44話【帝国からの――】
フォンティティの森での視察を終え――。
ルーモナの領地から王都の屋敷に戻り――二週間が経った。
王都では――。
国王派と反国王派の派閥争いは変わらずだったが――表面上は穏やかさを保っており……。
今夜の王宮の夜会も――両派閥ともに分け隔てなく、王宮より招待状を受け取っていた。
それは、私、ミレイユ・タウンゼントも例外ではなく――。
夜会出席のため、アンに髪を結い上げてもらっているところだった。
「……浮かない顔ですね、ミレイユ様」
「今夜もまた……彼らの相手をするのかと思うとね、憂鬱なのよ」
アンが鏡ごしに苦笑いする。
私は溜息をついた。
「森での自由気ままに過ごした時間が、少し恋しいわね」
フォンティティの森で、デイモンに歌を捧げた日――。
ドナシーの力を使い過ぎた私は、案の定、領地屋敷に帰るなり一日半寝込んでしまった。
あの時の――。
川から舞い上がった光の玉はなんだったのか。
ベッドで横になりながら、元気になったら川へ確かめに行こうと思っていたのだが……。
そんな間もなく――。
体力が回復するなり、王都の屋敷へと戻った。
アンは――。
私が川で能力を使ったことを黙っていてくれたが――。
察しの良い父と兄は、私が言いつけを守らなかったのだと勘づいたようで。
「このまま領地で、ミレイユを好き勝手させておいたら大変だ。まだ王都のほうが安全かもしれない」と――。
一ヶ月の視察を三週間ほどに短縮して、半ば強制的に――私を連れ帰ったのだ。
それから、お母様やお兄様と一緒に、サロンや舞踏会に顔を出す日々に戻ったのだが――。
少し――困ったことになっていた。
ルーモナに行く前よりも、令息たちから話しかけられることが多くなったのだ。
簡単な挨拶くらいなら問題ないのだが……プライベートな質問や、観劇やコンサートの誘いを頻繁に受けるようになり、対応に苦慮してた。
「今日は公爵様にエスコートしていただけますし、ちゃらちゃらした令息たちは寄ってこないのでは?」
俯く私に、アンが明るく声をかけてくれる。
「うーん、そうだったらいいのだけど」
「ミレイユ様が社交界に戻って、そろそろ三ヶ月がたちますし――」
アンは仕上げの髪留めを挿しながら言う。
「令息たちも、ミレイユ様へのアピールに本腰いれはじめたのでしょう。釣書もいくつか届いてるのですよね?」
そう――求婚の名乗りを上げている人がいるそうで、父からも話があった。
だが――兄が「まだ離婚して半月も経ってないのですよ?」と、私の代わりに突っぱねてくれていた。
「困ったわ、求婚なんて。だって、私……」
その後に続く言葉を――口ごもってしまう。
アンをちらりと見る。
私が「離婚した相手と再婚したい」と言ったら――。
――アンはどう思うかしら。
気心知れたアンとは言え――呆れられるのではないか。
――でも、アンには私の本心を伝えたいわ。
一番側にいてくれる彼女には、本音を知っててほしい。
それに――協力してもらいこともある。
離婚契約書が効力を発揮してる限り、私はデイモンと再婚どころか、会うことすらままならない。
だから――。
契約書を無効にする方法を見つけたいのだ。
――お父様に頼めば、見つかるかもしれないけど……。
父をはじめ、母も兄も――私が大公家で良い扱いをされていなかったことに腹を立てていて――。
この離婚を喜んでいる節があった。
うーんと心の中で唸る。
――再婚したいなんて言ったら……総力をあげて阻止されそうなのよね。
だから、話のわかるアンに助けてもらいたい。
私は、ちらりと文机の時計を見る。
まだ、屋敷を出発するまでに間がある。
――話すなら早いほうがいいわ。
「ねえ、アン」
ドレスに合わせたネックレスを選び始めた彼女に――意を決して口を開いた。
「ミレイユ……夜会に行く前から疲れているように見えるが……なにかあったのか?」
王宮に向かう馬車の中――。
向かい席に座るお父様が、私を気遣うように声をかけてきた。
私は「いいえ、なにもありませんわ」と笑顔を取り繕う。
「そうか、それならいいが……。なにか困ったことがあるようなら、私に言うのだよ」
「はい、ありがとうございます、お父様」
父は頷き、腕を組むと――王宮に着くまで休むつもりなのか、そっと目を閉じた。
私も――ふうっと息をつく。
――嫌だわ、疲れが顔に出てたなんて……。
私は窓に映る自分の顔をじっと見て――。
屋敷を出る前の――アンの様子を思いだし身震いする。
――まさか、デイモンとの再婚に……アンがあんなに反対するとは思わなかったわ。
部屋での私の告白に――アンは。
目をつり上げ、こちらがなにを言っても「ダメです」、「ありえません」の二言しか……出てこなかった。
出かける時間になると――。
完璧にドレスアップさせた私を、鏡台から立たせ、
「いいですか、ミレイユ様。大公邸でのひどい扱いを忘れたとは言わせませんよ?」
そう低い低い声で言って、私を部屋の扉まで導くと――。
「だいたい、大公のくせして、街へ出て傭兵気取りって……何なんですか。貴族の自覚が足りません」
「あ、それは、私もフレジ……」
「加えて! 街で羽を伸ばしてた最中に出会い、心底惚れた女が――自分の妻だと気づかないなんて、そんなことあります?」
「ええと、それは私もそう……」
「そんな! 間抜けな男のせいで! ミレイユ様は……っ、悲しまなくてよかったはずの悲しみや、苦しむ必要のなかった苦しみを味わったのですよ!」
