞こえた破壊音は……垣根が壊れたんじゃなく、カークがダンにやられた音だったのね」



ダンが大きな溜息をついた。



「追っ手がいるなか、こんな場所に逃げ込むなんてどうかしてるぞ」



「なんで? ここなら絶対見つからないじゃない」



サラが案内してくれた絶好の隠れ場所を馬鹿にされ、私はむっと言い返す。



「何事も『絶対』なんてない。現に見つかってるだろうが」



「うっ」



「こういう時は、逃げ道を確保できるところに隠れるんだ」



「ぐぐっ」



ダンのもっともな意見に反論できず唸っていると――。





突如「うおーーーー!」と叫び声が聞こえた。



いつの間にか横から走ってきたカークが、ダンを目がけて木片を大きく振りかぶっていた。



「危ない!」

とサラが声をあげる。



ダンは素早く背中の剣を抜くと、カンッと木片を跳ね飛ばした。



次いで、飛び込んでくるカークの襟元を引き込み、剣の柄で後頭部を殴る。



カークはそのまま地面に倒れ込み――気絶してしまった。




「お兄ちゃん、強~~い!!!」

サラがきゃあきゃあとはしゃぐ。



――本当に強いわ。



相手が大したことなかったとはいえ、あのスピード、剣捌き――バラッタイン王国の腕利き騎士にも引けをとらない。



ダンがこちらをじろっと見てきた。



「俺がどうしてここにいるのか、尋ねたな?」



そういえばそうだった。



「さっき酒場に寄ったら、イルジャンから頼まれたんだよ。カークがレイナを連れて出て行った、心配だから様子を見てきてくれってな」



ダンは腕を組んで説明すると、こっちを見下ろしてきた。



「いくら日中とはいえ、カークみたいな下心みえみえな男についていくなんて不用心にもほどがある」



私はしゅんとなる。



そう、今回は全面的に私が悪い。



私がもっとしっかりしていれば、サラを恐い目に合わせたり、ダンの手を煩わせたりすることはなかったのだ。



私が謝ろうと口を開くより早く、ダンが言う。



「それとも――わざとついていったのか?」



「え?」



思いもかけない言葉に驚いてダンを見る。彼は冷ややかな顔をしていた。



「音楽なんかより、その綺麗な顔を利用して男に身体を売ったほうが稼げそうだもんな?」



あまりの言われように、私は目をつり上げた。



「馬鹿にしないで、私はフレジコよ。音楽以外でお金を取ろうとなんてしないわ!」



「どうだかな」



ダンは冷たく言い捨てると踵を返した。



「俺はもう行く。お前もさっさと帰れ」





ダンの姿が見えなくなってもしばらく私は動くことができなかっった。



――なによ、なんであんなこと言われなきゃならないのよ!



彼が音楽嫌いなのは知っていたけど、あんなフレジコを貶めるような物言いをする人だったとは。



腹立たしくて悔しくてうっすら涙が浮かんでくる。唇を噛みしめ怒りを堪えていると――。



「……なの。いいかな? ねえ、お姉ちゃん……レイナお姉ちゃんってば! いい?」



身体を揺すぶられて、サラに話しかけられていることに気づく。



「ああ、サラ。ごめんなさい、聞いてなかったわ。なんて言ったの?」



「だから! 私の家にね、死んだお爺ちゃんの笛があるの。私もママも楽器ができないんだけど、レイナお姉ちゃんが笛もできるなら吹いてほしいなって……」




――この子、本当に音楽が好きなのね。



私は腹立たしさが消えていくのを感じる。



――ダンなんかどうでもいいわ。



それよりサラの願いを叶えてあげたい。



「ええ、笛も吹けるわ。ここに持ってきてくれる?」



「うーん、ここは……カークがいつ目を覚ますかわからないし、私の家に来てくれたほうがいいかも」



確かにそうだ。



まだ気絶しているカークの脇をそっと通り抜け、私達はサラの家に向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