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最愛は、顔も知らずに離婚した敵国の夫・妻です。  作者: Sor
第二章

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42話【慰霊の折船】

私たちは――川に着くと、すぐに折船を探し始めた。



陽はだいぶ傾きはじめていて、間もなく日暮れ時となりそうだった。



「暗くなる前に、船を見つけなくては」と全員が目を凝らして、川上、川下を眺めていると――。



「あ、あそこだ!」


サイモンがいち早く、上流を指さして叫んだ。



「まあ……色とりどりの折船があんなにたくさん。綺麗ですね」


アンが呟くのに、私も騎士たちも頷く。



子どもたちは、


「ここで待っていれば、紙船が来るな」


「目の前に船がきたら、このばあちゃんの船を流そう」


「良かったな、ばあちゃん、皆と一緒だ」


「大変だったけど歩いてきた甲斐があるぜ」


と口々に言い、嬉しそうな顔をしている。




はしゃぐ彼らに、ほっこりしていると――三つの折船が、速い流れに乗ったようで、もうそこまで流れてきたのが見えた。



それを見て、私は「あら?」と声が出る。


「ねえ、ニケ。船には名前を書くのよね? どうしてあの三つの船は絵が描かれてるの?」



描かれてるのは“山と月”――アーガスタの国旗だった。



「ああ、大公様の船だな……」


とニケが呟くのに、呼吸が止まる。



ニケは――動揺する私に気づかないまま、話を続ける。




「うちの――デルビオン領の領主様、エジャートン大公って言うんだけど。今、川祭りに来てて……」


と、彼は川上を指さした。



「その大公様が、この川で死んだやつら――全員のために、船を流すんだって言ってさ」



「川で亡くなった――全員……?」



――なぜそんなことを?



尋ねる前に、ニケが大げさに溜息をついた。




「はああ、おかげで俺たち、三百枚も船を折らされたんだぜ。すげー大変だった!」


ニケは口を尖らせてから、呟く。



「まあ、大公様もけっこう頑張ってたけど」


彼の顔が脳裏によぎり、考えるより先に口を開く。



「頑張ってた? 何を?」




「あの船の絵だよ。三百枚の折船全部さ、大公様が描いたんだ。死んだ人たちの名前を知らないから――かわりにアーガスタの旗を描くんだって」



そういえば、とニケが首を傾げた。



「なんか、ぶつぶつ言いながら描いてたよ。『妹がすまなかった』とかなんとか……」




――ああ。


私は悟った。



――デイモンはきっと……知ったんだわ。


川が汚染されたことを。


そのせいでたくさんの人が命を落としたことを。



汚染は――彼の妹「猛毒のドナシー」が流した毒によるものだったということを。



だから、妹の罪滅ぼしに――。




折船の一団が見えた。


アンや騎士たちが目を瞠り、息を飲む。


圧倒的な数だった。



サイモンが慎重に川に手を伸ばして、手に持っていた船を流した。


桃色の船は――ゆらゆら揺れながら、無事に船団に合流する。


子どもたちから「わあっ」と歓声があがった。



川いっぱいに、大小様々な色の慰霊の船が、静かに厳かに流れていく。



――ああ、デイモンは。



愛する妹の真実に――どれだけ打ちのめされたのだろう。



毒によって亡くなった者たちへ、どれほどの悔恨の念を抱いたのだろう。



彼の哀哭を想い――私は、上流へと歩き出す。




「ミレイユ様、いけません」


アンの声がしたが、かまわず歩き続ける。



「ミレイユ様! 止まってください」


腕をつかまれるが、振りほどいて歩く。



川上へ――デイモンの元へ。



「彼が悲しんでるの。行かなくちゃ」


呟く私に、アンが悲痛な声をあげた。



「ダメです、ミレイユ様! あなたは、大公様には会えない。そういう離婚契約です!」



私の足が――止まる。



「アーガスタを出たときの、馬車の暴走を思い出してください」


アンが必死に言い募る。



「このまま川を上り国境に近づけば――あのときのような暴力的な制裁を受けてしまいます!」



「……っ、それなら、私、どうしたら……っ」



声をつまらせ、アンを振り返ろうとして――はっと、意識が水面に奪われた。



「ミレイユ様?」


アンが怪訝そうに名を呼ぶが――私の目は、川の折船の一団に釘づけだった。




「ニケ!」


私は少年の名を呼んでいた。



「どうして、船に“小麦に太陽”が描かれてるの?」



あれはバラッタインの旗の絵だ。



かの国はバラッタインを恨んでいる。なのに、その国を象徴する国旗を描き――慰霊するなどありえない。



ニケは私に近づいてきて――肩を竦めた。



「大公様さ。――バラッタインに、好きな女がいるんだって」



私は吸い寄せられるようにニケを見た。



「愛する女の国だから、大事にしたいんだって。だから弔いの船を出したんだ」




私は堪らず、顔を両手で覆う。



――ああ。



デイモンからの想いが、空を越えて降ってくるようで――。



――言葉にならないわ。



私はしばらく立ち尽くし――それから両手を顔から離して、アンに言った。



「一生のお願いがあるの」








・・・・・・・


騎士たちに、子どもたちを国境沿いまで送るよう指示をし――。


私とアンは川辺に留まっていた。



アンの腰には、スターキー卿の剣が収まっている。



くれぐれもミレイユの側を離れないよう――そう言ったお父様の命に従い、騎士たちは私を川辺に残していくのを強く拒んだ。



けれど、私が「一生のお願い」と頭を下げ続けたため――アンが帯剣することを条件に、願いを聞いてくれた。




私がこうして――。


子どもを川から離し、騎士を遠ざけたのは――。


ドナシーの力を使うため。




私はリュートを構える。


アンが周囲を警戒し、誰もいないことを確認すると――「どうぞ」と頷いた。



深呼吸をして、夕暮れの空を見上げる。



――ああ、デイモン。



あなたが苦しんでるのなら、なにをおいても救ってあげたいと思う。


あなたから想われる以上に、幸せなことなんて――きっとない。



私は――。


こんなにもあなたを愛してる。


この気持ちは憎しみを包み込み、慈しむ方向へと私を導いてくれる。



どうしたって、デイモンを忘れられるわけなかったのだ。



――この気持ちを、あなたに届けたい。




私は川上へ……アーガスタに向かって「子守歌」を弾き始める。



次いで――。


声を奏でた。



 「ねえ 眠ったかしら 

  もう 眠ったかしら ……」

  辛いことをは忘れて

  どうぞ ひとときの夢を ……」



デイモンの悲しみを慰めたい。


彼の悔恨を癒やしたい。



私の強い気持ちが、音に伝わっていく。



――届け、アーガスタへ。デイモンの元へ。



辺りは――いつの間にか薄暗くなり始めていた。




リュートを奏でる度に、歌声が響くごとに――川の水が小刻みに震える。



やがて――。


水の中から……仄かに青い光の粒子が、ふわりふわりと浮き上がってきた。



それは私の足元から始まり、やがて、川上、川下全体へと広がっていく。



水面のいたるところから、光りの粒子が生まれ、空に向かってゆっくりゆっくり上っていく。



アンが剣の柄に手をかけつつ――驚いたように上空を見て呟く。



「これは……一体?」



――わからないわ。


弦を奏で、歌いながら――思う。



ドナシーの力を使って、こんな現象が起きたことは、今まで一度もなかった。



でも――。


悪いことが起きているわけじゃない――そう確信できた。



だって、彼を想い、慰め、救うためのメロディなのだから。



――デイモン、愛してる。



私は彼への気持ちを、ありったけ音に乗せた。

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