目が笑ってない、恐い笑顔で――。
「ミレイユ様の再婚相手は、優しくて、気が回り、『誰が妻かきちんとわかる』男でなくては、アンは許しませんから!」
ピシャリと言うと、廊下で待つ父へ、私を引き渡したのだった。
――今、思い出しても、底冷えする笑顔だったわ。
あのアンと対峙した私は、ごっそりと体力をもっていかれていた。
ふうと額に手を当て――目を閉じる。
――アンが私のために憤ってくれるのは、本当にありがたいのだけど……。
私の心はもう決まっていた。
――絶対に、デイモンとまた夫婦になってみせるんだから。
そのためにも。
――夜会から帰ったら、もう一度アンと話をしましょう。
決意を胸に、目を開ける。
するとちょうど――馬車が王宮の門を潜るのが見えた。
・・・・・・・
夜会では――。
筆頭公爵家当主――風格ある父に、令息たちは気後れしたようで――。
私に話しかけてくる令息たちは数人程度だった。
それも、私が迷惑そうな素振りをすると――すぐに父が「良い夜を」と相手に挨拶をし、私の手を引いて移動してくれる。
そんな風に、父からの鉄壁のエスコートを受けていると――。
王宮の使いが父の元へきて、口元を隠しながら父に耳打ちした。
さっと、父と顔色が変わる。
「お父様……?」
何事かと私が声をかけると――父は、はっとした顔で私を見た。
「……ミレイユ。その……会場に誰か知り合いはいるかい?」
私は辺りを一瞥し――今、会場の入口からルイズが入場してきたのに気づく。
彼女の婚約者であるイェデル・マルテル伯爵令息と一緒だった。
イェデルは、私も何度か話したことがあるが、ルイズを大事にする控えめで穏やかな男性だった。
「ええ、お父様。あそこにルイズがいるわ」
私はルイズに向かって手を振る。すると、彼女も私に気づいたようで、イェデルとともにこちらに歩いてくるのが見えた。
父もルイズの姿をみとめる。
「ああ、ヴェルディ伯爵令嬢か。では……申し訳ないが、少しの間、彼女と一緒にいてくれるか? 用ができてしまってな」
私は、父の背後に控える使者に目をやる。
――彼は……たしか陛下の従者だったわね。
ならば――陛下が父を呼び出したのだろう。
「ええ、わかったわ」
「すまないな、くれぐれも一人にならないように」
父はそう言うと――使者の後について足早に去っていった。
――お父様……なんだかとても慌ててたようだったけど……。
私はなんだか胸騒ぎがして、胸元を押さえる。
「ごきげんよう、ミレイユ」
「久しぶりですね、ミレイユ嬢」
ルイズとイェデルの声が聞こえて、私は顔を上げた。
ルイズが首を傾げる。
「あら……どうかした? 表情が暗いようだけど」
「ううん。大丈夫」
――そう、大丈夫。なにかあっても、優秀なお父様なら問題ないわ。
一つ頷き、気を取り直す。
私はルイズたちに笑顔を向けた。
挨拶を返してそのまま――三人で他愛ない話に花を咲かせていると……。
「ミレイユ・タウンゼント嬢」
背後から、男性の声で呼びかけられた。
――誰かしら。どこかで聞いたような声だけど……。
そう思いながら振り向いて――ぎくっとする。
「これは……バナージ・ガンベイ閣下、ご機嫌麗しく」
動揺を隠して、淑女の礼をとる。ルイズとイェデルもすぐに私に倣う。
ガンベイはルイズたちに異国式の返礼をとると、私に話しかけてきた。
「楽しんでおられますかな」
穏やかな口調とは裏腹に――観察するかのような鋭い視線に居心地が悪くなる。
私は一つ呼吸をして、できるだけ自然な微笑みを浮かべた。
「はい、友人と語らっておりました。閣下も良い夜をお過ごしですか」
「さて……」
ガンベイは首を捻り、それから両手を大きく広げ、会場を見回した。
「私にとって――今宵が良い夜になるかどうかは……ミレイユ・タウンゼント嬢、あなた次第ですな」
芝居がかった物言いに――夜会客の視線が私とガンベイに集まる。
――なに?
頭の中に、警鐘が鳴る。
なにか――良くないことが起ころうとしている。
そう感じて、私は、彼との会話を打ち切ろうと口を開いた。
「それでは、私たちはこれで――」
「ミレイユ・タウンゼント嬢」
私の声を遮り、ガンベイがよく通る声で私の名を呼ぶ。
会場が静まり返り――貴族たちが、ガンベイがこれから何を言うのかと、耳を澄ます。
「ミレイユ!」
遠くから父の――焦った声が聞こえたが、それをかき消すようにガンベイが言った。
「わがムガルンド帝国へ、いらっしゃいませんか?」
私は――突然の誘いに、眉をひそめる。
――一体、なんなの? 帝国へ行くって……。
ガンベイはゆったりとした口調で――しかし、拒絶は許さないという響きをもって続けた。
「あなたを、我が帝国の妃としてお迎えしたい。これはバラッタイン王もお認めになった――正式な申し入れです」
私は目を見開き――呼吸をするのを忘れた。
第二章最終話をお読みいただきありがとうございます。
……なんと、恋愛物語にもかかわらず、主人公二人が出会えないまま終わりました。
作者自身も「こんな章があっていいのかっ」と動揺しております。
次章、またもや物語の舞台は動き、ようやくミレイユとデイモンが……!?
目下、制作中です。
第三章は新年明けて、1月下旬~2月上旬から投稿させていただく予定です。
初投稿にもかかわらず、予想以上のユーザー様にお読みいただき感激しております。
また、来年もご愛読いただけましたら幸いです。
少し早いですが、皆様、どうぞ良いお年をお迎えください。




